第31話9か月(蒼ざめてマタニティブルー)-4
あくる日、学校に行ってからも多少の気分の起伏はあったが、前ほどではなくなった。
相川の母親が志望校を決めたと連絡して来た時も、これで内申書を書ける、と前向きに捉えられた。
「うん、大丈夫。気にしない気にしない」
その時、携帯が鳴った。
電話の主は中川さんだった。母親学級の時に連絡先を交換していたのだ。
「……うっ、産まれるっ……!」
切羽詰まった声だった。
「ええっっ?!」
「……はっ、……破水……したみたいで……お母さん、今……いなくてっ……。破水したら……急に……陣痛が強くなってきて……。うっ……、どう、したら……」
電話の向こうの中川さんは、今にも泣きそうだった。
「とっ、とにかく落ち着いて!そうだ、病院に連絡は?」
「まだ、なん、です~」
痛みを堪えながら話しているのがわかる。
「今どこですか?どこに居るんですか?!」
「そっ……それが……」
居場所を聞いた俺は耳を疑った。
そしてすぐに静流に電話をした。
「静流?中川さんが破水したらしい!陣痛も来てて、産まれそうだって!」
「ええっ?それで?中川さんは?中川さんは今どこなの?!」
「それが……」
口籠っている俺に静流が聞いてきた。
「どこ?中川さんはどこにいるの?!」
「それがその……、病院のトイレの中だって」
静流は天を仰いで絶句した。
「……それで!どこのトイレ?!中川さんに連絡取れる?すぐに緊急呼び出しボタンを押すように言って!!」
「ああっ!その手があったか!」
「それしか無いでしょ~!もう!早く!産科の先生には連絡取っておくから!」
「わかった!」
すぐに中川さんの携帯に掛け直して、緊急呼び出しボタンを押すように伝えた。
「ああ~、その手がありましたねぇぇ~……」
中川さんは力無く答えた。
「いいから!早く!」
こうして中川さんは無事産科へと運び込まれた。
結局中川さんにも赤ちゃんにも特に問題は無く、感染症予防の点滴をするくらいで、その後はビックリする程の安産だったらしい。
それを聞いて一安心した俺は、学校の帰りに見舞いに行った。
「えへへ。頑張りました~。女の子だったんですよ~。私、お母さんになりましたよ!」
静流と二人で病室に入ると、そこには若干疲れ気味の中川さんがベッドに横たわっていた。
そばには中川さんのお母さんが座っていた。
「この度は、娘がお世話になりまして」
お母さんは立ち上がり、頭を下げた。
「あら?」
ドキッとした。
視線の先の俺のお腹はまさしく妊婦のソレなのだから。
中川さんのお母さんが不思議そうに聞いてきた。
「どうかなさったの?そのお腹」
言ってしまった方が楽なのか、それとも黙っている方が賢明なのか。
頭の中でグルグル回っていた。
「あ!」
お母さんが叫んだ時、俺と静流は嫌な汗をかいていた。
口止めされている中川さんも同じだっただろう。
「オメデタ?」
普通ではあり得ない言葉が中川さんのお母さんから発せられた。
私は言ってない、とジェスチャーで手と頭をブンブン振っていた。
「え!あの、その……」
俺達がしどろもどろしていると、感心しながら言った。
「今の世の中、色んな事があるものねぇ。男の人も妊娠できる時代になったのねぇ?」
知ってか知らずか、はたまた天然なのか。
「あの……この事は、内緒の方向で……」
「あら、何か事情があるのね?良いですよ。誰にも言わないように気を付けますね」
「は~~~。ありがとうございます!」
深々と頭を下げ、俺と静流は安堵の溜息をついた。
それにしてもさすが中川さんのお母さんだ。少々の事では動じない。
「でも……」
「でも?」
「こんな面白い話……ねぇ?」
クスッと笑うその顔が中川さんにそっくりだった。やっぱり親子だ……。
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