第3話 小さな君とかくれんぼ
公園についてしばらくブランコや滑り台で遊ぶ二人を見てた。赤ちゃん連れのお母さん方や犬の散歩、ジョギング……いるのは大人ばっかりで遊具で遊んでるこどもなんていない。まるで貸し切りみたいだ。
これじゃあ公園に来ても遊ぶ相手もいなくてつまんないだろうな。
ずっと滑り台も飽きるだろうし、オレは沙希ちゃんたちに声をかけた。
「鬼ごっこでもする?」
「さーちゃん、かくれんぼがいい!」
「……お砂場」
確かに鬼ごっこはフェアじゃないか。オレのほうが走るのは早いんだからな。朱希ちゃんは持ってきた砂場セットを見せると一人で脇の砂場へ向かう。マイペースだ。
「じゃあオレが100まで数えるから沙希ちゃん隠れてね。公園から出ちゃダメだよ」
「は~い!」
笑顔で駆けてく沙希ちゃんを見送って、オレはブランコのポールに腕を乗せておでこを付ける。目を瞑って100までゆっくり大きな声で数えた。
「……97、98、99、ひゃーく!」
振り返るともう誰もいない。沙希ちゃんも赤ちゃん連れのお母さんも犬の散歩もジョギングのひとも誰も。
「よーし、探すぞ」
隠れてるのは沙希ちゃんだけ。さっきまで遊んでたブランコや滑り台は丸見えだから隠れたりしないよね。朱希ちゃんがもくもくと山を作っている砂場にももちろん沙希ちゃんの姿はない。
「どこかなー?」
小さい子が好きそうなトンネルにも、水のみ場の陰にも、岩の山場にも、沙希ちゃんはいない。
「え?まさかいないよね、沙希ちゃーん?」
トイレに向かって叫んでみたけど人の気配はしなかった。
「……どこいった?」
公園を見回す。辺りには誰もいない。もうじき夕方、陽は傾き始めて陽かりと影が物を見分けにくくする。
遠くのグラウンドからサッカーをしている小学生たちの笑い声。空を鳴きながら飛ぶカラス。
(公園……この公園の敷地ってどこまでだ?)
遊具や砂場がある小さい子が遊ぶためのエリアでぽつんと立ち尽くすオレ。
だだっ広な芝生エリア、グラウンドエリア、散歩サイクリングコース、スケボー広場……。公園から出ちゃダメとは言ったけど、小さな沙希ちゃんにとってどこまでが公園だ?
知らず知らず手のひらが汗ばんでいた。あんな小さい子が一人でいたら変なおじさんに連れて行かれたりしないだろうか。間違って道路に出て車に跳ねられたり、橋から落ちて川で溺れたり、線路!まさか線路のほうになんて!
(いや待て。公園で隠れているはずだ。いくらなんでも橋や線路は公園から離れている)
オレは焦る自分を落ち着ける。一生懸命落ち着こうとする。
足早に、(いつの間にか走り回り)公園の中を何周もした。
(ダメだどこにもいないどうしよう!!!)
今日来たばかりの沙希ちゃんが一人で家まで帰れるわけはない。交番に行って自分の名前は言えても家の名前は知らないかもしれない。
(沙希ちゃん……!)
この時のオレの焦りといったらとてももう言葉には出来ないものだった。いるはずの人間がいない、しかも小さな女の子が。保護する立場のオレが目を離したからだ。血の気は引いたし、走り回っても出てくるのは冷や汗ばかりだ。
かくれんぼだから当然隠れてるんだろうけど、探してもみつからないとか、オレは本気で泣きそうだった。
どこ捜してもみつからないよぉ……!
「…解った…から。…鼻水…」
えぐえぐと泣いてるオレに、携帯で呼び出された琉依ちゃんがポケットティッシュを渡してくれた。
なんで琉依ちゃんを呼び出したかって?
クラスの連絡網から電話番号を携帯に登録してあったのと、かなりオレがテンパってたせい。
「…早く…捜して」
オレに背を向けて琉依ちゃんは辺りを捜し始めた。オレも鼻をかんでからまた捜しだす。
公園にある小さい子の入れそうな遊具は一応全部見たんだけど。
もうすぐ夜になるしこのままみつからなかったら、オレ母さんに怒られる。
そんなことばかり思った。
沙希ちゃんにもしものことがあったら、オレ、生きていけない……!
