第2話 強すぎて敵が居なかった件

 日本どころか地球だとすら思えない、何十mもある巨木が立ち並ぶ森の中。

 そこから少し先に見えるのは、巨大な石造りの城を中心とした街。

 建物は石やレンガを主とした物で、実に中世ヨーロッパな建築様式である。


 そして極めつけは空を舞う生物。

 凧に似た三角形というか、浮遊するマンタというか、見ているだけで正気度SAN値がゴリゴリ削られそうな謎生物である。


「どう見ても異世界です、本当にありがとうございました」

「頑張った」


 唖然とする俺の横で、クロは「褒めてもいいよ?」とばかりに薄い胸を張った。

 か、可愛い……が、騙されんぞ!


「クロちゃん、これはいったいどういう事だっ!?」

「異世界」

「それは見れば分かる。何で俺を異世界なんかに――」

「最強、ハーレム、好きにして」

「ありがとうございますっ!」


 俺は一瞬で土下座し、深々と異界の地面に額を擦りつけた。

 ……いや、誤解しないで欲しいのだが、俺は別に幼女の口から「好きにして」なんて卑猥単語が出た事に反応した訳ではない。


 クロが俺の望みであり、男子なら誰でも一度は願うだろう、最強無敵でTUEEEな美女独り占めハーレム世界を、俺のために用意してくれたと、万の言葉よりも心で理解したからだ。

 異世界への転移に加え、いかにもファンタジーな風景や生物を見せられて、それを疑うほど俺の頭は固くない。


「ふっ、豆腐頭の異名がこんな所で役立つとはな」

「冷ややっこ、好き」


 無駄に勝ち誇る俺を見て、クロは何故か嬉しそうに頷いた。

 ……この子、意外と渋い趣味をしてるな。


「それで、マジで好き放題チーレムしていいのか?」

「好きにして」


 ありがとうございます! と天丼は程々にしておくとして。


「俺、チーレム出来るほど本当に強くなっているのか?」

「最強」


 むふー、と鼻息荒く胸を張るクロだが、どうにも実感が湧かない。

 試しにその辺に生えていた、直径10mはありそうな太い巨木を殴ってみると。


 ドゴグシャアアアァァァァァ―――――ッ!!!!!


 木どころ地面までもが、地平線の彼方まで抉れ飛んだ。


「……クロちゃん、戦闘時以外は力を抑えるよう調整して頂けますでしょうか」

「うん」


 残念、としょぼくれる幼女の姿は可愛いが、これはちょっと洒落にならない。


「というか、これどれだけ強いんだ? ステータスとか無いの?」

「有る」


 異世界召喚や転生ではお馴染みの要素を求めると、クロはあっさり頷いた。


「マジで? 見せて見せて!」

「出す」


 俺がワクワクしながらねだると、クロは手をかざして空中に文字を浮かび上がらせる。

 そこには、俺の強さが数字で分かりやすく示されていた。



 俺 LV:9999

 HP:9999999

 MP:9999999

 筋力:99999

 耐久:99999

 敏捷:99999

 器用さ:99999

 魔力:99999

 【スキル】

 全部:MAX



「……クロちゃん、これはどういう事でございましょうか?」


 思わず敬語になる俺に、クロはまた薄い胸を張って答えた。


「最強」

「いや、最強すぎるだろっ!」


 レベルもステータスもカンストしてんじゃんっ!?

 スキル全部MAXとか手を抜きすきだろ、ちゃんと書いてよ!

 あとステータスに知力と幸運が無いのは、俺の豆腐頭と三万円突っ込んでも最上級ウルトラ・レアが当たらない不幸体質を、あえて数値にしなかったご慈悲でしょうかっ!?

 俺が必死に訴えると、クロはまたしょんぼりと俯いてしまう。


「最強……」

「あっ、ごめん、責めるつもりはなかったんだ」


 たかがアイス一つのお礼で、異世界最強ハーレムを用意してくれたのだ、怒る権利など俺には無い。

 ただ、もう少し手加減というか、ゲームバランスというものをですね。


「うん? 待てよ」


 ふと思い直す。俺のステータスが最強でも、敵も同じかそれ以上に強いのなら、別に問題は無いのではないだろうか。

 いわゆる『酷いレベルでバランスが取れている』というやつだ。


「クロちゃん、この世界で最強のモンスターのステータスを見せてくれるか?」

「うん」


 素直に応じて、クロは再び空中に文字を浮かび上がらせる。



 暴虐の黒き帝竜アガーシャ LV:912

 HP:50823

 MP:41086

 筋力:9255

 耐久:9840

 敏捷:6079

 器用さ:4761

 魔力:8805

 【スキル】

 真竜の血脈:LV10、神の反逆者:LV10、殺戮の王:LV10、真竜のブレス:LV10、混沌魔術:LV10、神聖魔術:LV8、元素魔術:LV10、時空間魔術:LV9、自己再生:LV10、異常耐性:LV10、呪殺耐性:LV10、変身:LV8……



「弱すぎんだろっ!」


 思わず空中に裏拳ツッコミを放ってしまう。

 いや、分かってはいるんだ。おそらく普通の人間はLV1、HP10とかの超貧弱ステータスで、この黒き帝竜さんはマジで世界崩壊級の化物なんだって。

 だがしかし、全ての能力が俺より一桁低いとか、これ完全に弱い者イジメにしかならんだろっ!?

 あと変身:LV8が超気になります。ドラゴン娘とか大好物ですっ!


「クロちゃん、俺は確かに最強俺TUEEE物が大好きだが、これは流石に駄目だ。どんな敵が現れても、ただ蟻を踏み潰す作業と変わらん、そんなの――」

「楽しく、ない?」

「うぐっ……」


 澄んだ瞳で見上げられ、俺は思わず口ごもる。

 もちろん、幼女の上目遣いに見惚れたとか、そんなヤマしい気持ちはカスピ海程度しかない。


「いや、それも楽しいとは思うよ」


 どこかの大魔王様ではないが、強大な力で弱者を蹂躙するのは確かに楽しい。

 ゲームでレベルをカンストさせて、ラスボスに何もさせず蹂躙した時とか、悪趣味だとは思いつつも得も言われぬ快感を抱く。


 ただ、そればかりだと直ぐに飽きるのも事実。単なる作業になってしまうからだ。

 勝つか負けるかギリギリの、胃の腑が痛くなるような緊張感の末に掴んでこそ、勝利の美酒は美味くなるのだ。


「だから、ちょっと苦戦して追い詰められつつも、最終的には大逆転勝利が保証されていて、絶対に死んだり痛い思いはしないバランスでお願いします」

「え~」


 面倒くさい、と頬を膨らませる姿も、リスみたいでラブリーである。

 とはいえ、クロはこちらのワガママをしっかり聞いてくれ、丁度良い感じにステータスを調整してくれた。


「よし、では行ってくる!」

「行ってら」


 変な省略をするクロに見送られ、準備を終えた俺は街に向かって歩き出した。

 そこでもまた、バランスが崩壊しているとはつゆ知らず。

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