0日目:闇の中に斑在り

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 景色が上下に揺れている。人里から遠く離れた山奥、土で固められたくらいにしか整備されていない道を数時間かけて移動している最中だ。

 まさかここまで辺境の地に来ることになるとは思いもしなかったものだから、僕は荷物という荷物をほとんど持ち合わせていなかった。財布と携帯電話があれば事足りるだろう。そんなコンビニに行く様な気構えで来たのはどうやら失敗だったようだ。

「鳴瀬様、そろそろ目的地に到着します」

 平坦な物言いで運転手はそう告げた。

 この運転手と僕に特別な関係と呼べるものがあるとすれば、それは今回僕が参加することになったパーティー、そこから用意された専属の運転手とその招待客といった関係だ。そこに特別な感情は必要ないのだろう。仕事を淡々とこなすこの運転手はまるで僕のことに興味がないようで、勿論僕も彼には微塵の興味もなかった。興味があるとすればそれは尖貫の話にも出ていた天才と称される人間の方──

 実をいうと尖貫はその天才に関しての情報を何故か一切僕に教えてはくれなかった。伝えられたことといえば、これから三日間山奥の屋敷で行われるパーティーに参加して欲しいとただそれだけ。つまり僕に顔も名前も性別も知らない標的をたった一人で見つけ出し、そいつがやろうとしているよくわからない企みを未然に防いで欲しいということらしい。


 ──無茶を言うな。期待しすぎだ。

   たかが高校生に何ができる。


 この時点で僕の中では抑えきれない程の後悔が生まれていた。揺れ動く車の中、僕は僕自身の運のなさに溜め息を漏らしていた。

 気が付けば車は緑が生い茂る森を抜けて、石造りの壁に囲まれた洋館の前に辿り着いていた。屋敷の敷地内に入る際には戦車でも通れそうな幅がある木製の橋を渡る。過去に城で使われていた様な周囲を堀にするスタイルをとっているのは侵入者用の対策だろうか。確かに大きな屋敷ではあるが、だがしかし、こんな山奥の屋敷に忍び込もうなどと考える輩がいるのかどうかは定かではない。

 駐車場には僕が乗ってきた車と同じ様な車種のものが数台ほど止められていた。どうやらもう既に到着している人もいるようだ。

 そこからは運転手に促されるままに車を降り、屋敷の中へと案内される。僕はただ漠然と周囲をもの珍しげに見渡しながらその案内に応じていた。

 しっかりと整備された綺麗なわかば色の芝生が敷き詰められた庭園を通り抜け、これまたアートの一種としても差し支えないほど美しい真紅の紋様が施された木製のドアを開けて中に入り、高級そうな毛足の長い真っ赤な絨毯の上をしばらく歩く。案内されたのは豪華な装飾品やソファなどが立ち並ぶ大広間の一室。そこにはやはり既に僕より前に到着していた人がそれぞれ好き勝手にくつろいでいた。どうやらまだパーティーの開始時刻には早いらしい。

「思っていたより人数は少ないんだな」

 今この部屋にいる人数だけで僕を含めてたった四名。これほど大きな洋館でのパーティーと言うからには、数百名という人が集まるものだとばかり思っていた僕は安堵の息を漏らした。どうやら砂浜で米粒を探す様な真似はしないで済みそうだ。というか僕はまだこのパーティーの詳細を一切知らないわけで、皆が一体何の為に集まっているのかすら知る由もないのだ。

 だがしかし、わからないことをいつまで考えていても答えが出てくる筈もない。僕は数分と経たない内に思考を巡らすのを止めて近くのソファに腰を下ろしていた。

 思った通りのソファのふかふか具合に僕の顔は思わず笑顔になった。だけどそれは僕の様な平凡な高校生にとっては仕方のない事だと思っている。夢中になるには至らないが存分に今の状況を楽しむくらいの贅沢はさせてもらおう。と、そこで尻の方で小さな振動が走った。どうやら携帯電話がメールを受信したようだ。こんな山奥でも電波が通っているとは驚きだが、とりあえず僕はそのメールを確認することにした。


 よう、俺だ。尖貫忍様だ。

 もう目的地には着いたろう?

 どうせお前のことだから、屋敷の高級感に感動して貧乏小僧丸出しのはしゃぎっぷりを見せているんだろうが、目的を忘れるなよ?

 さっき新しい情報が入ったんだが、もしかするとそこで標的がやろうとしてることは、とんでもなく危ねえことかも知れねえ。気を付けろ。

『ミイラ取りがミイラになっちまった』なんてみっともねー報告しやがったらぶっ飛ばすぞ。

 いいか。

 できるだけ早く片付けてこい、以上だ。


 なんという俺様主義なメールだろうか。しかもこちらの状況を見透かされているかの様な内容。そしてまたしても大事な部分が曖昧な言葉で片付けられていた。なんだよ『とんでもなく危ねえこと』ってさ。情報が入ったならもっと詳しく説明していけってもんだ。

 彼はいつだってそんな性格だった。必要以上どころか必要未満のことすら話さない。たとえ確かな情報を持っていたとしてもだ。そのことを後から問い質したところで、いつもはぐらかされる。だから僕は今回もそれほど怒りを感じることはなかった。慣れてしまったと言えばそれまでだが、僕は少しずつ、だが確実に、尖貫忍という男のことを理解できてきたと思っている。

 携帯電話をズボンの尻ポケットにしまい込み、僕は平凡な高校生というレッテルを標的を見つけ出すエージェントという肩書きへと張り替えた。

 まず何をするにも情報が必要となってくる。周囲の人間に話しかけるのもアリだが、それはできるだけ避けたいところだ。できれば目立たずに済ませたい。こんな全員が集まる大広間で一人ずつに声をかけるなんて真似はナンセンスだ。さてどうしたものか──

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