第二章

2-1『ウィリアム伯爵Ⅰ』

 それは集落を出て、ほどなくのことだった。土を踏み固めただけの道が、突然に途切れると、平らな石を敷き詰めた道が「舗装された街道」が、敷かれていたのだ。


 この感じからすると、恐らくダヴェッドの街まで続いているのだろう。僕は思わず、感嘆の声を上げていた。


 未だこの国の大半を占める、土を踏み固めただけの道に比べれば、この街道のような、舗装された道路の有用さ、利便さは疑いようもない。


 もちろん、様々な人々にとって有益だろう。だが、大きな荷を運ぶこととなる、商人たちには、特に喜ばれるはずだ。重い荷車を引く荷馬は、負担が軽減されるし、何より、行程の短縮にもなるからだ。


 しかもそれが、ダヴェッドのような「新しい街」へと通じる「舗装された街道」となれば、なお驚きは増す。

 

 ダヴェッドの街が建てられた時期を考え合わせれば、ウィリアム・ウィンターバーン伯爵は、街の建築と、道路の舗装とを同時に行ったはずで、人と物とお金を余計に割いてまで、この道を求めたということになる。


 その理由も、結果から見ればより明らかだろう。ウィリアム伯爵は、人や物の流れを促すために道を整備することこそが、より早い、街の発展に繋がるということをわかっていた、ということになる。

 

 そう考えれば、ピーター院長のいた集落の鐘や柵のことも分かってくる。

 

 街道からは、やや奥まった場所にあるとはいえ、あの集落は、ダヴェッドに最も近い、大都市ケレディオンとの間にある。どちらの街へ向かうにしても、旅人が安全に休めるような場所になれば、伯爵にとって、決して無駄な投資ではないのかもしれない。


 やはり、ウィリアム伯という人物は、人々の口の端に昇るような、優れた領主であるということは、疑いようのない事実なのだろう。

 あえて悪く言うとすれば、この街道のように、正しいけれど、人々に理解されづらいことを行う為には、硬い意思と信念が必要だが、それは往々にして、その裏返しである、強烈な自我と自己中心的な人間性の持ち主である……可能性があるということだろう。


 もっとも、それもやっかみだろう――。


 と、そこで僕は、自らが進む先へ、馬の脚先にある――を――しばしの間見据えると、顔を上げて、木々を見つめながら、ひとり、馬上で頷いてみせる。


 街道を進んでいるはずだったんだけどなぁ……。

 

 ここのところ……っていうか、ここ二日……あるはずの街道が、少なくともその側を進んでいたはずの街道が――なぜか、全く見当たらないんだよね……。


「うーん」と、馬上で一人、唸る。

 

 これは……もしかしたら、もしかしたらだよ……道に迷ってるのだろうか?


「うーん」と、再び唸る。


 もしそうだとすれば、集落を出た後、酷い雨だったからだろう。いやしかし、僕がそう簡単に道に迷うだろうか。 


 そこまできて僕は、ぶんぶんと大きく首を横に振る。

 

 いやいや! からいっても、まだ道に迷ったとは言い切れない。もう少し行けば、すぐ街道が見えてくるはずだ!


 うん、そうだ! そうだよ!

 

 それに、そんな風に思うと、道に迷っちゃうから、あんまり、考えないようにしないとねっ! 


 と、そこまで考えたところで、僕の乗る馬の背が――なぜか不自然に――大きく揺れる。


「っ……えたっ!」


 僕は、それで舌を噛んで声を上げる。続けて僕の馬から、奇妙ないななきの声が上がる。


 ああもう! なんか黒いものを感じないことはないけど――運がないときはこんなもんだよなぁ。あーあ……。


 そうして僕が、指先で、そーっと舌の傷に触れていた――その時だった。僕の視界の端で、何か、影のようなものが横切る。

 顔を向ける。しかし、少なくとも今は何も見えない。


 でも何か、いた……ような気はする。動物? それとも……人影?


 僕は馬首を向け、慎重に、そちらへと近づいてゆく――。

 

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