第42話退院(銘々に命名)-4
「そういえば、理くんが陣痛の時にいてくれた、あの子、受験どうなったの?」
「それが……。校長の話だと、あの後受験会場に行くには行ったらしいんだけど……。学校にも顔を出さないで、家に引き籠ってるらしいんだ」
「そんな……。ダメだったのかしら……」
「元々、親が勝手に決めた大学だったからなぁ……」
やはり受験という大事な日に騒動に巻き込んでしまった手前、負い目を感じる。
「発表は?」
「来週にはわかるはずなんだけど……」
「受かってると良いわね……」
「ああ……」
だが俺達の祈りも空しく、相川の受験は失敗に終わった。
校長の所に相川の母親が怒鳴り込んで来たらしいが、追い掛けてきた相川本人がその場を治めたらしい。
相川が言うには、やりたい事が見つかったのだという。その為には志望校も変えないといけないし、もう一度勉強もやり直さないといけない事になる。
その事を受験中に考え込んでいて試験はほぼ白紙の状態で提出してしまったらしい。なので本人は納得しているようなのだった。
その後、俺が相川と顔を合わせる事はなく、卒業式の日を迎えてしまった。
当日の朝、俺は夢を起こさないようにそっと家を出た。久しぶりの電車通勤だった。
早目の電車に乗ったので座る事が出来た。辺りを見回すと妊婦さんが立っていた。
「ここ、どうぞ!」
大きな声で話しかけて席を譲った。
「ありがとうございます」
名も知らぬ妊婦さんは深々と頭を下げた。実にすがすがしい気分になった。
以前の俺なら、席を譲った時自分はある種の偽善者ではないかと思ったりしたものだった。単なる自己満足ではないだろうかと。しかし今は違う。人の、妊婦の痛みがわかった上でのお互いを思い合う、思いやる気持ちからの行動だった。
だって自分で体験したのだから。
通勤電車がどれだけ妊婦にとって辛いか、身を持って経験したからだ。
あんな事が無かったら、俺はいつまでも自分自身で偽善者の疑惑を払拭出来なかったと思う。
人間的にも少しは成長しただろうか。
実は今日の卒業式の最後にスピーチするように校長から頼まれているのだが、正直何を話したら良いものか。果たして俺がそんな話をする程の人間だろうか……。
時間になり、卒業式は始った。
校長の挨拶、来賓からのお祝いの言葉、在校生からの送辞、卒業生の答辞。式は厳かに執り行われていった。
「多田先生」
校長が俺に壇上に向かうよう、促した。
「でも、俺、何をしゃべったら良いのか……」
困惑する俺に校長は静かに言った。
「良いんですよ、何でも。あなたにしか言えない事、あなたの思うまま話してくれれば」
校長はにっこり微笑んで、俺の背中を押した。
進行役の教頭がマイクを通して、俺の名前を呼んだ。
その後は実はあまり覚えていない。緊張していたのと、本当に思うまま、思い付くまましゃべってしまったからだ。
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