2-6『サミュエルⅢ』

 その一団は、先頭の荷馬車に、馬に乗った三人の男たちが付き従えうようにして、ケレディオンへと向かっていたが、最後尾にいた馬上の男は、近づく僕の姿に何かを感じとったのだろう、馬の脚を緩めながら、二度僕の方へと振り返ると、その腰の剣を抜き払った。


 男との距離は少しあったが、僕はそこで斧槍を構えた腕を後ろ手に大きく引く。

 

 そして男に向かって――斧槍を投げつける。


 その意外であろう行動に驚かされたのだろう。

 男は、一瞬、たじろぐようにしたものの、後は避けることも忘れて、まともに僕の斧槍を、その肩へと受けてしまう。

 

 短い悲鳴が上がり、男は崩れるようにして馬から身を落としてゆく。


 もちろん、普通の斧槍には、重すぎてこんな真似はできない。見た目からは考えられないほど軽く、鎖帷子を布同然に引き裂く鋭さを持っている〈ホウルの武具〉だからこそ出来ることだ。

 

 僕はハーグリーブスを促し、馬から崩れ落ちていく男へ向けて、突進するような進路をとらせると、男が地面に落ちる寸前に、その肩から掠めとるようにして、斧槍を引き抜いてゆく。


 派手なやり方だった。

 だが、あえて僕は、斧槍を投げることで彼らに知らしめたつもりだった。そのような武具を相手にしなければならない「恐怖」を、そしてその事で彼らの戦意が、少しでも挫かれるようにと。



 僕は顔を上げて、次の男に眼を向ける。


 男は、馬の背から振り返るようにして、僕へと一瞥を投げると、次には、自らの腰の剣を引き抜いてみせた。

 

 僕はそれに首を振ると、剣を抜いた男の馬が、回頭して向かってくる隙をを与えない為に、ハーグリーブスへと拍車を入れる。


 ハーグリーブスはそれで、頷くかのようにしてわずかに身を沈めると、一度大きく飛び跳ね、襲歩へと足並みを変える。

 その無駄のない滑らかな襲歩は馬上にいても、いや、馬上にあるからこそ美しく見事なもので、僕が短く感嘆の声を上げた時には、抜き身の男の背中は、すぐ目の前にあった。


 王都に帰ったあのとき、有無を言わさずに、爺ちゃんに手綱を渡されたハーグリーブスだったが、これほどの馬だったとは……。

 いまさらだけど、感謝の言葉もないよ、アレックス爺ちゃん――。


 咄嗟に振り返った、男の眼が大きく開かれる。 

 僕はいとも簡単に、相手の背中へと向けて斧槍を振るった。


 背中を打たれ、泥の中に転り落ちていく男。主を失い、取り残され竿立つ馬。


 だが、僕が顔を上げて正面に向き直ったところに、すでにこちらへ馬首を向けた、三人目の男のやいばが迫っていた。


 身をよじるるようにして、その一撃を躱す。

 

 二頭の馬は、すれ違っていく――。


 荷馬車を追いたいが、後ろから斬られては堪らないので、僕はハーグリーブスの馬首を巡らせようとするが、この一団の先頭を走っていたはずのその荷馬車が、街道の先で駐められていることに気がつく。


 しかもその御者台にいるはずの男――サイモン・ウィンターバーンの姿は――一瞥しただけだが――その姿は見えない。


 困惑させられるが、当面の敵を討つべく三人目の男へと身構える。が、男はそのまま馬を直進させて、振り返る気配すら見せぬまま、僕から遠ざかっていく。


 どうやら彼は、僕の願いを聞き届けてくれたようだ。


 ありがたいとは思いつつも、後から戻ってきて背中を刺されることを改めて思うが、その時はその時だと考えて、追わないことに決める。

 それに、荷馬車に乗っていたはずのサイモンも逃げ出したとすれば、ウィリアム伯が無傷であるとは限らないから、時間をかけているわけにもいかない。



 僕は、もう一度、逃げ出した男の馬の脚が緩んでいないことを確かめると、ハーグリーブスを荷馬車の方へと進ませる。

 二頭の白い馬が荷馬車には繋がれていたが、馬は落ち着いており、そこに留まっていた。荷馬車には覆いかが掛けられており、伯がいるとすれば、この覆いの中だろう。


 僕は再び、サイモンを探して辺りを見渡す。

 

 雨も降り続いているし、周りの木々は深いので、街道の先以外は、馬上からでも遠くまでは見通せない。

 

 しかしサイモンの姿も、それらしい人影も辺りには見当たらなかった。


 僕は、用心しながらハーグリーブスから降りると、行儀は悪いが、斧槍を街道の石の間に突き立て、ゆっくりと荷馬車へと近づいてゆく。


 そして覆いを剥がすため、それに手を掛ける――いや、そうしようとした、その瞬間だった――。

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