第25話7か月(痛いぞ、胎動)-6
「教授、失礼します」
教授の部屋に通されるとすぐにエコー検査をした。
「うん、前から気にはなってたんだが逆子になってるねェ」
「やっぱり……」
「毎晩逆子体操をしてるんですけどなかなか治らなくて……。何か原因でもあるんでしょうか?」
俺の質問に、教授は思ってもみない答えを出した。
「う~ん羊水が少し、少ないからかも知れないねェ」
「羊水って、アレですか?子宮の中で赤ちゃんが浮かんでる……」
「そう、それなんだけどね。なかなか逆子が治らない理由としてはまず子宮が小さい、或いは胎児が大きい、それと羊水が少ない事などが考えられるからねェ」
「はぁ」
「要するに赤ちゃんがお腹の中で回るスペースが少ないって事だね。キミの場合は子宮にも胎児の大きさにも問題無いみたいだから羊水が少なめなんだろうねェ」
「じゃあ、いったいどうしたら……」
不安に駆られて教授に詰め寄った。
「んん?キミの場合は別に……」
バタン!
その時、大きくドアが開いた。
「遅くなりました!天才外科医山田、只今到着致しました~!」
(ずっと、到着しなければ良いのに)
そのうち心の声が漏れてしまう日が来そうだ。
「みんな暗い顔していったいどうしたっていうんですか?教授」
「理君が逆子が治らないって言っててね……」
「そうなんですか?わかりました!この私、天才山田が何とか致しましょう!」
「何とかって、何をする気なんだよ?!」
「回すんですよ」
「回す?」
「外から回すんです」
「外から?」
「そう。この天才山田の、この神の手で!」
呆れて物が言えないが、言わなけりゃどうにもならない。
「そんな事……っ!」
「出来るんですよ」
山田はニヤリと笑った。
「あら、山田くん出来るの?」
「もちろん。天才ですから」
「じゃあ、お願いね~」
「え?!ちょっ!」
当事者の俺の意見は全く無視されて診察ベッドに押さえつけられた。
「動かないで!じっとしていてくださいよ~、じっとして~」
「ちょっ、ちょ、やめっ!」
抵抗空しく山田にお腹を触診された。かと思うと、お腹の中で何かが劇的に変わった。
「はい、終了~」
「え?え?何?何?今ので治ったの?!」
すると山田はニヤリと笑ってエコーで確かめた。確かに先程のエコーとは違っていた。
「わ~!本当だ~!治ってる~!」
静流が嬉しそうに目を輝かせている。
「大した物だねェ」
教授も感心していた。
「何しろ天才ですから」
「へ~、凄いな!」
俺は初めて、山田にも長所があるんだと感心した。
「でも良かった~」
「ホント、良かったな~」
俺と静流は手を取り合って喜んだ。
「あの、お言葉ですが、教授」
いつの間にか部屋には姫野が入って来ていた。
「彼の場合、最初から帝王切開と決まっているので、逆子かどうかはあまり問題が無かったのでは?」
「え?」
姫野の言葉に俺は一瞬耳を疑った。
「そうなんだよねェ。言おうと思ったんだけどねェ。山田君がやりたそうだったし」
「はぁっ?!」
静流の方を見ると何ともばつの悪そうな顔をしていた。
「……そう言われればそんな気も……」
「じゃあ、あの毎日の苦労は……」
「無駄、という事になりますね」
皆が一番言いにくい事を姫野はサラッと言ってのけた。
「あ~~~、もう!何だよ~……」
俺は一気に力が抜けてしまった。
「……ゴメンね?」
静流が謝っているが、ある種の安堵感で何だかどうでも良い気がしてきた。その時だ。
ボコッ!
「~~~~~!!」
俺は声にならない声を出した。お腹の上の方を蹴られたのである。
「~~~!……痛ってぇ……」
下の方を蹴られるのも結構痛かったが、上の方は何と言うか胃や肋骨があるので、また違った痛さだった。
「胎児が成長すればもっと強く蹴りますよ」
姫野は相変わらず事務的だった。
「そのうち胎児ちゃんと『キックゲーム』とか出来ますよ~」
山田は能天気だった。
「『キックゲーム』?」
「そうですよ。こうやってお腹ツンツンってやって胎児ちゃんと遊ぶんですよ~」
「へ~、今度試してみよう」
あれだけ俺達の声に反応してたんだから、きっと遊べるだろう。
「あ、そうそう、理君。そろそろ母親学級に行っておいた方が良いんじゃないかねェ?」
教授がいきなり何の前触れもなく言った。
「母親学級、ですか?」
「本当ならもう少し早い時期に行っておいた方が良かったかも知れないんだけど。まあ、キミの場合母親というか父親というか、ちょっと微妙なところですが、心構えというかね。行くと違って来るんじゃないですかねェ?」
「はぁ」
「最近は両親学級とか言う産婦人科も増えてますけどねェ」
「そうは言ってもあなたの場合は特別な例ですから他の妊婦さんと一緒という訳にはいきませんので、特別に事情を話してある助産師にお願いしてあります。それとも私か山田がご説明致しましょうか?」
この上なく事務的に姫野が言った。
「助産師さんにお願いします!」
俺は話が終わるや否や、即答していた。
「では、手配しておきます」
そう言って姫野は部屋を出て行った。
「じゃあ、逆子も治った事だし帰りますか」
山田が車のキーをくるくると回していた。
「さ、行きましょうか。理ちゃん♡」
「理ちゃんて言うなっっ!!」
その時の俺は、生まれて初めて殺意という物を抱いた。
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