Q5.この会社のいいところは? A.充実した社員研修ですかね②
頭が回りだしたころには、良く分からない細長いベンチに寝かされていた。首を振ると、傍らでムキムキ細マッチョのイケメン兄ちゃんが、俺を団扇で扇いでいた。柔らかく風と、汗臭い香りを感じた。
「キミ、やるねぇ。最後まで吐かないとか、根性あるよ。うちに就職したら、絶対吐くまでやらせるからね」
そう言って、ニカっと笑った。バカめ、死ね。なんで吐くことに目的意識を向かわせてんだよ、このイケメン細マッチョは。
「……あの、毎日、こんなんやるんすか?」
「まぁ、技術開発部の人間以外は、毎日は普通しないよね。ただまぁ、実行部でも異世界送り技術は学ばないと、いざっていうときに困るからね」
うぜぇ。普通はしないのかよ。でもまぁ、昨日の榊さんの闘いっぷりを見る限り、基礎体力だけは絶対必要だ。今日ほどではなくとも、筋トレだけは続けよう。
ドスドスとこちらに近づく音がする。誰だってんだ一体。……おっさんか。
「起きたかい、近藤くん! 次はお待ちかねの異世界送りだ!」
声でかいなぁ。そして、俺は体中すでにバキバキで起きることができない。……起こすなよ、細マッチョ。
首根っこを掴まれ歩かされ、深夜に見たプロレスのようにリングに入れられた。
リングに転がる俺に、仁王立ちのオッサンは言う。
「本来ならここから受け身の練習をするんだが、キミはインターコンチネンタルだと聞いた! だから、手っとり早く三つの異世界技を教える!」
インターンシップな、おっさん。インターコンチネンタルじゃ、意味が違うぞ。
心のツッコミは、口から出ることはなかった。ついでに、おっさんに対抗する術もなく、無理やり体を起こされ、リングに座らされる。
「おい! ヨウちゃん! ヨウちゃんこっち!」榊さんがリングに滑り込むのを見て、おっさんは俺に言った。「まずは見ておくんだ! 見逃すんじゃないぞ!」
おっさんが指さすリング中央に目を向ける。
榊さんがそこそこ歳のいったマッチョなおっさんと、リング中央でにらみ合っていた。そしてマッチョおじさんの右足を取り、膝を内側に巻くように倒れ込みつつ、体を捻る。
――ズバァァン!
マッチョおじさんはその回転に負けたのか、自分から飛んだのか、巻かれた方向に身体を捻って、リングに倒れた。
おっさんはこっちを向いて叫んだ。
「一つ目! 異世界ドラゴンスクリューだ!」
……それ、異世界送れるのか。つか、今どうやって足とったの。そしてどうやって回って、どうやって投げたの。投げたっていうより、協力して飛んだって感じ?
マッチョなおじさんは、リング上を滑るように回転して、体を起こす。そして、片膝をついた。そこに榊さんが走り、マッチョおじさんの立て膝に左足をかけ、足場のようにして――。
ッガズン
右膝を、頭部に叩き込んだように見えた。
これは……これはすごい痛そうだ。でもこれ、アスファルト使ってないけど、異世界に送れるのだろうか。そして、真似できる気がしねぇぞ、それ。
振り返ったおっさんは、額から汗が噴き出していた。なんでお前が汗かいてんだ。
「あれが! 異世界シャイニング・ウィザードだ! そして、次がラスト!」
榊さんがマッチョおじさんの頭を引き起こし、叫ぶ。
「オラァ! モイッポン!」
汗だくのマッチョおじさんは、榊さんにされるがままに、引き起こされた。
「シャス!オォシャッシャス!」
何言ってるか、全く分からねぇ。
榊さんが、マッチョおじさんの首をロックし、後ろに倒れ込む。
――ドズム
あ、これ見た事ある。昨日、スウィングDDTって言ってた奴。の、地味版。
「あれが! 異世界DDTだ!」
おっさん汗だく過ぎだろ。いや、このジム熱いけどさ。っぁ? 引き起こされた。
「さぁ! ヨウちゃん相手にやってみろ!」
ビシっと榊さんを指さすおっさん。
マジか。いや、無理だろ。どうしろってんだ、まず何からだ。
というか、立ってるだけで足プルプルなんだが。ついでに榊さん、Tシャツで良いから、上、着てくれ。それ、トレーニングウェア的な何かなのか?
