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──声を掛けられないのなら、まずは特徴だけでも把握しておくか。


 部屋の中を珍しげに見回すフリをして、僕はひとりづつに対し大まかな観察をしていく。


まず僕と同じ様にソファーに座っている男。

うつらうつらと船を漕いでいるが、あれは眠っているのか?

両目の下にはひどい隈が浮かび上がっている。

年齢は20代後半かそこらに見えるが、全体的に疲れているようで老けて見えているのかもしれない。

実際はもう少し下の年齢だろう。

服は足の付け根まである白衣を着ている為、院生か或いは駆け出し研究者といったところか。


次は壁にもたれ掛かりながら腕を組む筋肉質の男。

白いシャツの上にカーキ色のジャケット、紺のジーンズというシンプルな服装をしているが、その服の上からでもわかるほどに鍛え抜かれた肉体。

明らかにこの部屋の中で異質な空気を纏っている。

年齢は30代くらいか。


最後は──いや、あれはなんだ?

正に異様。

顔全体を化粧で白く塗りたくり、目の縁は黒で目立たせ、その下に涙が描かれる。カラフルな衣装を着こなし、赤いアフロに赤い鼻。

そう、ピエロだ。

というか何故いままであれに気がつかなかった。

年齢性別不詳の危ないやつ。

とにかくあれはヤバイ、なにより話しかけたくない。


 最後で若干腰を抜かしてしまったが、部屋の中にいるのはこんな感じの面々だ。正直どいつもこいつもが胡散臭い連中だが、僕の探し求める天才というワードにヒットしそうなのは最初の白衣の男くらいか。集まった面々に一貫性は見出だせず、結局ここに何しに来たのかの手懸かりも掴めやしない。ふりだしに戻ったことを悟り、小さなため息が漏れる。


「ほえー、外も凄かったけど部屋の中もスッゴいねー」

 間の抜けた声が部屋の中に響いた。声の元へ視線を移すと、ドアの前には先ほどまで部屋にいなかった、制服姿の女が立っていた。

 あいつも参加者のひとりということだろう。


──こいつは使える。


 僕は水を得た魚の如く、目を光らせた。

 見るからに幸せそうな面をした女子高生。まだ世界の酸いも甘いも知らない小さな子ども。さらに女子高生という人種は、喋る為に生きているような節があるというのが僕の持論だ。情報を集めるには丁度良い相手。

 す、とソファーから腰を上げ、僕は未だにドアの前で物珍しそうに部屋を見回す女のところへ足を運ぶ。


「どうも、初めまして。君もここのパーティーの参加者、でいいんだよね?」

 無警戒な男子高校生を装い、笑顔で女に話し掛ける。

「んー? あっ、君もなんだ! いやー、よかったよー、私と同じくらいの男の子が居てくれてさー。あ、私は高木たかぎ彩花あやか、よろしくね!」

「ああ、僕も年上の人ばかりで緊張していたところだから、君みたいな女の子が来てくれて安心したよ。僕は鳴瀬なるせまこと

 そう言って差し出した右手を高木は「よろしくねー!」と躊躇なく握り返す。

「それにしても、パーティーかあ……うん、鳴瀬くん、君っておもしろいね!」

「おもしろい?」

 不可解な返答に思わず同じ言葉を聞き返すが、彼女は僕の言葉がまるで聞こえなかったかのように、握っていた手を離して僕の横を歩き抜ける。僕は振り返って彼女を再び視界に留め、返答を待つ。

「鳴瀬くんって、何かやってたりするの?」

「それは、部活とかそういうこと?」

 彼女のいちいち的を射ない言葉に対して、僕は少々の苛立ちを覚えながらも表面上には出さずに聞き返す。

「あはは、そういうのとはちょっと違うかな。鳴瀬くんだけができるような、うーん、特技っていうか、誇れる能力っていうかさ」

「そういうのは、ないかな。これまで特に何かに打ち込んだこともないし、ましてや誇れるものなんて」

「そっかー、じゃあこれから大変だね」

「そうだね、大学とか就職とか、そういうこと考えると、何かひとつのことに打ち込んでみておくってのも大切だなって思ってるんだけど、中々ね」

「あはは、君って本当におもしろいね」

「そうかな?」

 彼女の言葉は軽々しく、またもや「おもしろい」という一言に片付けられた。

「私はさ──」

 そこで一度、言葉が切れる。

 それまで見せてきた天真爛漫な彼女の表情は消え、うれいた表情が浮かび上がる。

「ん? どうかした?」

「ううん、何でもないの」

 心配しているというよりかは、ただ単純に何故言葉が切られたのかが不思議で仕方なく僕は彼女に問いかけた。だが彼女は片手を振りながら「気にしないで」と付け加えた。

「ああ、気に──」

 ──しないよ。そう答えようとして、今度は僕の言葉が切れる。

 突然、悪寒が走った。

 取り留めのない会話でしかない筈なのに、僕の口はそれ以上言葉を発しようとはしなかった。彼女の視線が、その瞳の奥に渦巻くどす黒い〝何か〟が、頭の中で警鐘を鳴らせた。

 背中を汗が伝う。動悸が激しい。呼吸が安定しない。足下がふらつく。

 この感覚は以前にも受けたことがある。他人を同列とみなさない、まるで飼い犬に躾をするような態度で相対した、あいつと出会った時の様な、畏怖の感覚。

「だ、大丈夫?」

「いや、ちょっと眩暈めまいがして……」

 言葉は、嘘の様に軽く出た。先程の感覚も消えていた。

 だが記憶にある感覚は、僕に恐怖と焦りを覚えさせる。目の前の彼女が、無害で世間知らずな顔をした彼女が、僕には手に負えない化け物に見えてしまったから。

「鳴瀬くん、朝ごはん食べてこなかったでしょー。ダメだよ、朝はしっかり食べなくちゃ身体に毒だよー」

 一転、彼女は再び天真爛漫な彼女へと変わっていた。

 だが、あの瞳の奥に隠された言い知れぬ混沌を目にした後の僕からすれば、そのギャップがどうにも気持ち悪く、歪なものに見えてならなかった。

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