第3話 ハーレムが納得いかなかった件
「う~ん、まさに中世ファンタジーだな」
石畳の道路にレンガの家、道行く人々は麻や羊毛を使った質素な服を身にまとい、たまに剣や鎧を身に着けた兵士や冒険者らしき者達が歩いている。
「まずは冒険者ギルドで資金稼ぎだな」
これが本物の中世ヨーロッパなら、「冒険者ギルド? ねえよそんなもん」と追い返されている所だが、ここはクロが連れて来てくれたご都合異世界、必ず有るに違いない。
そう思い、俺はギルドの場所を訪ねようと、近くを歩いていたお姉さんに声をかけた。
「すみません、ちょっといいですか」
「えっ、私ですか?」
「はい、冒険者ギルドまでの道を教えてくれませんか」
そう訊ねると、丸顔の可愛らしいお姉さんは、急にプルプルと体を震えさせた。
「そんな、私に……っ!?」
「えっ、どうしたの?」
まさか、異世界に来てまで声掛け事案で通報されるのかと、つい身構えてしまう。
だがお姉さんは、そんな俺の手を握りしめ、目を輝かせて叫んだのだ。
「私なんかに声をかけてくれるなんて……素敵、抱いてっ!」
「……What?」
思わず英語になるくらい、意味不明の展開であった。
だが、お姉さんの方は迷いのない瞳で、俺を見上げ続けている。
「好き、大好き、愛しているの、お願いだから抱いてっ!」
「何言ってんだこの人っ!? ちょっと、誰か止めて!」
会って五秒で愛の告白とか、下手なヤンデレより恐ろしい。
俺はつい周りの人々に助けを求めたのだが――
「冒険者ギルドまでの道を尋ねるなんて、何て凄い男なんだ……っ!」
「あぁ、ただ者じゃないぜ。あれが英雄ってやつか」
「俺の二倍……いや、四倍は賢いぜ」
ただ道を尋ねただけの事に、あらん限りの驚愕と賞賛が返ってきた。
「馬鹿にしてんのかお前らっ!」
「くっ、何て凄まじい覇気に満ちた怒声だ……っ!」
「あぁ、ただ者じゃないぜ。これが覇王の器ってやつか」
「俺の二倍……いや、一億倍は怒っているぜ」
「何なの、この人達……っ!?」
怒っても賞賛してくる町人達に、怒りを超えて恐怖が湧いてくる。
そんな風に俺が慄いていると、背後から凛々しい声が響いてきた。
「こらお前達、何をやっている!」
「誰だっ?」
振り返るとそこには、白馬に跨った凛々しい女騎士が居た。
「彼が困っているではないか、散れっ!」
女騎士はいきなり剣を抜くと、まだ俺の手を握っていたお姉さんや、周囲の頭がおかしい町人に向けてくる。
その脅しは流石に聞いたのか、人々は散り散りに逃げて行った。
「た、助かった……」
「大事ないか?」
胸を撫で下ろす俺の前に、女騎士は馬から降りてくる。
そして、こちらの手を掴んで告げたのだ。
「それにしても、何と凛々しい御仁だ……素敵、抱いてくれっ!」
「お前もかっ!?」
俺は思わず悲鳴を上げて、女騎士の手を振り払って駆け出した。
しかし、五歩と進まぬ内に小柄な人影とぶつかってしまう。
「きゃっ!」
「うわ、ごめん!」
俺は慌てて謝りながら、ぶつかって転んだ相手を見る。
それは可愛らしい犬のヌイグルミを胸に抱いた、十歳くらいの小さな女の子で、尻餅をついたまま潤んだ瞳でこちらを見上げていた。
まさか、この子まで……。
「お兄ちゃん素敵、抱いて下さいっ!」
「クロちゃぁぁぁ―――んっ!」
俺は猫型ロボットにすがりつく眼鏡少年の如く、黒髪幼女な神様に助けを求めながら、街の外に走って逃げた。
「はぁはぁ……」
「おかえり」
ステータス的な体力は余裕だが、心理的恐怖から息を切らせて森まで帰ってきた俺を、クロは変わらぬ短い言葉で迎えた。
「クロちゃん、あれは、何?」
「ハーレム」
「そんな生易しいモノじゃねえよぉぉぉ―――っ!」
あれはチーレムとかヨイショとかそんなチャチなものでは断じてない、もっとおぞましく冒涜的な何かである。
「会ったばかりの奴に惚れられたり、持ち上げられても気持ち悪いだけだって!」
「え~」
何が悪いの? と不満そうな顔をするクロに、俺はこんこんと言い聞かせる。
「俺だって健全な男だからね、女の子に好かれりゃ嬉しいさ、借り物の力だろうと何だろうと、褒められると良い気分になるさ。でもね、何の理由も無しに好かれたり褒められても、裏があるのかと疑って素直に受け止められないんだよ」
とある漫画のキャラが言っていた、「納得は全てに優先する」と。
まさにその言葉通りで、好意だろうと賞賛だろうと、自分が納得して受け入れられないのなら意味が無いのだ。
過程を飛ばして結果だけを残すなんて、どこぞのボスみたいなズルをしては、真のチーレムには到達できないのである。
「だから、俺がちゃんと活躍してから――」
「分かった」
言い終わる前に、クロは深く頷く。
本当に分かったのか? と俺が疑問を抱くよりも早く、背後から爆音が響いてきた。
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