【短編】異世界で俺TUEEEしようとした俺が地獄に落ちるまでのお話
笹木さくま(夏希のたね)
第1話 アイスをあげたら異世界に連行された件
真夜中の歩道に超美人の幼女が立っていた時、さて貴方はどうするだろう?
1・ハンサムな俺なら許されると声をかけ、警察に通報される。
2・親御さんが迎えに来るまで待つ。そして通報される。
3・通報が怖いので無視する。現実は非情である。
「答えは3、
小心者な俺の選択は、当然ながら無視であった。
というか、超怖えーんだよ! 黒髪ロングで黒いワンピースを着た幼女が、誰も居ない深夜三時の歩道にポツンと立っているんだぞ?
どう見ても幽霊だろ。仮に生身の人間だとしても、親の虐待から逃げてきたとか、超絶面倒な子に間違いねえよ!
いや、実は幼いなりをして春を売っているとか……ダメだ、やっぱり逮捕エンドしか見えない。
そんなわけで、小心者の俺は幼女の前を通り過ぎ、自分が無視したせいで不審者に誘拐&殺害されたら後味が悪すぎると、結局は戻ってきて声をかけたのであった。
「お嬢ちゃん、こんな時間にどうしたんだい?」
あかん、これ完全に不審者の台詞だっ!?
そうセルフツッコミを入れる俺を、幼女はキョトンとした瞳で見上げながら小首を傾げる。
か、可愛い……いや、落ち着け自分、牢屋に入るのはまだ早い。
「えーと、お名前は?」
怪しい者じゃないですよー、と無理に笑ったせいで余計に怪しい俺に、幼女は素直に答えた。
「♯♪Σα♭ΩΘ」
「えっ、何だって?」
可愛らしい小さな口から、理解不能の冒涜的で背徳的な音が響いてきて、俺は思わず後ずさる。
すると、幼女は少し困ったように首を傾げてから言い直した。
「クロ」
「あぁ、クロちゃんね」
本名は黒子なのかクロエなのか、それとも全くの偽名なのか。
とりあえず意思疎通ができる事に安堵しつつ、さらに訊ねる。
「お父さんやお母さんはどうしたの? お家の電話番号分かるかい?」
質問に対するクロの答えは端的であった。
「ない」
え~と、それは電話番号が分からないという事で、よろしいのでございましょうか?
まさか両親が居ない捨て子というのは、面倒なので出来ればご勘弁願いたいです、はい。
そう戸惑っていると、クロは俺が手に持ったビニール袋をジーと凝視してくる。
中に入っているのはコンビニで買ってきた、週刊少年誌とおにぎり(ツナマヨ)、そしてスナック菓子とガリガリ食べる棒アイスである。
「……食べたいの?」
「食べる」
俺が棒アイスを差し出すと、クロは遠慮なく受け取って、袋を破いて食べ始めた。
幼女をアイスで餌付けする男……ダメだ、また一歩牢屋が近づいてきた。
俺は深く絶望しつつ、スマホを取り出す。
しつこく取り調べを受けそうで嫌だが、もう警察を呼んで保護して貰う他に方法はない。
そう考え、人生初の110番をかけようと、深呼吸をしていた時だった。
「好きなの」
「えっ!?」
ま、待て、俺は幼女スキーでもロリコンでもない!
ただちょっと、無垢で無邪気で可愛らしい少女が好きで、ルイス・キャロルを尊敬しているだけなんだっ!
と盛大に自爆しそうになってから、クロの視線に気づく。
彼女が見詰めているのは、俺が右手に握っているリンゴのマークが付いたスマホ。
「いや、別に信者とかじゃないけど、やっぱりデザインが好きでさ。別に女子受けを気にしたとかそんな事はけして――」
「異世界、好きなの」
「……はい?」
意味が分からず、俺は硬直してしまった。
異世界が好き? ……うん、異世界に行って無双してハーレムを築くネット小説とか大好物ですよ。
暇を見つけてはスマホで読んでいるけど……何で、この子がそれを知っている?
ゾワッと身の毛がよだつ恐怖というモノを、俺はこの日初めて理解した。
俺の勘違いや聞き間違いでは断じてない。
こちらを見詰めるクロの瞳は、夜空に広がる宇宙よりも暗く深淵で、全てを見透かしているとしか思えない、静寂の圧力を放っていたからだ。
「異世界、好きなの」
「あ、あぁ……」
繰り返された質問に、俺は操られたように自然と頷いてしまう。
それを聞いたクロはニッコリと、まるで天使のように微笑んで告げたのだ。
「じゃあ、叶える」
アイスをくれたお礼だと、小さな手で俺の手を取った。
瞬間、世界が真黒な闇に染まり、続いて七色の光が無数に灯っては消えていった。
「な、何だよこれっ!?」
「異世界」
そこに連れていく最中だとでも言うのか、慌てふためく俺の手を、クロはしっかりと握り続けた。
もしも離してしまったら、次元の狭間に迷い込み、二度と戻って来られないとでもいうように。
「君は、何者なんだ……?」
震える声で訊ねる俺に、クロは適切な単語が見つからないのか、少し考え込んでから答えた。
「神様?」
そんな疑問形の答えと同時に、いっそう眩い光が体を包み込み、俺は念願である異世界の地に、心構えの余裕もなく降り立ったのであった。
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