榊さんはかつて陸上部でもしていたであろう笑顔をして、右足を差し出してくる。
「さ、大丈夫。私は受け身できるからね! やってみて!」
とりあえず足を取る。……かてぇ。ほんのわずかにプニったと思ったら、即、鋼鉄の筋肉。どうなってるんだ。それともこれが、最新のお姉さん系の脚なのか。
えっと、たしかさっきやってたのは、左手を踵の方に回して、右手でふくらはぎのあたりを掴んで、体ごとまわる――
シュバァン
えっ。出来た? いや、違う。抵抗感は、ほぼなかった。つまり、榊さんが飛んでくれたのだろう。おかげで感覚は分かった。だけどこれ、異世界に送れるのか。
榊さんを見ると、額にちょっと汗が光り、破顔一笑。
「いい感じ! 練習はまだまだいるけどね。でもモノにできそうじゃない!」
「う、うす」
キラリと光ってそうな歯に、思わず心臓が高鳴った。不覚だ。
榊さんは片膝をつき、両手を胸の前で叩いた。
「さぁ、次はシャイニング・ウィザードよ!」
マジか。足フラフラで走るのもやっとだ。とても真似出来るとは思えない。しかし、あのいい笑顔で、さぁ来い! って感じの榊さんを無視することもできない。
ええい、やるしかねぇ、やったる。
走り、左足で膝に乗り、膝を、当て――思ったより近い!
――ゴヂュ
ゲ。
ドガンとリングに落ちた背中の痛みはなかった。明らかにヤバい感触がしたことに気がいっていたからだろう。
ヤバい、絶対ヤバい。手をついて体を起こし、榊さんを見る。
榊さんはヘッドスプリングで跳ね起きて、こちらに親指を立ててみせた。
「今の、結構ガッチリきたね。でも気を付けて、勢い付きすぎてヒザ痛めることあるから、必ず膝より少し上のあたり使って、頭の横を蹴るような感覚でやるの」
「……あの、榊さん。鼻血……」
鮮血が鼻からダラりと垂れ、それを手の甲で拭って、グっと親指を立てる。
「大丈夫。骨は折れてないから! 次! DDTよ」
えぇぇ。無理だろ。鼻血出してる人相手に、さっきの頭をマットに刺すような技をかけるのかよ。これ以上怪我させたらヤバいし、何より俺の精神が持たない。
待って、マジで待って、何で起こすの、榊さん。
榊さんは俺の脇の下に頭を突っ込み、腰に組みついた。なんだこの、嬉しいような嬉しくないようなシチュエーション。てか、良い匂いがする。なんでだ。
「さぁ、首をロックして、コンくん!」
「や、あの、俺――」
「大丈夫だから! さっきのはこっちが頭引くタイミングをミスっただけ。コンくんのせいじゃないからね。むしろ、おっかなびっくりやると、コンくんのが怪我するから、気を付けて」
「う、ウス!」
覚悟を決めて、首をロック。しっとりしてて温かい。じゃなくて。
「前にステップして、そのまま尻もちつく感じよ!」
「い、いきます!」
前に一歩飛ぶようにして、落ちる。
――ドガン
うぉ。音でけぇ、でも、さっきみたいなヤバさはない。
右脇を見ると、ちゃんと榊さんの頭はマットに刺さっているように見える。しかし、同時に手もついていた。そのまま前転するようにして首を抜き、立ち上った。
身体を起こされた俺は、頭を撫でられていた。
「やったじゃん! できたできた!」
「あ、ありがとうございます……」
嬉しい。嬉しいが、恐ろしくもある。
今のは、榊さんだから受け身を取れたのは間違いない。じゃなきゃ立てない。普段、榊さん達はこれを一般人相手に、アスファルトで繰り出すわけだ。死ぬだろ。
俺の頭を撫でる榊さんは、それを察したのか、軽く肩を叩いてきた。
「大丈夫、大丈夫。異世界送りをマスターすれば、大丈夫だから」
「あの、その異世界送りのやり方が分からないと、死んじゃいますよね?」
「んー。まぁ、そうねぇ。異世界送りだって失敗すれば死んじゃうだろうしね」
怖い。怖すぎる。
