3-2『グラハム卿Ⅱ』

「私めの願いを聞き入れて下さるとは、やはり貴方さまは、真の騎士でございますぞ、サミュエル卿!」


 えーと、断れるような雰囲気ありましたでしょうか? っていうか、そういう感じの選択肢、お話の中に微塵も無かったような……。


「ではサミュエル卿、いざ、勝負でございますぞっ!」


 なんてことを叫んでから、気合いの声と共に、かなり本気で打ち込んでくるグラハム卿。


 すぐに腰の入った、重たい三度の打ち込みが僕に浴びせられる。


 僕はそれを二度受けとめると、三度目に振り下ろされた一撃を、横へと身を振って躱す。しかし、空振りとなったその一撃は、Vの字を描いて振り上げられ、四度目のやいばとなって僕を襲ってくる。


 ――わわっ。


 すんでのところで、斧槍に見立てた棒を割り込ませて逃れるが、その圧倒的な気合いと勢いに、僕はたまらず声を上げる。


「どうしたんですか、グラハム卿! 理由は、この手合わせの理由はなんでしょうか!」 

「なんと見損ないましたぞ、サミュエル卿! 私めに勝ってからと約束して頂いたではありませんか!」


 約束っていうのは、あんなに怖い顔のまま僕の両肩を掴んだ上に、ゆさゆさと揺らしながら迫ることでは、決してないと思いますよ!


 と、そこで間髪を入れずグラハム卿の一撃。

 僕はそれを払うと、次に来るであろう、本命の攻撃を封じる為に、迫り来るグラハム卿へ向かって突きを放つ。


 いやだって、打ち返さないと危ないもん。


 グラハム卿はその一撃を後ろに退いて避けると、大きく髭を揺らしながら幾度も頷いて「そうです! そうですぞサミュエル卿! 手加減は無用。わたくし死ぬ覚悟で参りますぞ!」


 いやいや、「」って!


「ちょ、ちょっと待って下さいグラハム卿! そこまでとは聞いておりません。何をそんなに思い詰めているのですか!」

 そこで、普通でも声の大きいグラハム卿が、さらに大きな声を上げて僕の名を呼んだ。


「サミュエル・ポウプ卿! 私は確かにお約束いたしましたぞ。貴方さまも騎士なら、勝ってこの私から聞き出して下され!」


 ああっ、もう! 無茶苦茶だし頑固なんだからっ!


 僕は、絶対に聞いてもらえないことを悟ると、覚悟を決めて棒を構え直す。


「感謝いたします。やはり貴方さまは、真の騎士でおられる!」

 グラハム卿はそれを声にすると大股で踏み込み、剣を振り上げ、あえて棒を狙うようにして、それを大胆に振り下ろす。


 それを嫌って僕が棒を引いたところを、すかさず踏み込みんで、棒の間合いを消すグラハム卿。

 先ほどとは違って、油断したつもりはなかったが、すでに自分の間合いを失った僕は、次の頭上からの一振りを、半身はんみで見切ることで躱したが、またもグラハム卿の剣は、すかさず縦から横の動きに変わって、僕の脇腹へと喰らいつこうとする。

 僕はそれを受け止めながら、体重を乗せると、グラハム卿を押し返すようにして、棒の間合いを取り戻す。


 まさに容赦のない攻撃だった。


 木で模したものとはいえ、「戦争の剣」と呼ばれる柄の長いそれを、両腕で振るうグラハム卿には、老獪な技と、若々しいまでの迫力があった。


 すぐに二度、お互いの武器が激しく打ち合わされる。

 しかし直後に、決着は着く。


 僕は、僕の眉間を狙った出された三度目のやいばを、両腕に渡した棒で受け止めると、そのままグラハム卿の力に任せて刀身を滑らせ、自らの頭上へと引き込んでゆく。


 そして棒が鍔に触れるその直前。

 僕は、その一瞬を待って力を込めると、グラハム卿の腕と剣とを跳ね上げ、その胸を開く。鳩尾を狙って、素早く棒の先を繰り出す。


 その突きをまともに受けて、グラハム卿は声にならないような声を上げる。

 苦しげに咳き込みながら、ふらふらと後ずさってゆく。


「……お見事……しかし、まだ勝負はついてはおりませぬぞ……」


 かすれた声のままグラハム卿は言ったが、僕はその言葉に、首を横へと振って答える。


 勝負はあっただろう。

 何よりグラハム卿自身が、その事を一番分かっているはずだった。


 何度か肩で大きく呼吸をしてから、グラハム卿は再び剣を構え直す。

「……さあ、棒を構えてくだされ、もう一度ですぞ、サミュエル卿」


 僕が、どうするべきだろうかと迷っていた時、館の方から男の声が上がる。


「そこまでだ、グラハム!」


 それで僕もグラハム卿も、その声のあるじへと顔を向けた――。

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