3-3『ウィリアム伯爵Ⅱ』


「――これはどういうことか!」


 男は、再び怒声に近いそれを上げると、まだ完全には回復していないのだろう、少しぎこちない歩き方で、こちらへと向かってくる。


「どうしてこちらに? まだ、お身体に障りますぞ!」

 とはグラハム卿だが、その言葉に、男は眉を寄せる。

「私の質問に答えろ、グラハム! なぜサミュエル卿と争っている?」

 かなりきつい口調だが、グラハム卿は、いささかも動じた様子はない。神妙な顔のまま言葉を続ける。



「恐れながらこれは、私の主君、ウィリアム・ウィンターバーンさまの為にございますぞ!」

 自らの為に――ウィリアム伯爵は、その言葉を聞いても、表情ひとつ変えずに、グラハム卿を厳しい視線で見据えている。



 その生気の宿った本来の姿を、僕は、改めて見ている。


 広い肩幅とそれに見合った背丈、撫で上げた金髪と、精悍な横顔、そして何よりも人の心を奪うのは、才覚と野心とを同時に感じさせる、その深く青い瞳だろう。

 ウィリアム・ウィンターバーンという伯爵は、まさに、ダヴェッドという不毛の地を切り開いた、領主たるに相応しい人物に見える。


 沈黙は続いていた。

 しかしそれを打ち破るようにして、老騎士は再び口を開いた。


「伯さま――。私めは、アン奥さまを失いたくはございません。これから先も伯さまを支え、伯さまのこころざしを叶える手助けをして頂きたいと思っております。そしてそれは、伯さまを愛しておられるアン奥さまにしか出来ぬ事でございます――」


 そこでグラハム卿は、伯へと迫るようにしてその側に歩み寄る。


「――こんな状況になってしまった以上、アン奥さまを守れるのは、もはやサミュエル卿以外には、ございませんぞ、伯さま!」

 と、そこまでをほぼ一息に、グラハム卿は言った。


 それで伯は短く息を吐き出すと、幾度か納得するように頷いてから、ようやくその口を開いた。

「……お前の考えは、よく分かる。それにお前の気遣いもだ、グラハム。しかし、ならばどうして、私にひとこと話してはくれないのだ?」


 言われたグラハム卿は、その伯の態度が意外だったのだろう、少しうろたえるよううにしてから「……いえ、伯さま。そのようなこと……伯さま。伯さまにお話しする前に、サミュエル卿にお話しをしてからというのが、仕える者としての努めでございます……」と言ってから、腰を折り頭を深々と垂れた。


 伯はそれで、一旦は笑顔を見せたものの、すぐに表情を引き締め、今度は僕の正面に立つようにして身体を向けた。


「改めて挨拶を交わしたい――サミュエル・ポウプ卿。ウィリアム・ウィンターバーンだ、初めてお目にかかる――」

 伯から差し出された手を、僕は握り返す。

「――貴卿きけいには、沢山の詫びと礼を言わねばならない。まずは、命を救ってもらった礼を言いたい。本当に感謝している、サミュエル卿」

 言って頭を垂れる、ウィリアム伯。


「ありがとうございます。ですが、まずは頭をお上げ下さい、ウィリアムさま。だいぶ回復されたご様子で何よりです」


 顔を上げ、頷いてから伯は続ける。

「――あの日から、もう三日も経つ。本来ならもっと早く貴卿に会いに来るべきところを、いや、本来なら私の城に招かねばならなかったことを詫びたい。私を許してほしい。しかし今、城には、王都より来客があってね。城内は彼らの歓待だけで手一杯というわけだ。もっとっもサミュエル卿には、まさに非礼に尽きるがね――」


 そこでダヴェッドの領主は、苦い笑みを見せる。


 その表情から読みとると、どうやら王都ブラウンニングから来たという客――普段は宮廷にいる貴族たちの一人、あるいは家族が、供を連れてやって来たのだと思うけど――伯にとって、あまり歓迎すべき人々ではなかったようだ。


「……私が、今日ここに来たのは、貴卿に礼を伝える為だった。しかし正直な心情を言えば、貴卿がサイモンを破った話を聞かされた時に、グラハムの言うような気持ちが、私の中に昇らなかったかと言えば……嘘になるだろう。それに今の立ち合いでも、貴卿は、完璧にグラハムを打っていた。あのような姿を、私は、あまり見た記憶がない」


 とそこで、グラハム卿が大きな声を上げたが、

「いや、しかしあれは! 少々……油断したまででございますぞ……」

 最後には勢いを失って、消えるようにして萎んでゆく。

 

 伯は、それに短く笑ってみせると、


「私の口から最初から話したい――グラハムから、どこまでを聞いている?」


 僕は、それに控えめに首を振ってみせると、伯もまた、納得したように幾度も頷く。


 そこでグラハム卿が、何事かを口にしようとするが、伯は片腕を上げてそれを制すと、

「大丈夫だ! わかっているグラハム。お前が自分で確かめ、納得してから、私に話をするつもりだったのだろう!」


 と、それで全てを言い当てられたのか、グラハム卿は、不満そうにしながらも、もごもごと口を動かして、そのまま言葉を飲み込む。


 その姿に伯にも、そして僕の顔にも笑みが浮かぶが、すぐにウィリアム伯は、表情を改めると、それに見合った口調で言った。


「――聞いてもらえるだろうか、サミュエル卿」


 その言葉に僕は、ゆっくりと首を縦にする。

 

「実は、先に言った王都からの来客なのだが、ケビン・ギレスピー男爵の一行いっこうで、その目的というのが、私との『決闘裁判』なのだ。サミュエル卿――貴卿は、決闘裁判がどういうものかご存じだろうか――?」

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