第5話1か月(取り急ぎ子宮)-3

「……わかりました。そのかわり、一回限りと約束してください。子宮が出来なかった場合や妊娠しなかった場合、それ以上の協力は出来ません。一回限りでなら、今回限りと約束してくださるなら引き受けてもいいです」

「そうか、引き受けてくれるかね。では約束しましょう。子宮が出来なかった場合や妊娠に至らなかった場合、速やかにキミの体内から『mob細胞』を摘出する事を」

良かった。これで人体実験を続けられる事だけは避けらるだろう(約束が守られたらの話だが……)。少しだけ安堵しているとすかさず山田が言ってきた。

「でも失敗は有り得ないですけどね」

正直、ムカついた。俺が今まで見た中で、一番ムカつく『ドヤ顔』だった。とにかくこの年齢不詳の男が自分より年上でも年下でもムカつくに違いない。もちろん同い年でもだ。とにかく癇に障るタイプだった。しかし今はそんな事を言っていても仕方がない。

教授はこれからの注意点などを説明し始めた。

「そうそう、この『mob細胞』は他の細胞にも働きかける事があるんだよね。例えば傷の治りが速くなるとか。だからキミの手術痕もすぐに目立たなくなると思うよ」

ふと、話を聞いているうちにひとつ疑問がわいてきた。

「あの、子宮が出来たとしてもどうやって妊娠したらいいんですか?」

「ああ、それは静流君の卵子とキミの精子を顕微授精して、キミの体内に出来た子宮に腹腔鏡手術で戻すんだよ」

「だからね、正真正銘、私たちの子供って事なのよ!」

静流は凄く嬉しそうだ。そうだ、静流だって子供が欲しくなかった訳じゃない。ただ今まで出来なかっただけで……。そう思うと代わりに産んでも良いかな?と思ってしまった。

普通と違って、ただ産むのが男の自分になってしまっただけで二人の子供になんら変わりはない。そう思うと少し嬉しい気もしてきた。

「でね、入院してるついでにはいコレ」

静流に何か容器のような物を渡された。

「なんですかコレ?」

教授の方に振り返り聞いてみた。

「子宮が本格的に出来てくるとホルモンバランスが不安定になるからね。今のうちにね」

 教授の言っている事の意味がさっぱりわからなかった。

「意味がよくわからないんですけど?」

 俺は容器を見つめた。

「今のうちに精子を採取しておくんですよ」

にこやかに山田が囁いた。

そして全員がそそくさと病室を後にした。


……生き恥を晒すとはこの事か。採取した物は山田が取りにきた。にやけた顔が、心底ムカついた。

「ごめんね?」

山田と入れ替わりに部屋に入ってきた静流は開口一番謝った。

「別に……」

恥ずかしさを紛らわせる為に、ちょっとふてくされて拗ねてみた。

「私の卵子の採取は一週間後だから、それまでは理くんの精子は凍結保存されるわ。その後教授が顕微授精して……」

気が付くと俺は静流の両肩を掴んでいた。

そうだ、静流だって卵子を採取する為には体に負担が掛かるのだ。たとえどんな状況であっても二人が協力しなければ子供は産まれない。

「その顕微授精って、静流が出来ないかな?」

そうする事が二人にとって一番良いような気がした。

「出来なくはないと思うけど……」

「静流じゃないと意味がないような気がするんだ。静流がすれば全てが上手くいく気がするんだ」

何故かその時には前向きに子供を産もうと思っていた。もしかしたら早くもホルモンバランスが女性側に傾いてきていたのかも知れない。

「その後は教授たちに任せてもいい。だけど顕微受精だけは静流にして欲しい」

 静流は少し困惑した表情をしたが、俺があまりにも真剣に頼むので根負けした。

「わかった。教授に頼んでみる」

 『仕方ないわね』とでも言いたそうに静流は溜息をついた。もしかしたら静流の目には、俺がおもちゃやお菓子を欲しがって駄々をこねる子供のように見えたのかもしれない。

静流が部屋から出て行くと俺は少し眠りについた。これから身に起こる事はきっと一筋縄ではいかないだろう。あらゆる困難に立ち向かう必要がある。今は少しでも体を休めよう、そう思って深い眠りについた。

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