第3話(笑)と草
焦げ茶色のセミロングの髪に、わざとらしいほどに魔女っぽいとんがり帽子を乗せた女はこう名乗った。
「私はエミww 前世では笑うに美しいと書いて笑美って名前だったわwww」
「そうか(笑) 俺はショウト、よろしくな(笑)」
傍から見ると挑発合戦にしか見えないだろうが、俺は空から降ってきた女とひとまずお互いに名乗りあった。珍妙な語尾から察していたが、エミも俺と同じく日本からこの世界に転生してきた人間らしい。
まだ狩りをしていた森の中ではあるが、あまり人に聞かれない方が良さそうだと判断して、そのまま先程俺が振り回していた丸太を椅子代わりに腰掛けて会話を続ける。無一文の俺はホーンラビットの換金をしたいところではあるのだが、こちらの話のほうが重要度は高いだろう。話の展開次第だが、今夜は野宿の覚悟をしておいたほうがいいかもしれない。
「一応確認するけどww 貴方のそのムカつく喋り方は本心とは無関係に勝手にそうなってるのよね?ww もし、そうじゃなかったら一発殴らせてもらうけどwww」
「ああ、初対面の人間にこんな対応しかできないのを心苦しく思ってるよ(爆笑) アンタも俺と同じ境遇みたいだな(笑) ムカつき加減はいい勝負みたいだ(笑)」
「じゃあww お互いの言葉のニュアンスには触れずに、まずは話を進めるわよww」
この世界に生まれてから苦節十五年。
『神の祝福(笑)』のせいで他人に疎まれ続けてきた俺だが、どうやら似たような苦労を重ねてきたらしい相手と出会って、ようやく今生において初と言っても過言ではないまともなコミュニケーションができそうだ。ただ会話をするだけなのに感動して泣きそうだよ。
「そういえば、さっき手を貸してほしいとか言ってたな(笑)」
「ええww 詳しくは順を追って話すけどw」
エミはそこで一旦言葉を区切り、空を見上げて言った。
「貴方には、私が神を倒すのに協力して欲しいのwww」
「神とか(笑)」
◆◆◆
いきなり神とか言われて少々面食らったが、俺の反応を他所にエミは話を続けた。
「前世では日本人だった私は、死んでこの世界に転生したのwww そこまでは多分貴方と似たようなものよね?ww ちなみに享年十五歳だったわww」
「へえ、俺と同じだな(笑) ちなみに今生では何歳なんだ?(笑) 俺は十五だけど(笑)」
外見は同じくらいに見えるけど、年上だったら今からでも敬語に直したほうがいいかもしれない。そういう事を気にしそうなタイプじゃなさそうだけど、念の為聞いてみた。
「今生でも今年でちょうど十五歳よww じゃあ、前世から合わせても同い年ってわけねwww」
「ああ、こんなナリだけど、お互い今年で三十路ってワケだ(笑)」
ごんっ。
殴られた。腰の入った惚れ惚れするようなフォームの正拳突きだ。なんでも前世では空手部だったらしい。無駄に高いレベルのおかげか痛くはないけど、すっごい目で睨まれてる。
「年齢の話は禁句ww いいわね?ww」
「あっ、はい(笑)」
「じゃあ、本題に戻るけどwww」
この世界に赤子の姿で転生したエミは俺と同じく三つの能力を持っていたらしい。
『魔力無限大』
『魔法大全』
『神の恩寵www』
一つめの『魔力無限大』は分かりやすい。本来であれば有限のはずの魔力を無限に使えるという名前そのままの、シンプルだが極めて有用な能力のようだ。
『魔法大全』の方は名前では少々分かり難いが、これも一つめの能力に引けを取らない強力無比な力のようだ。というか、『魔力無限大』はこちらの能力を十全に活かす為のものだったのだろう。その効果は、エミが想像し得るほとんど全部の現象を魔法という形で実現できる、というものだ。
「実際に見た方が早いわねwww」
と、言うや否や実際に『魔法大全』を発動させると、俺達が座っていた丸太が一瞬にして高級そうなソファーに変形した。座り心地は言うまでもなく雲泥の差だ。
「これで座りやすくなったわww 実はさっきからちょっと痛かったのよねww」
「ああ、尻が痛かったのか(笑)」
どっっ。
今度は鋭い蹴りが俺の側頭部に直撃した。しまった、今のはセクハラぽかったな。反省、反省。これ以上のセクハラを避ける為にも、蹴った時にスカートの中が見えたことは黙っておこう。
「それで三つめの『神の恩寵www』だけど……ww」
エミは何事もなかったかのように説明を続けるつもりのようだ。こっちとしてもセクハラ野郎として扱われるのは御免蒙るのでその切り替えはありがたい。
「それに関しては、まあ、想像はつくよ(笑)」
「ええ、貴方のソレと同種の能力みたいねww」
聞いた相手をムカつかせるというだけの、迷惑極まりない厄介なネタ能力。
単純ではあるが、これがあるだけでまともな人間社会で生きていくことは非常に難しくなる。
「それでも、割と上手くやってたのよww 王都の魔法学院って知ってる?www 私そこで学生やってたのよwww」
魔法学院というのは、ライトなファンタジー作品にありがちな魔法を勉強するための学校だ。学費がやたらと高い上に、成績が足りなければ王族だろうが貴族だろうが容赦なく落第や退学の目に遭うという恐ろしい場所だと聞いている。興味はあったけれど、家族仲が最悪だった俺は高い学費を払ってくれとは言い出せずにいたんだよね。
「で、言葉を話すとこんな感じになっちゃうからww 極力他人と関わらずに病弱な無口キャラを演じていたわけwww」
無口キャラ……ああ、ハーレム系のラノベとかだと大抵一人くらいはいるタイプか。こうして話しているのを聞く限りでは素のエミはむしろ饒舌な性格みたいだから、そういう演技をしていたのか。
「それなりに上手くやってたのよww これでも優等生だったんだからwww」
エミの有用な方のチート二種類があれば、それは魔法学院みたいな場所ではいくらでも活躍できそうだ。筆記はともかく実技に関しては満点を取らない方が難しいレベルだろう。
「でもね、昨日の卒業試験で……www」
昨日卒業試験だったのか。
それがなんで今こんな森の中に降ってくることになったんだ?
