第35話10か月(ジンと来る陣痛)-3
ちょうどその日は相川が親に決められた大学を受験する日だった。心配になった俺は最寄りの駅まで見送りに行った。
「おはよう、相川。よく眠れたか?」
「……寝れる訳無いじゃん。そんな事より教師が一人の生徒だけ見送りに来たりなんかして良いのかな~?」
「ああ……、まあ、あんまり良くはないんだろうけど……。さすがに心配で……。まあ、家からも近いし、な……」
急に異変が俺を襲ってきた。
「センセー?何か顔色悪いよ?」
「ああ……、それが……」
俺はお腹を押さえてうずくまってしまった。かろうじて顔を上げ、絞り出すような声で相川に助けを求めた。
「陣痛が始まったみたい……なんだ……」
「えええぇぇーーー?!」
「ちょっ……電話……、代わりに……電話して……」
「えええっ?!どこ!どこに電話するの?!あ!救急車?!」
「そっ……それは……まずいって……。しっ、静流に……。俺の……奥さんに……」
どんどん痛みが強くなってきて、しゃべるのが困難になっていった。
「センセーのケータイは?!」
唸りながら気力を振り絞って携帯を渡すと、相川は静流の番号を探し出して掛けてくれた。
「もしもし?どうしたの理くん」
「もしもし!あのっ!私っ……!」
後で聞いたのだが、電話を取ったその時の静流は、自分自身で鬼の様な形相をしているのがわかったという。
「……あなた、いったい誰っ?!」
「あのっ!私、センセーのクラスの相川って言って……!」
「理くんとは、一体どういったご関係でっっっ?!」
電話の向こうからピリピリした空気が漂っていた。
しかも何故か相川が静流に対抗しだした。
「ご関係って程じゃないですけど~。今日なんかもわざわざ受験の見送りに来てくれちゃったりしてぇ~」
「何ですってぇぇぇ~~~!」
何となく聞こえてなくても静流が逆上しているのがわかった。
相川も鼻息を荒くしている。
「……ちょっ、相川……、電話……、代わって……」
「ちょっと!そこに理くん居るんでしょ?!代わって!!」
「はい!どーぞっ!」
相川から携帯を受け取ると、静流は大声で叫んでいた。
「何よ!その女誰よ!何考えてるの!ちょっと理くん、聞いてる?!あなた生徒に手ェ出してんの?!いったいどういう事なのよーーー!!」
取り付く島も無い。
「ちがっ……、違うんだ……」
「何が違うの!言ってみなさいよ!」
「うぅぅ……、産まれ、るっ……!」
そこでやっと静流が状況を把握してくれた。
「ええっ?!理くん!今どこっ?!」
「ううぅぅぅ……」
あまりの痛みに声が出ない。
「理くん、さっきの子に代わって!」
相川に携帯を力無く差し出すとひったくるように電話を取った。
「はい、もしもしィーーー?」
ふて腐れた声で電話に出た相川に、静流が諭すように話し出した。
「イイ?落ち着いて聞いてね。今のままだと理くんも、お腹の赤ちゃんも危ないの。すぐにそこに行くから、詳しい場所を教えて!」
電話を切った後、相川は俺の手を握った。
「センセー!すぐに奥さん来るって!車で来るから、10分程だって!」
「……ああ、助かっ……、え?車?」
「うん!だからすぐだって!」
「あああ、うぅ……」
陣痛の痛さと、車への恐怖に慄いていると、相川が手を握りながら、励ましてくれた。
「奥さんがお腹に力入れさせちゃダメだって言ってた!だからセンセー、力抜いて!すぐに奥さん来るから!死なないで~~~!」
泣きじゃくる相川を見て、しっかりしなきゃと思った。
「ああ、大丈夫だ。今は陣痛の合間だから痛くないし……。それより早く行かなきゃ受験に間に合わなくなるぞ!」
「センセー置いて受験になんか行けるワケ無いじゃん!せめて奥さんが来るまではここにいるって!」
「相川……」
そうこうしているうちに次の陣痛がやってきた。陣痛の間隔も短くなり、陣痛の間はもう声にならない。
ようやく静流が到着した頃には人だかりも出来始めていた。
「理くん!」
「ああ、静流……。うぅっっ……またきたっ」
「理くん、落ち着いて!車に乗れる?」
静流と相川に支えられて何とか車に乗り込んだ。
「ありがとう!相川さんだっけ?さっきはごめんなさいね。私の早とちりで嫌な思いさせちゃって。今日、受験なんでしょう?間に合う?!」
「え?ええ……」
「良かった。面倒に巻き込んじゃって、本当にごめんね」
「あっ、あのっ!私も一緒について行って良いですか?!」
「え?」
いったい何を言い出すのかと思えば……。陣痛と理解に苦しんだ。
「ダメよ」
「でもっ!心配でっ……!」
「心配なら、なおさらよ。今ここであなたが受験放棄したら、理くんは安心して子供産めると思う?」
「それは……」
「ありがとう。気持ちだけいただいておくわね」
「相川……、受験……頑張るんだぞ……!」
「頑張って!気を付けてね!」
そう言って静流は車を出した。
「センセー……」
相川はその場に立ち尽くしていた。
「しっ静流っ……、安全運転でっ……お願いぃぃ……」
悲鳴に似た懇願の叫びと共に車は病院へと向かった。
そしてそれが運命の幕開けとなった。
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