第21話7か月(痛いぞ、胎動)-2
この日は定期健診の日だった。妊娠に必要なホルモンバランスも落ち着いてきているという事で注射の数も減り、検診も回数が減ってきていた。そのかわり静流は毎日研究室から早く帰って来て俺の体の様子など、詳しく日誌に記入するのだった。
俺の方も校長の計らいで、朝も少し遅めの出勤で夕方も早い時間に帰れる事が多くなった。それでもラッシュ時の電車に乗り合わせる為、やはり辛いものがあった。
「何か良い方法はありませんかねぇ?」
久々のエコーでお腹の周りをジェルまみれになったまま、俺は教授に質問してみた。
「コレ!コレどうですか?!」
山田が手にしていたのは、『マタニティマーク』を元に作られた『妊夫』マークだった。
「良いでしょう~コレ!僕の手作りなんですよ!良かったら使ってくださいね!」
「……!」
俺は差し出されたそれを瞬時に山田の手から叩き落とした。
「ああっ!昨日徹夜で作ったのにィ」
俺は真剣な面持ちで教授に話し掛けた。
「普通の妊婦のように席を譲って貰うなんて事は出来ませんよね?!正直お腹も大きくなってきて立って電車に乗るのがつらくなってきたんですけど……」
「う~ん、そうですねェ」
どうしたものかと考える教授の横から姫野が一言言った。
「一言『妊娠中ですので席を譲っていただきたい』と言えば良いじゃないですか」
「だから、それが出来ないから困ってるんじゃないですか!そんな事したら変な眼で見られるし、マスコミがやって来るかも知れないでしょう?!」
「何か不都合でも?」
「不都合って……不都合だらけじゃないか……。それにもし研究の事が公になったら教授やアンタだって困るんじゃないのか?!」
「ああ、成程。そうかも知れませんね」
この姫野という男は山田とまた違った意味で話が通じない。
「だいたい妊娠してるなんて言った所で信じて貰える訳が無いでしょう?!笑われるか薄気味悪がって逃げられるかのどちらかでしょう?!」
「それは好都合なのでは?その空いた席に座ればよろしいじゃないですか」
まったく話が噛み合ってる気がしない。
「教授~」
半ば泣きを入れる感じで教授にすがった。
「予測出来た事とはいえ、ん~、困りましたねェ……」
「何か良い案は無いんですか?」
しばらく考え込んだ教授は信じられない事を言った。
「そうだ、私の車を貸してあげるから、静流君に学校まで送って貰うと良い」
「謹んでご遠慮させていただきます!」
即答した俺の頭を静流が叩いた。
「どうして~?!イイじゃない!教授が貸してくれるって言ってるんだから、私の運転で通えば!」
「いや!そんな事をしたら胎教によろしくないというかなんというか……」
意外な事に、姫野がこの世にも恐ろしい案件に真っ先に反対した。かなりうろたえていたので、きっと静流の運転する車に乗った事があるのだろう……。ご愁傷様……。
「そう?じゃあ姫野君、山田君と交替で送って行ってあげなさい」
この教授の代案もかなり俺的には辛いものがあったが、背に腹は代えられない。
「じゃあそういう事で」
そう言って教授は車のキーを姫野に渡し、部屋を後にした。
「大丈夫よ~、私が送って行くから」
静流がキーを奪おうとしたが、姫野は身を挺してそれを阻止した。
「私と山田が交代で送って行きますから!」
よっぽど怖い思いをしたに違いない。あの姫野が青い顔して声が上擦っている。
「では、明日から迎えに伺います。ご自宅前に7時頃でよろしいですか?」
引きつりながらも慣れない笑顔で姫野は聞いてきた。
「もう少し遅くても構わないですよ。校長が時間割を変更してくれたんで少し遅めでも間に合うから」
「そうですか。では何時頃行けばよろしいですか?」
「じゃあ、8時頃で」
「わかりました。では8時頃に」
そう言って姫野も部屋を出て行った。
「明後日は僕が迎えに行きますね~」
山田がいやに楽しそうに手を振って部屋を後にした。とても不安なのだが、山田の送迎を断ると、静流が運転しそうなので我慢するしかない。
「とりあえず、帰るか」
これでしばらく電車に乗る事も、あまり無いだろう。そう思うと車窓からの景色もいつもと違って見えた。
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