第27話8か月(父親だけど母親学級)-2

気を取り直してまず出産についてのDVDを見た。受精から着床、お腹の中の胎児の様子、産まれて来る時の胎児の動きなど、わかり易く説明されている。

「感動しますね~」

中川さんも食い入るように見ている。

「本当ね~。生命の神秘よね~」

静流も目を輝かせていた。

「では今度は呼吸法について説明しますね」

うん、母親学級ではやはりこれは外せないだろう。

「陣痛の痛みが強くなって来たら『ヒッ、ヒッ、フー』。陣痛が進んで感覚が短くなって来たら『フー、ウン』といきみを逃がすようにしてくださいね。赤ちゃんが降りてきていないのにいきんだら、赤ちゃんに酸素が行かなくなりますよ。赤ちゃんも頑張っていますからね。そして、いよいよいきんでも良い時はこちらで合図しますから、陣痛が来たら深呼吸してお臍を覗き込むようにして力を入れていきみます。赤ちゃんの頭が見えてきたら力を抜いて『ハッ、ハッ、ハッ、ハッ』と短息呼吸に切り替えてください。これもこちらで合図しますから。それでは少し練習してみましょうか?」

俺と中川さんは呼吸法を練習する事になった。

「はい、『ヒッヒッフー』」

「ヒッヒッフー」

「ヒッヒッフー」

 二人で息を合わせて練習をしていると、田中さんから檄が飛んだ。

「ああ、違う違う!お二人とも違いますよ!『ヒッ』も『フー』も息を吐くんですよ」

「え?でもそれじゃ息が出来ないんじゃ?」

「間で吸うんですよ。吸ってヒッ、吸ってヒッ、吸ってフー」

「え!そうなんですか!ラマーズ法って名前はよく聞くから知ってましたけど、『ヒッヒッ』で吸って『フー』で吐くもんだとばっかり思ってましたよ」

「私もです~」

中川さんも同じくそう思っていたらしい。

「…………」

静流が黙ってうつむいていた。

「……恥ずかしながら、私も……」

「えー?!」

思わず叫んでしまった。

「だって!仕方ないでしょ!産んだ事、無いんだもん……」

「でも、そんな研究してるし、知ってると思ってたけど……。そんなモンなのかなぁ」

「研究と実際に現場で産むのとは違うのよ。それに産婦人科に回ってた時も、帝王切開とか、手術ばっかだったし……」

案外そういうものなのかも知れないなぁ。

「まあ、今日のこの母親学級で知ってもらえれば良いんですよ。誰でも初めての事なら知らなくても当然ですし」

田中さんは続けた。

「大事なのは産まれて来る赤ちゃんを思いやる事です。赤ちゃんだけ頑張っても産まれない。妊婦さんだけ頑張っても産まれない。苦しいのは自分だけじゃないんです。二人で頑張って産まれて来るんです。赤ちゃんが産まれて、初めてお母さんが産まれるんです」

「なるほど……」

俺はジーンと胸が熱くなってきた。赤ちゃんが産まれて、そうして初めて『お母さん』になる。深い言葉だなぁ……。

「あの~」

中川さんがおずおずと手を挙げて田中さんに質問した。

「あの~、ちょっと疑問に思ったんですけど、多田さんの場合は『お母さん』なんでしょうか?『お父さん』なんでしょうか?どっちなんでしょうかねぇ……?」

 この間、静流ともそんな話したっけなぁ。

「でもまあ一般的には男の人は『お父さん』だからそれで良いんじゃないでしょうか?」

田中さんの言う事がもっともだと思う。

「僕が新しい呼び名を考えましょうか~?」

どこからか、降って湧いたように山田が入って来た。

「出てけ!」

渾身の力で拒絶した。

「あまり大声を出されると、お腹が張りますよ~?」

山田の能天気な笑顔にイラついて、そっちの方が原因でお腹が張りそうだ。

「お腹が張るのは感心しませんね」

いつの間にか姫野まで入って来ていた。

「これを静流さんに」

姫野が何やら重たそうな、奇妙な形のベスト状の物を持ってきた。

「それは?」

訝しげな顔で質問する俺に、姫野はそれを装着して見せた。

「これは妊婦を疑似体験する装具です。本来男性が着ける物ですが、今回は静流さんに体験していただく様にと教授からの伝言です」

「私が?」

「はい。妊娠とはどの様に行動が制限されるかという事を体験するのはとても良い事だと教授がおっしゃっていました。普通のケースと異なりますが、ここはやはり妊娠していない静流さんに、妊娠の大変さを味わっていただきます」

少し、姫野の表情がサディスティックな感じがしたのは気のせいだろうか。

手際良く、静流に装着させると横になるように、指示をした。

「そこから、起き上がってみてください」

「オッケー!」

静流が元気良く返事をして、起き上がろうとした。

「……ん?!ん?んんっ?!ちょっ、これ、起きられないんだけど?!」

「十キロ近く有りますからね。とは言っても、妊娠中は少しずつ増えていくものですから実際にはこんなに重くは感じませんが」

「は~。こんなに大変なのね~」

 じたばたとひっくり返ったカメの様にしている静流の姿が滑稽に見えた。

「一種の慣れですね。まあ、体が重い事に変わりはありませんが」

姫野に起こしてもらった静流は俺のお腹を撫でながらしみじみとこう言った。

「……ごめんね~。こんなに大変なんだね」

「静流……」

「妊娠って、こんなに大変な事だったんだね……。体は重くなるし、動きは制限されるし」

「いや、そんな大変な事ばかりじゃないって。一気にこんな重さになったわけじゃないし、少しずつだからすぐ慣れちゃうんだって!それに俺はまだ十キロも増えてないし」

「でも……」

静流の悲しむ顔は見たくなかった。

「最近は胎動にも慣れたし、こう、キックゲームとかも出来る様になってきたし、妊夫の特権と言うか、案外楽しいモンだよ?」

「理くん……」

「静流……」

俺達は周囲の目を気にせずに見つめあった。

「理くん……」

「ん?」

「何か、それはそれでズルい気がする~!」

「え~~~?!」

この発言には周りのみんなもさすがに苦笑いしていた。

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