「ねぇ…」
琉依ちゃんに呼ばれ振り向く。
朱希ちゃんのいる砂場の周りにはグルッと緑の低木の植え込みがあり、その外側に確かベンチがあった。
琉依ちゃんは植え込みの向こうのベンチ前に立ってオレを呼ぶ。
植え込みの高さはベンチに人が座っていれば頭が飛び出して見えるくらいの高さなんだけど……なんと沙希ちゃんはベンチにころんと横になってぐっすり寝ていた!
隠れる遊具たくさんあるのになんでわざわざ丸見えのベンチに隠れちゃうわけ?
「…………」
「すみません……」
みつけてくれた琉依ちゃんに感謝しながらオレはまた泣いた。
「…帰る…」
「あう、……ありがとう、琉依ちゃん」
カッコ悪いオレに何も言わずクールに去った琉依ちゃんと別れ、オレは朱希ちゃんと一緒に、寝たまんまの沙希ちゃんを背中におぶって家路についた。
おんぶなんかするのも初めてだけど……寝てるからなのか、ちょっと大変。
「朱希ちゃん、そばのベンチで沙希ちゃんが寝てるの知ってた?」
「あーちゃんしらない。ベンチに隠れてたのはしってる。お兄ちゃんにはないしょって」
とほほ。
オレの寿命が縮んだんですけど。
背中に凄い熱を感じて、内心風邪でもひいたのかとハラハラだった。
どうしよう、やっぱり母さんに怒られる……。
そんな心中でトボトボ歩く情けない顔を肌寒い風が撫でていく。
沙希ちゃんがいなきゃ、きっと背中はもっと寒い。
「…さん…」
沙希ちゃんが寝息の合間に呟いた。
「…ぉさん…ママが泣いてる…」
寝言。
そういえば母さんが言ってた。
沙希ちゃんと朱希ちゃんの両親は離婚するのにまだもめてる。二人が今までに見て来たお父さんとお母さんの関係……。勝手に想像してるだけのオレとは違って沙希ちゃんたちはそんなギスギスした空気を直に見たり肌で感じたりしてきたはず。
こんなに小さいのにな。
朱希ちゃんの小さな柔らかい手を確かめて、鼻がまたつーんとしてきた。
「よう!子連れ男子!……って、うわ、……アンタ何泣いてんのよ…!?」
家の近くで姉ちゃんにバッタリ会ってバッチリ見られた!
「今は泣いてないよ!」
「アンタねぇ……」
高校生がぐすぐす泣きながら歩いてるとか確かにあんまりアレだけど、いいの!
ほっといてよ!
「あれ?アンタ何背負ってんのよ?
わ!何でもう一人?」
「双子だよ。姉ちゃんは近付かないでよ、怖がっちゃうでしょ!」
半ベソでふくれながら朱希ちゃんを庇うように姉ちゃんを追い払うと鬼が笑った。
「あーらそう。せっかくケーキを買ってきてあげた優しいお姉様にそんなことを言うの」
チラつかす、駅前のケーキ屋『しふぉん』の包みにオレは三秒でひれ伏した。
このお店はね、チーズケーキとチョコレートケーキが最高なの。オレのお気に入り。
その時オレの背中で目を覚ました沙希ちゃんがむくりと起きた。
「…お姉ちゃん、だれ…?」
寝惚け眼が可愛かったのか、姉ちゃんはガラにもない笑顔で沙希ちゃんの頭をくしゃくしゃ撫でた。
「お姉ちゃんはこの恭平のお姉さんだよ。二人とも恭平は好きにコキ使っていいからねー?」
おい……。
「美味しいケーキ買って来たから一緒に帰って食べようか」
「うん!さーちゃんねぇ、ケーキだぁいすき」
「あーちゃんもー!」
美味しいケーキにパッと目が覚めたのか、沙希ちゃんの声は夢で見たことを忘れたみたいにすげぇ明るかった。
あったかい色の夕焼け空が包んで、オレたちの足許に長い影が伸びていた。
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