「だからまぁ、練習するんだけどね。プロレスと同じよ。その辺は」
またプロレスかよ、もう流しはしないぞ。
「何がどう同じだっていうんですか!? 下手すりゃ死ぬんですよね!?」
思っていたより焦燥感があったのか、叫んでしまった。しかし黙ってはいられない。ミスれば殺す、死ぬの世界とショービジネスのプロレスが同じとは、思えない。
榊さんは苦笑いをしていた。
「まぁ、たしかに技術的には真逆なんだけどね。明らかに怪我しそうで怪我しないようにかけるプロレスと、殺す気でかけないといけない異世界送りは。でもね――」
榊さんが俺の脇の下に手を入れてきて、引き立たせられた。
「どっちも、ほんのちょっとミスすれば、危険なのは同じ。そういう意味では、私たちの方が、実は楽なのよ。プロレスだと一センチ頭を落とす所を間違えれば半身不随。下手すれば死んじゃうわけ。そこにいくと私たちの場合は、相手が素人な分だけ、思い切っていけば、必ず異世界に送れる。だから、まだ楽」
「……いまいち納得できないすよ」
バンバンと叩かれる肩。やっぱり痛くないけど音は凄い。これが技術か。
「ま、トラックでハネ損ねた時とか、守り隊とか。あとは同業者相手でしか使わないし、技術だけでも覚えておきましょう。でも、友達に使っちゃだめよ? 死ぬから」
「……うす」
友達なんかいねぇよ。というか、なんで友達を攻撃するんだよ。
その後は、黙々と榊さん相手に練習を重ねた。体はすでに動かないと思っていたが、動かし方が違うからか、なんとかこなせた。もちろん、一通り無難にこなせるようになった頃には、体中に痛くないところが無い、という状態になった。
完全にヘバりきったところでリングから下ろされ、妙に柔らかいマットの上に寝かされた。プロテインドリンクを差し出してきた榊さんに一旦寝ろと言われ、それを飲んで寝るつもりだった。しかし、彼女が俺に施すマッサージとストレッチが、それを許さなかった。
いかに筋肉質と言えど、女性は女性。密着し、ぐいぐいと体を押し付けられ、とてもじゃないが寝ていられない。くすぐったさと、温かさと、肌と、あの弾力感が身体を襲いつづけてくる。寝たいが、寝られない。主に体の一部部分が。
ああ、手が柔らかい、腹が柔らかい、胸が、胸がやらかい。撫でられるように、揉み込まれるように抑えつけられ、無防備にされ、割と本格的にヤバい。いっそ目を開こう。
室内の温度と高い湿度、そして激しい運動によって、頬を上気させ、うっすらと汗を浮かべた美人のお姉ちゃんこと、榊さんが柔らかな微笑みを浮かべていた。
「こらこら、ちゃんと目を瞑って、寝てないとダメだって」
目を瞑る。再度始まる幸せ地獄。
必死におっさんのスクワットを想像して耐えようとしていたが、あまりに、あまりにキツイ拷問だ。そして、そして――。
「おい、ヨウちゃん、その子に異世界送りを付与するぞ」
ありがとう、おっさん。もう一歩遅ければ、のっぴきならないことになっていた。
目を開き、立ち上がる。マッサージとストレッチのおかげなのか、思った以上に身体は軽い。素晴らしきかな、柔軟体操。
「ちょっとちょっと。若いなぁ。別にやらしいことしてるわけじゃないよ?」
下を向く。苦笑いの榊さんの視線は、俺の股間に向いている。
……すでにのっぴきならないことになっていた。死にたくなった。
ほとんど、死んでいたと言ってもいい。いや、ほとんどじゃなく、全死にだ。
俺は部屋の隅で、俺自身から溢れ出る信じられない程の負の感情と、両膝を抱えていた。ロクに良い思いをしたことがない人生ではあった。しかし、まさかこんなところで、衆人環視の中で指摘されるという辱めを受けるとは、思っていなかった。
黄昏続ける俺の背中は、声を上げて笑う榊さんに擦られていた。殺意さえ覚える。とはいえ醜態をさらしたのは紛れもなく自分。なにも言い返せない。
