第16話6か月(噛みながらカミングアウト)-4
次の朝、俺は一大決心して親父、お袋、由を居間に集めた。
「何だ?理。改まって話って」
「それが、その……」
ここに来てちょっと話す事を躊躇してしまっていた。目をそらせてはっきりしない俺の態度に親父達はこう言った。
「お前が改まって話をする為にわざわざ来たんだから、よっぽどの事なんだろう?」
「そうだよ、何があったんだい?」
「兄ちゃん、水臭いよ。俺ら家族だろ?何でも相談してくれよ~!」
本当に良い家族だ。俺の事をこんなに思っていてくれている。そう思うと涙が出てきた。
「兄ちゃん!どうしたんだよ!」
「まさか、静流さんと何かあったのかい?」
「別れるとか言うんじゃねえだろうなあ?」
「まさかっ……!」
三人が顔を見合わせている。
「ちがっ、違うよ!別れたりなんかしないよ。そんな訳ある訳ないだろ。子供も産まれるって言うのに……」
うっかり口を滑らせてしまった。あわてて口を両手で押さえたが、今さらだった。
「……子供?」
三人が声を揃えた。次の瞬間、緊迫した空気の流れが変わった。
「何だよ~、驚かせるなよ~。そうか、オメデタか~。何もったいぶってるんだよ!それならそうと早く言えって!」
「何よ~、もう何事かと思ってドキドキしちゃったじゃないのぉ~」
「兄ちゃん!やったね!」
「あ、いや、その」
やばい。勘違いしてる。っていうかそう思うのが普通か。
「とうとう俺もおじいちゃんかぁ」
「私はおばあちゃんだね」
「おっ俺、おじさんになるんだ!」
「いや、あの、そうなんだけど、そうじゃないっていうか……」
「おいっ母ちゃん!酒だ!酒持って来てくれ!祝杯だ!」
ああ、全然聞いてない。
「やだよ、お父ちゃんったら、飲めないくせに~」
「こんなめでたい日に飲まない訳にいかねえだろうよ!一番高いヤツ持ってきてくれ!」
「あいよ!」
「俺も飲む~!」
「ダメだよ~。由は舐めただけで倒れちまうだろう?」
ダメだ。完全に勘違いしたままだ。
「ちょっ、ちょっと待って!違うんだ!」
俺が叫ぶと三人が一瞬止まった。
「何が違うってんだ?」
「だって今子供が産まれるって、理が言ったんじゃない」
「だって兄ちゃん、静流さんに赤ちゃんが出来たんだろ?」
「とにかく座って落ち着いて聞いてくれよ」
三人は怪訝そうな顔で座った。
「いい?落ち着いてよく聞いてくれよ?」
三人は息を殺してじっとこっちを見ている。
「俺と静流の子供が出来たんだ」
言い終わるや否やお袋が叫んだ。
「ほらぁ!やっぱりオメデタい話なんじゃじゃないの!」
「黙って聞いてくれって!」
喜ぶお袋を制止した。そして俺は大きく息を吸った。
「子供は出来たんだけど、静流が産むんじゃないんだ」
三人は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
「それって、まさか……」
由の顔が青ざめた。
「まさか他の……」
親父も青ざめた。
「理、まさか他の女の人との間に出来ちゃったってんじゃあ……」
お袋も同じく青ざめた。
「いったい、どういう事なんだ!」
三人が同時に叫んだ。
「浮気か?浮気したのか?!兄ちゃん!」
「あんなに良い娘さん貰って、何が不満なんだよ!」
「静流さんがかわいそうよぉ~!」
それぞれに勘違いしたまま俺を罵った。お袋なんかは泣き叫んで、途中からどうにもこうにも何を言っているのか、訳がわからなかった。
「落ち着いて!落ち着けって!」
俺の声が聞こえないくらい三人は取り乱していた。
「とにかく落ち着いて!さっき言ったじゃないか!俺と静流の子供だって!」
「じゃあ、どうして静流さんが産まないのよ~!」
「そうだよ、おかしいよ!兄ちゃん!」
「まさかっ!」
親父が叫んだ。
何だ?もしかして言う前にわかったのか?
