第12話5か月(落ち着いて安定期)-2
お寺に着いた頃には、きっと少し寿命が縮まっていたに違いない。嫌な汗が額を伝っているのがわかった。
「……無事……着いた……。……良かった……近くにしておいて……」
涙目になっている俺を横目で見た静流は少し機嫌が悪くなっていた。
「もう、理くんったらず~っと叫んでるんだもん。久しぶりだったからちょっとアレだっただけじゃない!」
なんにせよ無事で良かった……。気を取り直して祈祷してもらう事にした。
「あっちでご祈祷してもらえるみたいよ?」
だがここでもやはり『妊娠をされている方の氏名』の欄を記入する事で悩んだ。
「どうするの?理くんの名前じゃないと意味無いし……」
「でもやっぱり静流の名前で出した方が怪しまれないし……」
「どうされましたか?」
寺の職員に急に声を掛けられてびっくりした。俺達はきっと挙動不審だっだろう。
「ええと、その、あの、ですね」
さすがにお寺だ。そんな俺達にもやさしく微笑んで話を聞いてくれている。
その時上手い言い訳を思いついた。
「そ、そう!せっかくの二人の子供なんだし、この『妊娠をされている方の氏名』の欄に二人の名前を書きたいな~なんて言ってたんですよ!でもそれは無理かな~、どうかな~?なんてね~……」
しばらくの間、沈黙が続いた。……やっぱり変だっただろうか?
「……ええ、結構ですよ。そんなにもお子様の誕生を待ち望まれているという事はとてもすばらしい事ですね」
もちろん静流が妊娠していると思っている職員はにこりと笑って、
「きっと良いお父さんになられますよ」
と言って静流に会釈した。
「こちらへどうぞ」
そう言われて普通は妊婦さんが記入する欄に二人の名前を書いて出した。すると祈祷の際、二人の名前を呼んでもらい、何とか無事に祈祷が済んだ。腹帯をゲットした俺に静流は静かにこう言った。
「さあ、帰りましょうか」
車のキーを握りしめて微笑んでいる静流に俺は恐怖を感じないではいられなかった。
そして五か月目に入って初めての戌の日に静流に腹帯を巻いてもらった。
「こういう風習は大事にしないとね」
そう言って腹帯を巻いる静流がしみじみと俺のお腹を見ていた。
「やっぱり、少し目立ってきたわね」
「ああ、そりゃあこの中に赤ちゃんが入ってるんだし、少しはね」
静流は俺のお腹に顔を近づけて言った。
「……本当ならこの子は私のお腹の中で育つはずだったんだよね。それが理くんのお腹の中で……」
「静流……」
やっぱり静流も普通に産みたかっただろう。俺に対して罪悪感があるのかもしれない。
俺のおなかに頬を当てて、静流は少し震えているように見えた。泣いているのだろうか?
「静流?」
恐る恐る声を掛けると顔を上げた静流は満面の笑みを浮かべていた。
「ラッキーよねェ!」
(はい?)
呆然とする俺に見向きもしないで静流は話を続けた。
「だって私が産まなくても私の子供が産まれるんだもんね~。お腹が大きくなって不自由する事も無いし、仕事も休まなくて良いし、痛い思いしなくて済むし。本当にありがとうね!理くん!」
「あ……、ああ、うん」
何だ、落ち込んでるんじゃないのか。そりゃあ泣かれるよりかはマシだけど、なんと能天気な……。力が抜けてきた。
「もうこうなったら開き直って産むしかないしな~。だけど五か月に入ってすぐでこんなにお腹出て来たらこの先どうなるのかな?」
「周りには太っただけって事でごまかせないかな?」
「さすがに臨月とかになってくると無理があるだろう?それに急に子供が出来たら怪しまれるって。例えば静流がカムフラージュして妊婦のフリでもしなきゃ……」
「でもそうすると妊婦が二人いるみたいになっちゃうね……」
「……」
「マスコミにも知れると面倒だし……」
「でも親にはどう話す?特に俺んちは初孫だし……。まさか俺が産みますって言う訳にもいかないよなぁ」
「教授から、家族には話しておかないと後々面倒になるから早めに言っておいた方が良いよとは言われてるんだけど……。一度親に話せる状態かどうか、様子を見に行くしかないかもね」
「そうだな……。今度の週末でも一度帰ってくるか……」
「私も一度実家に顔を出してみるわ。話せそうだったら話してみる」
とにかく、身内にくらいは話しておかないと。急に訳もわからず孫が出て来たらウチの親父なんかは失神してしまうんじゃないだろうか。
「とりあえず言っても大丈夫そうなら言う、無理そうなら改めて二人で話をしに行く、そういう事にしよう」
「わかった」
これからの事を考えると遅かれ早かれ知らせない訳にはいかない。
「前途多難だなぁ……」
「普通と違って手放しでは喜べないのよね」
こうしているうちにも俺のお腹の中では胎児がどんどんと成長しているのだった。
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