第37話分娩(オチ無し)-2
「や~、遅くなっちゃいましたね~」
「……や、ま、だ……っ!」
「おやおや、だいぶ疲れちゃってますね~。じゃあ、急いで着替えて来ますね~」
やっと山田が到着して手術の準備が急ピッチで進められた。
「助かった……」
俺は全裸にされ、手術台の上で丸まったエビのような体勢を取らされた。大きなお腹が邪魔で、上手く丸まれない。
「はい、もっと腰を丸めて~」
「冷たっっ!」
何やら腰の部分に消毒液を塗っているらしかった。
「もうちょっと。はい、麻酔しますよ~」
「痛てぇっっ!!」
陣痛の痛さとはまた違った痛さだった。
「うぅぅ……。もう俺、痛いのやだよう……」
俺は弱音を吐いた。目にはうっすらと涙が滲んでいた。
「もう少しの辛抱ですよ~。麻酔が効いてきたらすぐに終わりますよ~」
「そんな事言ったって……」
麻酔が終わると今度は上向きに寝かされた。
次に体に手際良くシートが掛けられ、お腹に消毒液が塗られていった。冷たくて、くすぐったい。
それから、あの変な靴下も履かされた。
「前も履かされてたけど、この靴下って一体何?」
「ああ、これは『血栓症』を防ぐための物ですよ」
田中さんが教えてくれた。
「『血栓症』って?」
「『エコノミークラス症候群』ってあるでしょう?あれと同じで長時間足を動かなさいでいると、血管が詰まっちゃったりするんですよ。その予防の為の医療用弾性靴下なんです」
「へぇ……」
「昔は足にマッサージポンプを付けてたんですけどね。この方が患者さんも楽ですから」
医療も日々進化しているんだなぁと感心した。
「赤ちゃんが出て来るところ、ご覧になりますか?」
姫野が俺に聞いてきた。
「え?それは自分のお腹の中を見てしまうって事……?」
「ええ、もちろんです」
後で聞いた話によると、稀に見たいと言う妊婦さんがいるのだという。
「鏡でもお持ちしましょうか?」
「いや!見ない!見なくてイイって!」
「そうですか。貴重な体験かと思ったのですが。残念です」
本当に残念そうだった。
肩の辺りに視界を遮るカーテンのような物が設置された。
その内に、だんだんと感覚が麻痺してきて、陣痛の痛みから解放された。
「理くん、触ってるのわかる?痛い?」
静流が麻酔が効いているかを調べているらしかった。触られてるような気はするが、痛みはなかった。
「いや、痛くないよ」
「それじゃあ、さっそく始めましょうか♪」
やはり山田が執刀するようだった。麻酔に手術に大忙しだな。
「静流さんもご覧になりますか?」
「どうしようかな?理くんのお腹の中は前に見た事有るしなぁ」
(今そんな事言わなくてもいいのに!)
「あれ?ご覧になった事、有るんですか」
「そうそう、あの時はねぇ」
静流が笑いながら山田としゃべっている。
「今そんな話してる場合じゃないだろ~?」
「あはは、ごめんごめん」
麻酔は効いているが、何だか触られている様な妙な感触だけはまだ残っていた。
「もうすぐ産まれますよ~」
猫なで声で山田が語り掛けてきた。
「ええっ?!もう?」
「はい、出ますよ~」
しばらくぐにぐにとされたかと思うと急にお腹が軽くなったような気がした。
「ふにゃあ!」
まるで子猫が鳴いているかの様だった。
「産まれた!!」
その場に居たみんなが歓喜の声を上げた。
「赤ちゃんは?!」
「元気な女の子ですよ~」
「良かった~~~!」
ホッとした俺は全身の力が抜けてしまった。
「赤ちゃんは産湯に入れた後、新生児室に移動しますね」
田中さんが声を掛けてくれた。
山田が処置を続けながら言った。
「この後色々処置しますので、理ちゃんには全身麻酔をかけさせてもらいます。何かご質問は?」
「しっ、子宮は?子宮はどうするんですか?教授っ?!」
思わず俺は叫んでしまった。
「摘出します。このまま体内に残しておくと、通常の出産後の悪露と言われる子宮を元に戻すべく通常より長い期間の生理の様な物が体内に溜まってしまうと考えられますので」
姫野が事細かに説明してくれた。
「でも、せっかくというか、こんなに頑張ったのに、摘出してなかった事にするというのも……」
「残したいんですか?子宮」
姫野が何とも形容し難い表情で驚いていた。後にも先にもあんな姫野を見た事が無かった。
「何というか、愛着の様なモノが湧いてきている事も確かで……」
「摘出する事が最善策かと」
姫野は淡々と意見を述べた。
「そこを何とか……」
教授が山田に合図をした。そして俺は全身麻酔をかけられ、徐々に意識が遠のいていった。
「理君、私としても実に残念なんだけどねェ…………」
そんな教授の言葉が耳鳴りの様にこだまして、俺は深い眠りについてしまった。
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