鎖の少女
@coon
プロローグ
「奇蹟の存在を信じているか?」
「信じてはいないが、信じたい気持ちはある」
「へえ、はは、お前は中々どうして面白いことを言うんだな」
僕の知る限りである、
「まあ、信じたいという気持ちならいいか」
と、口許に寄せていたカップを机の上にゆっくりと戻した。
「いやね、お前も知っての通り、俺は奇蹟なんてものを微塵も信じちゃいない。だけどよ──」
一息間を置いて、尖貫は気怠そうに椅子にもたれ掛かりながら言葉を紡ぐ。
「たとえばだ。特定の場所で奇蹟と呼ばれる所業が幾度も行われていたとしよう。だがそれは勿論奇蹟なんかじゃない。所謂天才。他より頭が優れた奴が仕組んだ
「確かにその考えには賛同できる」
「だろ? あー、よかった。お前が話のわかる奴で」
僕はこれでも世界に対してかなり現実的に捉えているつもりだ。しかしそれは得てして一変してしまうこともまた無きにしも非ず。だが無神論者だ。その辺りはきっちりとわけて考えている。
「それで。そんなたとえ話をあんたが言い出すってことは、それ、本当にどこかで行われていることなんだろ?」
「はは、やっぱりお前は話がわかる」
「そのくらい誰にだってわかるさ」
「だが、まあ、少し勝手が違うんだな。そいつはまだあくまで俺の予想。これから起こるかも知れない奇譚劇ってわけさ」
それはまた、どういう経緯でそんな予想ができたのか詳しく聞かせてもらいたいところだが、尖貫の情報網を聞いたところで無視されるか、話を逸らされるかのどちらかだろうと思い、口には出さなかった。
「まあ話の流れからもう察しが付いているとは思うが、そこへお前に行ってもらい、天才の思惑を潰してきて欲しい」
「……わかったよ」
眩しくも憎らしい嘘の笑顔を振りまくそいつに、僕はなんと言ってやればよかったのだろう。いや、恐らく何を言っても結果は同じ。だからこそ僕はそれを、承諾した。
天才が憎いというより尖貫が憎かったからだ。おそらく前座で語った奇蹟の問いかけは僕に対しての奇蹟という意味も含んでいたのだろう。天才に対して僕がどこまで足掻けるか。尖貫は僕がその天才に敗北することを前提としてそこに向かえと言ったのだろう。そう解釈した。
それはそうだ。なんたって僕はただの一般人。尖貫忍という変わった友人を持つ一般人。ぬるま湯に慣れきった僕に彼の異常な日常を押しつけられたところで、何か出来るはずもない。
す、と椅子から立ち上がり尖貫に視線を向けて口を開く。
「そいつはどこにいるんだ?」
もしかすると、このときから既に僕は、外れていたのかも知れない。少なくとも一年前の僕ならば、尖貫忍と出会う前の僕ならば、こんな答えを口にすることはなかっただろう。
だからこそ気付いて欲しい。
だからこそ知っておいて欲しい。
己が感じていることなんてたいして信用するに値しないということを──
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