第2話 草を生やす女

 「これからどうしようか(笑)」

 無一文で勘当されて追い出された俺は、隣街に通じる街道をテクテク歩きながら思案していた。なんせ、今夜寝る場所も食べる物も何一つないのだ。意に反して出てしまう「(笑)かっこわらい」のニュアンスが深刻さを消してしまっているが、真剣に考えないと不味いだろう。

 不幸中の幸い、無闇に高いステータスのおかげで何か力仕事でも探せば金を稼ぐことはできそうだ。前世では中学生の時に死んだので、考えてみればこれが初めての労働体験になるわけだ。ちょっとワクワクしてきた。



 「よそに行け!」

 「失せろ!」

 「二度と来るな!」

 はい、勿論どこにも雇ってもらえませんでした。

 隣街まで行ってみたら、日雇いの人手を募集している大工やら職人やらはいたんだけれど、そりゃ「雇ってください(笑)」なんてふざけた調子で言う十五の子供を雇う人はいないよね。殴られなかっただけ御の字だろう。


 「しかし、こうなると他の仕事も難しいだろうな(笑)」

 大抵の仕事というのは他人とのコミュニケーションが必須だ。数少ない例外は個人競技のスポーツ選手か作家くらいのものだろう。それだって完全に人と関わらないわけにはいかないし、そもそも今すぐなれる職業ではない。必要なのは今日の食い扶持を稼げる仕事なのだ。


 空きっ腹を抱えてそのまま街中をうろつく。

 今生では今まで衣食住に不自由したことはなかったから知らなかったけど、いくらステータスが高くても空腹に強くなるわけではないようだ。

 イザとなれば、これまでのボッチ人生の暇潰しに一万倍の効率で鍛えた身体能力で、他人から金銭を奪うことも不可能ではないけれど、それはできれば最後の手段にしたい。もしやるにしても、その時はなるべく悪人を狙おう。


 そんな後ろ向きな決意をしていたのだけれど、幸いにもその計画が実行されることはなかった。

 「そうか、冒険者になればいいんだ!(笑)」

 街のあまり治安のよろしくない区画に建っている『冒険者ギルド』の看板を見た俺は閃いた。

 ゲームのような世界だけあって、この世界には冒険者というゲームのような職業が存在する。危険な魔物や犯罪者を倒したり捕まえたりして金銭を稼ぐという、ほぼゲームそのままの職業だ。あまり良いイメージのない職業なので、一応貴族の子弟だった俺はこれまで実際に関わることはなかったのだけど、今の俺にはうってつけかもしれない。


 早速ギルドの中へ入り、受付で冒険者の登録をしてみた。規約に目を通してから名前と年齢と出身地を用紙に書いて提出するだけなので簡単だ。受付のお姉さんを怒らせてしまうかと心配したが、事務的に用紙を渡され、そして書いた用紙を提出する時も最低限の事務的な対応をしてくれた。仕事柄、挑発的な言動をする相手には慣れているのかもしれない。

 番号札を受け取ってあとは自分の番が来るのを待つだけだ。犯罪歴がないかどうかを出身地の役場に魔法で確認して、問題がなければ冒険者証が発行されるらしい。出身地での俺の評判は最悪だけど、前科はないので問題なく冒険者になれそうだ。それにしても、てっきり試験とかがあるかと思ってたんだけど、こんな簡単でいいんだろうか?


 ギルド内には明らかに取り締まられる方にしか見えない、ガラの悪いチンピラ風の連中がわんさかいたが、特に因縁を付けられたりすることはなかった。

 よくあるパターンだと、新入りの冒険者がベテランに絡まれるけど、圧倒的な実力の片鱗を見せて退ける、みたいのがあるんだけどね。そういうのを覚悟してただけにちょっと拍子抜け。


 「八番のショウトさん、二番受付までどうぞ」

 「は~い(笑)」

 「これが冒険者証です。初回の発行は無料ですが、紛失した際の再発行は有料になりますのでご注意ください」

 「はい、気を付けます(笑)」

 「では、次は九番の……」

 俺の登録はあっさり終わり、受付嬢は早くも次の客の対応に回っている。忙しいからかもしれないけど、久しぶりに人並みの対応をされたことにちょっと感動。


 「よし、ガンガン稼ぐぞ(笑)」

 ともあれ、こうして無事に冒険者になれた。さっきの待ち時間に手頃な獲物の情報を集めておいたので、日が暮れる前に狩りにいかないと宿に泊まることもできない。

 日暮れまでは約三時間。ギルドで換金する時間を考えると、あまり時間に余裕はない。俺は全速力で街外れの森に向かおうとしたが、


 「しまった(笑)」


 地面にヒビを入れてしまった。今の俺が本気で走ると地面の石畳が砕けてしまうのだ。

 一般人なら十前後、武芸の達人のレベルが五十前後とされるこの世界で、レベル四桁の俺のステータスは危険物でしかない(具体的にはレベル千二百三十四)。走ってる時にうっかり人に当たったら簡単に殺してしまうだろう。

 俺は今度は周囲に気を配って早歩きで街の外に向かった。


 ◆◆◆


 今日の狙いはホーンラビットという額に大きなツノのあるウサギの魔物だ。その肉は美味で、俺の実家でもよく食べていた。それほど強くない魔物なので、初心者の俺にもちょうどいいだろうと思って最初の獲物に決めたのだ。


 「ほら来い(笑)」

 今日まで知らなかったが、デメリットしかないと思っていた能力『神の祝福(笑)』にはMMORPGなんかで壁役が使う『挑発』系の技と同じ効果があるらしい。魔物と戦うのはこれが初めてなので気付かなかった。

 それでもデメリットの方が遥かに大きいので早くどうにかしたいのだけれど、今は使えるものは祝福だろうが呪いだろうがなんでも使っておこう。そうしないと断食の上、野宿になってしまうので背に腹はかえられない。

 「よっと(笑)」

 森まで来たところで武器を持っていないことに気付いたけれど、その辺に落ちていた丸太を振り回して事なきを得た。吸血鬼特効があることで有名な丸太はウサギにも有効だったようだ。俺が声を上げるだけで勝手に周囲から集まってくるホーンラビットは、片っ端から丸太の餌食になっていく。



 「こんなところか(笑)」

 いくらレベルが高いとはいえ、初心者がいきなり獲物を狩れるのか心配していたけれど、完全に杞憂だったようだ。俺の目の前には百匹ものウサギの山が築かれていた。俺の声が届く範囲のウサギは全部狩りつくしてしまったようだけれど、生態系に影響がないか心配だ。


 「しまった(笑)」

 そして、どうやって獲物を持って帰るかを失念していた。両手で抱え込んでも一度に持てるのは精々が十匹やそこらだろう。持ちきれない分は捨てて行くというのは、前世からのMOTTAINAI精神を引き継いでいる俺にはかなり抵抗がある。


 さてどうしたものか、と思案していた俺だったが、ひょんなところから解決策が降ってきた。いや、比喩ではなくホントに空から降ってきたんだよ。


 「ねえ、そこの貴方ww ちょっと手を貸して貰えないかしらwww」


 これが俺と、語尾に草を生やす女との出会いだった。

 俺も周囲からこんな感じに見えてたのか……そりゃムカつくわ。

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