第11話5か月(落ち着いて安定期)-1

 しばらくすると少しはつわりは落ち着いてきた。

「順調ですねェ」

教授は俺のお腹にジェルを擦り付けながらエコーで診ていた。お腹の子は少しそれらしい、かわいらしい形になってきた。

「本当に大変だったんですよ~!」

最近楽しみになってきたエコー写真を受け取ると、いかに『母子手帳』を苦労して手に入れたかを必死にアピールした。

「これからは色々と記録しておかないといけないですからねェ。『母子手帳』という物は母親だけの記録ではないですから。産まれてくる子供の記録も兼ねてますからねェ。まあキミの場合は『父子手帳』といったところですかね」

「僕が、書き直しておきました~!」

山田が嬉しそうに『母』の上から紙を貼って『父』に直した手帳を見せびらかした。俺はそれをひったくった。

「つわりも落ち着いてきたみたいですし、そろそろ安定期に入る頃ですねェ」

「あのぉ、教授……。その、つわりが落ち着いてから、すごく食欲が出てきて、その……」

「どうしました?」

「あの、少し太ってきてしまって……。マタニティ雑誌とかで太り過ぎは妊娠中毒症になったりで危険だって書いてあったんですけど、つわりの間、ろくに食べれなかったから食べなきゃ赤ちゃんがって思って食べてたらそれで……」

「理君、胎児というものはですねェ、ある種、寄生虫なんかと一緒で、母体の摂取した食事とは関係無く必要な栄養を取っていくものなんですよ。だからたくさん食べたから栄養が胎児に流れ込むというような事は無く、必要なのはバランスの良い食事を摂る事なんですよ。後の余分なカロリーは母体、ああ、キミの場合は父体ですがね、主に脂肪として蓄えられんですよ。まあ、逆にやせ過ぎていても、産後の体力を維持する上ではあまり望ましい事ではありませんがねェ」

「そういうものですか」

「そういうものなんですよ」

教授はやさしくニッコリ微笑んだ。

「そうは言ってももうすぐ五か月ですしね。そろそろお腹が目立ち始めてもおかしくはないでしょう。そうそう、安産を祈願して腹帯を貰いに行って来ると良いですよ」

「なんですか?腹帯って?」

「安産のお寺や神社でご祈祷して貰うんです。五か月目の最初の戌の日に巻くと安産になると言われていますよ」

「そうなんですか」

「じゃあ、明日さっそく行ってみる?」

静流がわくわくしてるのがわかる。

「あまり遠くだと理くんが疲れるから近くのお寺か神社を探しましょう?」

「ああ、そうしようか」


家に帰るとさっそくインターネットで家から一番近くの安産祈願のお寺を見つけた。

「結構近くにあるみたいだね」

「明日は大安だし、ちょうど良かったわね。レンタカーも手配出来たし」

「何かちょっと楽しみだなぁ」

その夜は遠足前夜の子供のような気分でわくわくしていた。

「早く寝なきゃなぁ……」

 ベッドに入ったが、緊張と興奮でなかなか寝付けなかった。

「安産になると良いね」

「ああ、そうだな……」

 静流との会話が心地良い。

「そういえばさぁ……」

 俺達は他愛のない話を延々としていたように思う。

どれくらいの時間が経っただろうか?

俺達は知らず知らずのうちに眠ってしまっていた。


 あくる日は晴天に恵まれた。

「晴れて良かったね」

静流の笑顔も晴れ晴れしかった。ここ最近こんなに夫婦で話し合ったり、出掛けたりする事はあまり無かったように思う。忙しさにかまけて距離を置いていたのは俺の方だったかも知れない。

「じゃあ、出発しようか」

運転席に向かおうとすると静流は車のキーを取り上げた。

「ダメでしょう、理くんは妊娠してるんだから。運転は私に任せて」

こういう気配りが静流の良い所だった。普段は仕事柄(?)気が強い所もあるのだが、人の立場に立って物を考えるやさしい女性なのだった。

「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて」

助手席に乗り込んでシートベルトをしようとしたが、お腹の辺りが苦しかった。

「?太ったからかな?」

「ちょっと貸して」

静流が手際良くベルトを骨盤の位置にずらすように装着させてくれた。

「あ、これの方が楽だね」

「そうでしょ?妊娠中はお腹が出てくるから、圧迫しないようにずらすと良いのよ。前はね、母子手帳を見せたらベルトの装着を免除されるからってベルトをしていない妊婦さんが多かったんだけどね。やっぱりシートベルトはしてた方が安全だから色々と工夫され出してるのよ。便利グッズとかもあるんだから」

やっぱり女性目線だから色々と気が付くんだなぁ、そんな風にしみじみ思っていると、

「理くんは手帳見せても信じて貰えないんだからね!私が違反キップ切られちゃう!」

(ええ~!自分の為だったのか~!)

ちょっと凹んでいる俺を他所に静流はエンジンをかけた。

「さぁ、出発しましょう!」

普段はほとんど電車で移動していたので忘れていたが、静流はペーパードライバーだった……。

「ちょっ……もうちょっと丁寧に……」

「ちょっと黙っててくれる?」

晴れやかな空とは裏腹に不安という名の暗雲が立ち込めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る