「筆記と実技以外にww 今年からいきなり口頭試問が増えたのよwww」
ああ、もう分かった。そこでやらかしてしまったのか……哀れな。
「試験官の先生を怒らせていきなり退学処分よww 卒業を目の前にしてwww」
口調のせいで過去の自分の失敗をネタに笑いを取ろうとしているように聞こえてしまうが、本気で悔しいのだろう。エミの目尻には涙が浮かんでいた。
「学校を追い出された私は、こんな事になったそもそもの原因に文句を言いに行ったのよwww」
ああ、それでさっきの話に繋がるわけだ。『神の祝福(笑)』や『神の恩寵www』って名前から検討は付いてたけど本当にいたんだな。
「知ってる?ww 空をずっと上の方に飛んでいくと天界があって、神と手下の天使達が住んでるのよww 魔法でこの世界の構造を調べた時に気付いてたけど、用がなかったから行ったのは昨日が初めてだけどねwww」
知らなかった。
っていうか、天界ってそんな簡単に行けるのか。俺が全力で垂直跳びすれば届くかな?
「空を飛んで近付いていったら天使達が止めようとしてきたけど、神の奴が私に気付いて興味を持ったみたいwww 雲の上の神殿みたいな所に案内されたわww」
「雲の上の建物とかいかにもファンタジーだな(笑)」
一度見てみたいな。デジカメがないのが残念だ。
「で、神殿の奥にいた神に会ったの、のっぺらぼうの子供みたいな感じの奴だったわww それで、なんでこんな『神の恩寵www』なんて寄越したのか聞いてみたのwww アイツったらなんて言ったと思う?www」
口調とは裏腹に強い怒りが感じられる。という事はロクな理由じゃなかったんだな。
「アイツったら、私達みたいな転生者がコレのせいで苦労したり人から見捨てられたりするのを天界から見てゲラゲラ笑ってたのよ!www」
……なんだ、それは?
そんなしょうもない理由で、俺は今生の十五年を人から疎まれて過ごし勘当される羽目になったのか。
「その顔を見ると、貴方も苦労してきたみたいねww それを聞いた時の私もブチ切れて、全力の攻撃魔法を放ったのよww」
無限の魔力に物を言わせた超威力のビーム砲。ちょっとした惑星なら貫通するような威力のビームを至近距離で放ったらしい。
「でも、そんなのが直撃したっていうのに『今のはちょっと痛かったwww』なんて言うのよwww」
わざわざ草を生やして感想を言うとは、その神は随分と煽りスキルが高いらしい。
「それから、異変に気付いた天使達を薙ぎ払ったり、神に追撃をしたりして丸一日くらい戦ってたんだけど、結局本気を出した神に負けて地上まで落とされたってワケww」
それで俺の上に落ちてきたのか、と思ったがそれはちょっと違ったらしい。
「アイツがね『またいつでも来いよwww 俺様に勝てたら恩寵を外してやるよwww』って言ってたのよwww だから再戦は確定として、私一人じゃ戦力が心もとないのよwww それで仲間を探すことにしたのwww」
神の口ぶりから自分以外の転生者がこの世界に何人かいることを察し、同時にその転生者達は性格の悪い神のせいで酷い目に遭っているのもほぼ確定だ。事情を話せば味方になってくれる可能性は高いと踏んだらしい。
エミの見立ては正しい。少なくとも俺は、まだ会ったこともない神の野郎をブン殴りたくてたまらない。
「魔法で調べた限りではww 私達以外にもあと二人いるらしいのwww だから協力して……」
「ちょっと行ってくる(笑)」
「え?www」
エミのセリフの途中だったが、俺はソファーから立ち上がり、少し離れた位置で膝を曲げた。そう、垂直跳びのポーズだ。冷静に話を聞いていたつもりだったが、エミの『神の恩寵www』の効果で自覚していた以上に怒りが溜まっていたらしい。気を抜くと神以外の誰かに八つ当たりしてしまいそうだ。
そのまま全力で跳躍すると一瞬にして俺の姿は上空へと移動したが、まだ上昇は止まっていない。まるで自分がロケットにでもなったかのような気分だ。下を見ると慌てた表情のエミが俺を追いかけてきているのが見えるが、自由に空を飛べない俺にはもはや止まることもできない。いきなりラスボスに挑むのは考えなしだったかもしれないが、こうなった以上は最後までいってやろう。
雲を一つ突き抜け、二つ抜け、三つ抜けたところでようやく上昇が止まった。少々不安だったが、雲の上にちゃんと着地することもできた。
「あそこか(笑)」
雲の上には本当に建物があった。一番大きい建物がエミの言っていた神殿だろう。
さて、では殴りこみの時間だ。
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