『慣れない内はしょうがない』とか『元気な証拠だからいいじゃない』とか『別に気にしてない』とか。言われれば言われるほど惨めになっていく。また、榊さんは本気でそう思っていそうで、邪気が全く感じられないあたりには絶望感すらおぼえた。
「おいヨウちゃん。その辺にしといてやんな。それと近藤くん。こっちに来てくれ」
ありがとう、おっさん。二度目だが、あんたのおかげで地獄からは抜けだせた。
おっさんについていくと、謎の、というか、さっきまでジムにいたのも含めて数人が、レスラーマスクを被って両手を前にして円陣を組んでいた。なんだこれ。
「じゃあ、近藤くん、円陣の中心で跪いて」
「え、あ、はい」
困惑を抑えきれなかったが、とりあえず円陣の中心まで行き、両膝をつく。
そのまましばらく待っていると、正面の男二人が間を開ける。そこに立っていたのは、深緑色を地にして目と口の縁取りを白で取ったマスクを被る……?
「榊さん?」
「クレイラ・リーフよ」
「……榊さん?」
「クレイラ・リーフ」
「……クレイラ・リーフさん」
うんうんと頷く榊……クレイラ・リーフさんは、後ろから何かを取りだした。
首から上だけのマネキンに銀色のマスクがかけられていた。銀色を地に、目の縁どりも少し色の濃くした銀を配したマスク。口元は唇を残しやはり銀。目の縁どりは上につりあがる涙型のような形。銀のグラデーションのみの、レスラーマスク。
「エル・サント。伝説のマスクよ。レプリカだけど」
レプリカかよ。模造品をこんな荘厳な雰囲気で差し出したのか。
そもそも冷静に考えたら半裸のマスクマンに囲まれてるって結構シュールだぞ。
「受け取り、被りなさい。これが異世界マスクよ」
マジか。これが異世界送りの元か。でもアンタ、昨日スウィングDDTとか決めてるときには、マスク被ってなかったような。……まぁいい、とりあえず受け取ろう。
マスクをマネキンから外し、被る。クソ、信じられないほど着け心地が良いのが逆に腹立たしい。てか、紐の結び方が良く分からない。このままでいいだろうか。
「目を閉じて、近藤くん。これより儀式を始めます」
何のだよ。いや異世界送りの技法を授けるとか言ってたから、これか?
分からん。目を瞑るしかない。聞いても絶対答えてくれないタイプの奴だ。
「儀式の最中は目を開けないように」
大丈夫。開けたくないから。
目を閉じると、周囲のマスクマン並びにマスクウーマンが、低い唸るような声で何事か呟きはじめた。そして、恐らく体をゆすっている。
何を言っているのかは全く分からないが、やたら下を巻くような発音の言語。多分スペイン語とかだろう。
こんどは俺の周りで跳ね始めた。床を伝わる震動と低いうなり声が、緊張感を煽ってくる。同時にマスクと体が熱くなる。体表を這いまわる様に高まる熱と、耳から入りつづける低音、ついた膝から背骨へ流れていく震動。俺自身が揺れていて、熱を持っているかのようだ。
さらに音と振動が激しくなっていく。声が外からではなく、頭の中で反響しはじめている様な気がする。そして、マスクと体の熱が混ざっていく。ふいに、体の下から強い風を感じた。体が浮きそうな上昇気流。俺は吹き飛ばされないように、揺れる体で踏ん張った。
閉じた瞼の裏が真っ赤に見える程の、強烈な光。足の先から、頭頂部まで、何かが走り抜けていく。声は止んでいた。自然と目が開く。
アステカ文明風の謎の文様が、身体の回りを旋回するように上へ下へと動いていた。そこに、一気に伸びあがるような感覚が体に加わり、次は落下に似た浮遊感。最後に、両膝が沈みそうな圧力があった。文様は床に吸いこまれていった。
正面に立っていた榊……クレイラ・リーフさんが口を開く。
