第30話9か月(蒼ざめてマタニティブルー)-3
その日の送迎当番は山田だった。
「あれ?どうしたんですか?理ちゃん」
一度も口を開かず、無気力に外を眺めている俺は、山田の目に異様に映ったらしい。
「僕で良ければ、相談に乗りますよ」
「ああ……、気にしないで……。最近ずっとこんな感じだから」
「こんな感じって?」
「いいから、ほっといてくれよ!どうせ俺は、俺なんかは……」
「はは~ん。ズバリ!『マタニティブルー』ですね!」
「『マタニティブルー』?!」
妊婦雑誌で読んでいて知ってはいたが、これがそうなのだろうか?
「最近、感情の起伏が激しいでしょう?ハイになったかと思えば、すぐに落ち込む。心当たり、有るでしょう?」
「そういえば……」
「ね?だから『マタニティブルー』ですよ」
「だったら、どうしたらっ……」
「どうにもなりませんよ~」
「えっっ……」
「一般的にね~、ホルモンバランスが崩れたりするのが原因って言われてますけどね~。まだ良くわかって無い事も多いんですよね~。だから、今はそんな時期だと思って受け入れる方が気が楽ですよ~」
「受け入れる?」
「そう。今こうなってるのは『マタニティブルー』のせいなんだって。今は一時的にこうなってるだけで、いつかは治まるから大丈夫、大丈夫、気にしない、気にしないって呪文のようにつぶやくんですよ」
「大丈夫、気にしない、か」
「な~んてね。これ、奥さんからの受け売りなんですけどね~」
「お前!結婚してたのかっ!!」
マタニティブルーも吹っ飛びそうな衝撃の事実だ!
「アレ?言ってませんでしたっけ?娘もいますよ~」
「娘……、ってどっちに似てるんだ……?!」
思わず声に出してしまった。
「え?娘は妻に似て、美人ですよ~」
美人かどうかは置いといて、山田に似なかったのは不幸中の幸いだろう……。
とにかく俺の胸の内を、山田に聞いてもらって少しは気が楽になった。
家に着いて、一人になっても前ほど気持ちが落ち込んだりはしなかった。
「そうか、今だけだと思えば気が楽だな。大丈夫、気にしない気にしない……」
ソファでうつらうつらしながら考えていた。
「山田の奥さんと娘って……」
想像していると、夢にまで出て来てうなされそうな、そんな気がした。
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