第29話9か月(蒼ざめてマタニティブルー)-2
「多田先生!」
いきなり後ろから声を掛けられて、心臓が飛び出るかと思った。
「あ、相川さん……」
「お約束の時間より少し早いですけど、よろしいですわね?」
校長立ち合いの下、話し合いが始まった。
「……それで、先生方はウチの子がどうしてあんな風になったと思っていらっしゃるんですか?」
「それが……担任としても全く見当が付かなくって……わからないんです」
「担任なのに、どうしてわからないんですか!」
相川の母親は、感情的にテーブルをバン!と叩いた。
「ところで校長先生。今回の多田先生の妊娠について、どうお考えなんですか?思春期の子供達に影響が出ないとでも思ってらっしゃるんですか?それでなくてもウチの子はとってもデリケートでナイーブなんですよ!今回の件だってきっと先生のそんな姿を見てショックを受けてるんですわ!」
相川の母親はどんどん興奮して、マシンガンの様に話していった。
「まあ、少なからずともそういう所は有りますでしょうね」
校長は冷静だった。
「で・す・か・ら!今すぐ多田先生を担任から外してください!ウチの子は何にも悪くありません!被害者ですわ!」
相川の母親は一方的に捲し立てた。
「校長……」
俺はただ、全ての判断を校長に委ねるしかなかった。
「……わかりました、相川さん」
「わかっていただけたんですね?」
相川の母親は晴れ晴れしい笑顔を見せた。
「では多田先生を担任から……」
「担任を外すという事は致しません」
「校長?!」
校長のその言葉に俺は驚いた。相川の母親はさっきとは打って変わって物凄い剣幕で捲し立てた。
「どうしてです!今わかったっておっしゃったじゃないですか!」
俺には校長が何を考えているのか、わからなかった。
「相川さん、人が人を育むという事の大切さをお忘れですか?命の繋がり、人との繋がり、現在の学校教育で見落としがちな事を多田先生は体を張って教えているんです。それでなくてもここ最近、殺人等の凶悪犯罪の低年齢化が目立って来ています。良いですか?学校という所は必ずしも勉学にだけ励む所では無いんですよ。確かにお子さんは今思春期で、色々思う所が有ると思います。ですが今、この学校で命の大切さを教えるのには多田先生が一番適任だと思いますが。もちろん普通では有り得ない事です。男の先生が妊娠、出産するんですからね。だからこそ、これ以上の情操教育が他には無いと思いますが、いかかですか?」
「でもっ!」
「相川さん、もっとお子さんの事、お子さん自身の事に目を向けてやってください。勉強、勉強と、学歴や世間体の事ばかりでなく、お子さん本人と向き合ってください」
「けれども、それはっ!」
「それでも世間体を気になさるのでしたら、志望校をご両親でお決めになられたらよろしいでしょう?それにお子さんが従うも、反発するも、本人次第ですけれど」
「……!!もうお話は結構です!私どもで志望校を決めて参りますから!内申書はくれぐれもよろしくお願いしますよ!」
相川の母親は納得いかない様子ではあったが、これ以上話をしていたら夕食の支度が出来ないと言い残して帰ってしまった。
校長曰く、世間体を気にするあまり子供が見えていない親はたくさんいるという。
いちいち気にしてたら体が持ちませんよ、と言われた。
だが今の俺にしてみれば、ただただ不安要素でしか無かった。
家に帰り着くまでも、鬱々としていた。
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