第8話2か月(ちくしょう!着床)

 その時俺は正直、困惑していた。

「はいこれ。そろそろ反応が出る頃だから」

そう言って静流が手渡した物には『妊娠判定薬』と書いてあった。

「どうしろと……」

トイレで頭を抱え込んでいると静流がドアの外から声を掛けてきた。

「説明書にも書いてあるけどそこにおしっこかけるだけだから~」

(そんな事して陽性反応が出たらどうすんだよ……)

「ね~、早く~!もう結果出た~?」

他人事だと思って……、そう思いながらも仕方がないので説明書通りにして待つ事数分……。

「あ、理くん、どうだった?妊娠してた?」

「それが……」

スティック状の検査薬を静流に見せた。

「……微妙ね」

「微妙だろ?」

陽性とも、ちょっとした検査ミスの陰性とも取れるような結果だった。

「妹は市販の物でもはっきり出たって言ってたんだけどなぁ。ね、理くん。もう一回やってみて?はい!」

二本組の検査薬だったらしく、静流はもう一本差し出した。

「教授は今学会に行ってていないから、山田くんに診てもらう?」

「それだけはお断りする!」

「そう?じゃあ、明後日ね。教授には連絡しておくから学校の帰りに寄ってね」

正直気が重い。どっちにしろ明後日まで白とも黒とも言えない状態を過ごさなければいけないなんて。

「じゃあ、明後日。帰りに寄るから……」

その日は進路指導の日でもあったのでことさら気が重かった。


何とも気が重いまま、問題の当日を迎えてしまった。

「このままだと進学が危ないぞ」

俺のクラスで一番の問題児、相川環あいかわたまきの進路指導が今日の最後の仕事だった。

「はぁ?!何でよ!何が危ないのよ!成績だっていっつもクラスで五番以内に入ってるじゃん!」

「いいか?相川。成績だけ良くてもお前の場合出席日数もギリギリだし、提出物は出さないし、挙句に素行もあまり良い方とは言えないだろう?そんな状態じゃ内申書だって……」

「そんなのカンケーないじゃん!テストで良い点数が取れてんだから、入試だって大丈夫に決まってんじゃん!高校だってそれで入れたもん!ね、センセー、テキトーにイイコト内申書に書いといてよ」

「ダメダメ!ダメに決まってるだろ。だいたい高校入試と大学入試じゃ厳しさが違うだろう?それにやりたい事がはっきりしてないと志望校も決められないぞ?」

「別に~。なんだっていいじゃない。結局はさ~、女って結婚して~、専業主婦やって~、子供産んで~、三食昼寝付きな訳じゃん?」

「……お前、主婦を愚弄するのもいい加減にしろ!専業主婦だって共働きの主婦だってやる事はいっぱいあるんだぞ!」

「ああ、センセーんとこって奥さん働いてんだったっけ?センセーだって家の事したりしてんでしょ~?じゃあ私も家事の出来る人と結婚すればイイんじゃん」

全然わかってない。最近の若者の中にはこういう勘違いをしたまま育ってしまったケースが多い。成績が良いものだから親もあまり厳しく言わないからなのか……。とにかく困った生徒には違いない。

「センセーは家事できるんでしょ?じゃあセンセーが奥さんと別れたら結婚してあげる。子供もたくさん産んであげるからさ~」

最近の子はどこまでが本気で、どこからが冗談かがわからない。

「大人をからかうんじゃない!」

 あまりにいい加減な態度だったのでたしなめようとした時、相川の携帯のアラームが鳴り出した。

「あっ!もうこんな時間!ね~、もう帰っていい?今から塾なんだけどォ?」

 そう言い残すと相川はさっさと進路指導室から出て行ってしまった。

最近は塾には行くけど授業はサボるといった生徒も多い。親の方も学生の本業が何か全然わかっていないのか……。成績さえ良ければ子供に何も言わないケースが多いのが現実だ。

今日は最後の最後まで気が重かった。しかもこの後病院での検査が待っている……。

(もし本当に妊娠していたとして無事産めるんだろうか……。学校も……大丈夫かな?無事産めたとしてもちゃんと俺に育てられるんだろうか……?)

止めどなく不安が溢れてきた。病院に向かう二駅がこんなにも遠いとは思わなかった。


「妊娠してますねェ」

教授はうれしそうにそう言った。

「妊娠二か月ですねェ」

そう言って教授はエコー写真を手渡した。

「は?受精卵戻したのって、ついこの間ですよ?二か月も前じゃないですけど……?」

 計算が合わないので俺は不思議に思った。

「ああ、妊娠という物はですねェ、受精する前の生理から数えて……」

「俺、生理ないですもん」

「ああ、そうでしたねェ。つまりはですね、受精した時点でもう一か月なんですよ。子供を持つにはその前から心構えが必要だという事ですねェ。だから妊娠に気付いた時点でもう二か月目に入っている事は普通なんです」

「普通?女の妊婦さんも?」

「はい」

「気づいた時にはだいたい二か月?」

「二、三か月目の方が多いですねェ」

「まあ、中には陣痛が始まってから妊娠に気付くような稀なケースもありますけどねェ」

「はぁ……」

子供が欲しいとは思っていたが、そんなに詳しく調べたりという事は無かったので今の今までそんな風に数えるなんて知らなかった。これからは色々と調べたりしないといけないのかなぁ……。

「大丈夫。今の世の中には色々と情報があふれていますし、我々も最大限の協力をしていきますよ」

こうなってしまった以上、もう後戻りは出来ない。とことんやるしかない!そう決意した。静流は残業だったので一人で病院を後にした。

帰り道、本屋に立ち寄って妊婦雑誌を手に取った。

「結構、色々あるなぁ……」

よくわからないので取りあえず3冊の雑誌と『初めてのお産』と書かれた本をレジに持って行った。

「奥様、オメデタですか?」

若い店員が笑顔で聞いてきた。

「え、あ、まぁ……」

俺が妊娠したんです、なんて言ったらこの店員はどう思うだろうか。言ってみて反応を見たい気もするが、おそらく本気にしないか変人を見るような眼で見られる確率が高いだろう。もしかしたら警察や病院に通報されるかも知れない。

そそくさと本屋から出た俺は、足早に帰路についた。

(次からは静流に買ってきて貰おう……)

そう心に決めたのだった。

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