第43話退院(銘々に命名)-5

「みんな、卒業おめでとう。ここにいるみんなは知っていると思うけど、この間まで俺のお腹には赤ちゃんがいたんだ。妻の勤めている大学病院の研究で俺に白羽の矢が立ってしまって……。最初はもちろん、断った。でも、諸々の事情で断りきれず、言わば人体実験とも言える、この治験に協力するうちに色々な事があって……。人類史上初とも言える妊娠、出産で学ぶ事がたくさんあった。もちろん誰にでも経験できる事じゃないのはわかっている。でも俺にしか出来ない経験があったように、みんなにも、みんなにしか出来ない経験もあると思う。その経験をどのように自分の糧にするかは結局自分次第だと思う。俺は今回の事を通して命の大切さ、人を思いやる心、絆、そして子供に対する無償の愛を学んだと思う。それから医療の進歩についても考えさせられた。今まででは有り得ないような事も起こり得る。でもそれは万能じゃなくて不安定な物だという事も。今回俺のケースでは無事出産まで可能だったけど、やはりまだ、誰もがという段階じゃない。これからも色々試行錯誤して研究もされていくと思う。でもそれが良い事なのかと言うと、それはわからない。それは神の領域なのかも知れないし、今回の事だって神様が気まぐれでやった事かも知れないし……。だけど実際に俺には産まれてきた子供がいて……。今日は預けてきたけど、家に帰れば俺の産んだ大事な大事な子供がそこにいる。

俺はその子がかわいくてかわいくて仕方がない。その子の為なら何だって出来る気がする。みんなのお父さんやお母さんもきっと同じ気持ちだったと思う。それがいつからか勉強や受験、将来の安定の事ばかり気になってくる。もちろん勉強は必要だ。だけど勉強ばかりが大事だとは思わない。でもだからと言ってないがしろにしていいもんじゃないと思う。だから、みんなの事が大事だから口うるさくもなるんだと思うし、みんなはそれに答えようとして一生懸命頑張ってるんだよな。でも結果が伴わなかったりして挫折したりもするだろう。そんな時、お父さん、お母さんは子供の一番の味方になってやって欲しいんです。頑張って頑張って、でもダメだった時、一番傷ついているのは本人です。子供の味方になってやってください。子供が産まれた時の事を思い出してください。そしてみんなは自分が親から受けた愛情を、将来自分の子供に伝えていって欲しい。人を傷つけるという事は愛情や、最悪の場合、未来へと繋がっていく命の連鎖をそこで止めてしまう事になるという事を心のどこかに置いて、人を思いやる気持ちを忘れないでいて欲しい。……何か、だんだん何言ってるのか自分でもわからなくなってきちゃったけど、今の世の中、人の命を何とも思わないような事件も多い。命の繋がりを考えて、相手を思いやる事を忘れなければ、そんな痛ましい事件も減るんじゃないかと思う。誰かが誰かを傷つけるような事をしたら、加害者になってしまう。そしたら誰かが被害者だ。加害者にも、被害者にも家族がいるだろう?無償の愛情をくれる家族に悲しい思いさせたらダメだと思う。どんなに勉強が出来たって、どんなに良い大学行ったって、どんなに良い会社に入ったって、人を、命を大切に出来ないヤツは人として最低だと思う。俺は縁あって命を授かって、育んで、命がけで産んで、命の素晴らしさ、大切さを学んだと思う。人を思いやる事を感じたと思う。これは俺にしか出来なかった事だったけど、みんなには一人一人違う形になるだろうけど、何かを体験して学んでいって欲しい。何かを感じて欲しいんだ。……本当に何言ってんだかわかんなくなったけど、このスピーチが俺からの最後の授業です。最後まで聞いてくれてありがとう」

壇上から深く頭を下げた俺は、頭の中が真っ白になっていた。本当に思いつくまま俺の考えていた事、思った事をぶちまけた。どう思われてもこれが俺なのだ。

頭を上げて壇上からみんなを見渡すと、しんと静まり返っていた。

その時、校長が拍手の口火を切った。みんながそれにつられて体育館は拍手の渦に包まれた。

「校長……、みんな……」

思わず涙が溢れてきてしまった。

俺は何度も何度も頭を下げた。涙が次から次へとこぼれ出す。

「ありがとう……みんな、ありがとう……」

俺は頭を下げながら、声を詰まらせた。

この日は教師になってから一番の思い出深い卒業式になった。

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