「お疲れ様。これであなたもルチャ派の異世界送りの一員よ。まぁ、見習いだけど」
なんと返事をすればいいのか分からなかった。だがしかし、なぜか、今ならDDTやらシャイニングウィザードやらでも異世界に送れそうな気がする。
「まぁ、あなたが今日習った技、一つもルチャ要素ないけどね。インターンシップの後もウチで働くなら、本格的にトレーニングしてね。その辺は、覚悟しておいて」
ここまでしておいて、今日の練習、ルチャじゃねぇのかよ。……なんでガッカリしてるんだよ、俺は。
「あ、もうマスク外していいわよ。儀式に必要なだけだし、プロレスラーでもないからね。ただ忘れないで、あなたの顔には、すでに魂のマスクがあるわ」
意味がわからねぇ。っていうか、マスクを顔に付けてるってそれは……いいのか。なんでか分からんが、いいような気がする。多分、マスクが役割を示すのだろう。
マスクを外すと、クレイラ・リーフさんはおらず、榊さんがいた。
「さぁ、これでコンくんも私たちの仲間よ。明日は、一緒にバンバン異世界に送りましょう!」
「……うす」
周りのマスクマン達もいつのまにか、普通のマッチョマン達に入れ替わっており、みんなが同時に拍手をしてくる。ヤバい。感化されそうだ。これは、洗脳の一種だ。
うぉ。
榊さんが唐突に抱きついてきた。柔らかい。ああ、いいや、もう。
感化されてようが、洗脳だろうが、達成感だけは異常に高まっている。これだけで、インターンシップにきた甲斐があった気がする。
「じゃ、ご飯たべて、会社戻りますか。」
「え?」
榊さんに手を引かれ、あの部屋へ。大量の料理と、腕組みした青Tシャツのおっさん。ああ、今日、絶対腹を壊すんだろうな。
本社に戻る車中、俺はあまりの疲労感と満腹感に耐えられず、眠ってしまっていた。起きたのは本社の駐車場で、榊さんに揺さぶられてからだった。
外は既に真っ暗で、時計を見るとタイムカードを押したら、即退勤って感じだ。
重たい足を引きずりロビーに行くと、平野さんとはち合わせた。
マジマジと俺の目を見てきた平野さんは、腕を組み、眉を寄せた。
「コンくんはルチャ派になったかぁ。まぁ、メンターがヨウちゃんだし、しょうがないか。気を付けなよぉ。ルチャだからって危険な飛び技はしなくていいんからね?」
心配されているのか、これは。
困惑している俺をよそに、榊さんが答えた。
「ヨっちゃんの好きな王道のが、怪我が怖いから。コンくんはフィジカルも体格も並よりちょっと低いくらいだから、ルチャのが向いてるわよ」
頬を膨らませた平野さんが、俺に手を振っていた。
「じゃあね、コンくん。ほんとに気を付けなねー」
「あ、はい。また明日……」
そんなやり取りをしてたら現れたのは、やはりというか南さん。やはり今日もパンキッシュ。って怖い。
平野さんの比じゃない位に強烈な視線。
「やっぱり、ルチャに行ったのね。もう私とは相容れない存在だわ」
なんでだよ。ルチャの何がそんなに嫌いなんだよ、南さん。いやまて、なんで今、ルチャを擁護しようとしたんだ。じゃあMMAを……そういうわけにもいかないか。
ちゃんと頭を下げておこう。
「まぁ、まだインターンシップですから、これから色々勉強していきます」
「ふぅん……葉子の弟子にしちゃ、殊勝じゃない。ま、がんばんなさい」
すげぇ、頑張れって言われた。やっぱり南さんはいい人なのかもしれない。……なんかもう榊さんと舌戦繰り広げてるけど。
さっさと上に行って、タイムカード押して、帰ろう。今日は、本当に疲れた。
背後から、榊さんの声が響く。
「明日は、もうちょっとまともな私服できてね!」
そんなに変だったのか、俺の私服は。
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