「まさか、最近テレビとかで言ってたりする『代理出産』とかっていうヤツか?」
ああ、違ってた。だけどあながち全てが間違っていない気もする。
「そうだったの……。静流さん、辛かったでしょうに。それなのに私ったら今年の年賀状にそろそろコウノトリさんがきますように、なんて書いちゃって……。悪気は無かったのよ~。ごめんね~、静流さ~ん!」
お袋はおんおんと泣きだした。
「兄ちゃん!兄ちゃんも辛かったんだろうなぁ。俺はいつだって兄ちゃん達の味方だぜ」
由まで貰い泣きする有り様だ。
「そうだ!俺達はいつだってお前達の味方だぞ!『代理出産』だって良いじゃないか!なあ!それをとやかく言うような奴は俺がぶっ飛ばしてやる!」
「いや、だから、その……」
「そうよぉ!『代理出産』だって良いじゃない。二人の子供には違いないんでしょう?!胸を張って歩いて行けば良いじゃない!」
「そうだよ、兄ちゃん!」
何だか勝手に盛り上がってしまっている。
「『代理出産』じゃないんだよ!」
「???」
一瞬にして静かになり、三人は訳がわからないといった感じで俺の顔を見た。
俺は大きく息を吸って吐き出すように言った。
「じっ、実は、おっ、俺が……、俺が産む、うっ産むんっ……らっ……!」
思いっきり噛んでしまった……。
とりあえず内容は伝わったようだったが、そのため部屋ががシンと静まってしまった。
その静寂を由が打ち砕いた。
「……ま、またァ!兄ちゃん冗談が好きなんだから!」
「……そっ、そうだ!そんなつまんねぇ冗談言うから噛んじまうんだ!」
「……理、あんた、頭大丈夫かい?!疲れてんじゃないのかい?!」
今度はみんな俺の事を心配しだした。
俺はもう一度大きく息を吸って、慎重に言葉を選びながら言った。
「みんな落ち着いて聞いてくれ。頭は大丈夫だし、冗談でもないんだ。静流が大学病院の研究室で働いてるのは知ってるだろう?そこの教授に無理やり……あ、いや、どうしてもって頼まれて人体実……いや、臨床試験に協力する事になっちゃって……。詳しくは言えないんだけど、子宮の無い男の俺でも妊娠出来るような研究で、不妊治療の為の……」
「……つまりは、そのお前の腹ん中に子供がいるって事か?!」
「そういう事……」
「兄ちゃんのお腹の中に?!」
「ああ」
「静流さんと理の赤ちゃんが……」
「そうだよ」
俺の言葉に三人が顔を見合わせた。そしてそのまま親父と由はバタンと後ろに倒れてしまった。
「やっぱり刺激がきつかったか……」
倒れてしまった男性陣に対してお袋は意外にも冷静だった。
「……やっぱり産む時は帝王切開になっちゃうのかしらねぇ?」
「そりゃそうだろ」
「お母ちゃんとしては出来れば普通分娩で産んで欲しいんだけどねぇ」
「なっ、そんなの無理に決まってるだろ!」
「そうかい、残念だねぇ。ところで今何か月なんだい?」
「六か月に入ったところだよ」
「腹帯は?腹帯は貰いに行ったのかい?」
「ああ、先月静流と一緒に行ってきた」
「そういや静流さんは?静流さんは、あんたが産む事に何て言ってるんだい?賛成なのかい?」
「ああ、うん」
そう返事してからしまった、と思った。普通、お袋くらいの世代にしたら、こんな事に賛成するなんて嫁失格!と言われかねないからだ。
「静流さんは何て?」
けれどもここで嘘をついても仕方がない。
「実け……治験が出来て嬉しいって……」
「他には?!」
「他?他って?!」
「ほらァ、自分で産まなくても子供が出来るんだろ?産まずに済んで楽だなぁとか、ラッキーだなぁとか」
「そ、そこまでは言わないけど、まぁ、たぶんそんな事も少しくらいは思ってたりしてるんじゃないかなぁとは、ちょっとは思ったりするけど……」
実は『ラッキー』とか言ってたような気はするがそんな事、言ったらどうなる事か……。
「やっぱりねぇ!」
(ああ、やっぱりお袋なんかにしてみると、良い気はしないよなぁ。普通)
「静流さん……」
やっぱり普通怒るだろう。
「静流さんって人は……!」
お袋がわなわなと震えているのがわかった。
「お、お袋っ!落ち着いて!俺は別に平気なんだからっ!納得してるから!」
次の瞬間、俺は信じられない言葉を聞いた。
「なんてうらやましい!」
「へ?!」
俺はお袋が何を言っているのかわからなかった。理解出来なかった。
「も~う!その教授も何でもっと早く研究してくれなかったんだろうねぇ!そしたらあんな痛い思い二回もしなくて済んだのに!せめて由の時だけでもお父ちゃんに代わって貰いたかったわぁ!もうあんた達ときたら、なかなか産まれて来ないんだから!」
ああ、そうきたか。
「いやぁ~、良い時代になったもんだねぇ。子供産むのが女だけじゃなくなるなんてねぇ。ホント、あと三十年早かったらねぇ。静流さんがうらやましいわぁ~」
親父と由は相変わらずぶっ倒れていた。お袋は奔放だなぁ、なんて思っていると、ようやくまともな事を言い出した。
「で、あちらのご両親はこの事知ってるのかい?」
「それが……。今静流も向こうの実家に帰ってて……、話をする機会をうかがうって……」
お袋が俺の肩をポンと叩いた。
「静流さんの所に早く行ってやんな!お父ちゃんと由の事は任せて!きっと静流さん、言い出せなくて困ってるよ。そんな時にお前が助けてやらないでどうするんだい!」
「お袋……」
「ほら!『案ずるより産むが易し』って言うだろ?!早く!」
「何か、使い方、違ってる気もしなくはないんだけど……」
「ほら!早く!」
お袋に促されるまま荷物をまとめて静流の実家へ向うべく、駅へと急いだ。
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