第14話6か月(噛みながらカミングアウト)-2

その頃、俺は実家が経営している酒屋の前にいた。店の奥と二階が住居になっている昔ながらの店舗兼住居のさびれた感じの酒屋だ。

「兄ちゃん、どしたの?」

店の前で佇んでいると、配達から帰って来た弟のゆきに声を掛けられた。正直どんな顔をして会えば良いかわからなかったので、たぶん顔が引きつっていたと思う。

「何?何?何?何?どしたの?」

長男なのに家業を継がずに教師になった俺の事を、一番わかっているこの弟だ。本当なら俺が継ぐべきだったのに文句の一つも言わず、代わりに酒屋を継いでくれているのだ。

「兄ちゃんが急に帰って来るって言うもんだからさ、父ちゃんも母ちゃんもごちそう作るんだって言って買い物行っちゃったよ」

「じゃあ、今店誰もいないのか?」

「ああ、大丈夫!この時間は誰も来ない、来ない。今は自販機か配達がほとんどだし、裏のじいさんだったらお金置いて酒持って帰るから大丈夫。セルフサービス、セルフサービス!」

とにかく明るいのが由の良い所だ。だから昨今のこんな時代でも細々とだが店をやっていけるんだと思う。

「じゃあ、俺が店の方見てるよ」

「そう?悪いね、兄ちゃん。じゃあ俺、配達の続き、行って来るわ」

「おう!」

実家に来るのは久しぶりだ。店に出るのはもっと久しぶりだ。

学生の頃に手伝った事はあったが、教師になってすぐに結婚し、家を出てしまったので本当に久しぶりだ。

「ごめんよ、ちょっとお邪魔しますよ」

お向かいのおばあちゃんだ。

「久しぶりに理ちゃんが帰って来るって、アンタのお母さんが言ってたもんだからねぇ」

「お久しぶりです」

「おやおや、理ちゃんたらすっかり良い男になっちゃって!今日は奥さんは一緒じゃないのかい?」

「今日は別々でそれぞれ実家に帰ってるんですよ」

「あれまあ、ケンカでもしたんかぇ?」

「いえいえ、そんなんじゃないですよ」

「そうかぇ?奥さんは大事にせんといけんよぉ?」

他愛もない話をしていると、店にどんどん人が集まって来た。

「理ちゃんが帰ってるんだって?」

実家の近所に住む幼なじみがやって来た。

「よう!久し振り!」

「おう、理!ついでに同窓会でもすっか?」

近所のおじさんやおばさん、地元に残っている同級生達が次々とやって来た。みんな、懐かしい顔ばかりだった。

「おう!もう帰って来てたのか!由には会ったか?母ちゃんも、もうすぐ帰って来るからな!」

親父が両手に抱えきれない程の肉やら魚を買って帰ってきた。

「あら、理、早かったわねぇ。由は配達?」

同じくお袋が両手いっぱいに野菜を抱えて帰ってきた。

「うわっ!びっくりした~!こんなにお客さんがいるから、店間違えたかと思った~!」

そこへ由が配達から帰ってきた。

「よし!今日は早じまいして、これから理の歓迎会だ!」

親父が有無を言わさず、近所の人達も巻き込んでの大宴会となってしまった。由は配達があるので出たり入ったりだった。それでも周りのみんなは由が戻って来る度に声を掛けていた。

「理ちゃんは酒、飲まねえのか?」

裏のじいさんが赤い顔して聞いてきた。

「今ちょっと医者に止められてて」

いくらなんでも妊娠中だからだとは言えない。そんな事言ったらじいさん、ショックでポックリ逝っちゃうかも知れない。

「何でえ、どっか悪いのかい?」

「いえ、そういう訳じゃないんですけど……。っていうか、元々あんまり飲めませんし」

「理ちゃんといい、由ちゃんといい、酒屋の息子が下戸なんざつまらねぇやなぁ。まぁ親父さんも下戸だからしょうがねえやな」

じいさんは高笑いした。

俺も由も、特に由は一滴も飲めないから本当に酒屋の息子としてはつまらないと思う。

「まあ、俺が代わりに飲んどいてやるよ!」

赤い顔をさらに赤くしてじいさんはどんどん飲んでいた。

(ここで今、俺が妊娠した事言ったりしたらどうなるんだろ……?)

「さあ、みんなたくさん食べとくれよ~!」

先程の大量の食材がどんどん調理されてちゃぶ台に乗せられていく。

「それにしてもどんだけ作るんだよ」

入れ替わり立ち替わり、狭い実家は常に人であふれてしまっていた。

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