Q2.最初に苦労したことは? A.やっぱり、先輩たちとの付き合い方(苦笑)②

 数時間ぶりに受付に帰ってくると、受付嬢ちゃんは爪のお手入れ。仕事しろよ。

 榊さんが露骨に舌打ちしてみせ、受付嬢ちゃんは榊さんを一瞥。鼻で笑いやがった。お前、あとで榊さんにスコ、スコ……多分サソリなんちゃらを食らってしまえ。


 振り返った榊さんが、こっちに手招き。

「あの子が爪とぎ嬢のみなみさん。仕事は爪を研ぐ事」

 さすがにエグすぎだろ。いきなりの先制パンチとか。わざわざ聞こえるように言わなくたっていいじゃないか。というか、巻きこまないでくださいよ。


 爪とぎ嬢の南さんは今度は俺を一瞥。なにも言わずにまた爪のお手入れ。こいつもこいつでタフだな。なんだこの会社。美人は頭おかしいのか。


「じゃあこっち。次は営業部をちょっと冷やかしましょう」

 冷やかすのかよ。邪魔しちゃダメじゃないかな。さすがにさ。

 それでも文句を言わずについていき、エレベータに乗って二階に降りる。広がる世界は、まるでコールセンターのよう。ぱわわ。何がぱわわだ。


 そろそろと音を立てないように腰をかがめて移動する榊さん。真似して進む。

 奥の方で、私可愛いですよオーラを放つ、大きく丸い目をした女性が、こちらに手を振っていた。手を振る方までコソコソ歩いていくと、主に栄養が胸にいっていそうなお姉さんがいた。

 榊さんのデスクにあったのとよく似た、謎のフィギュアがあった。この人もか。


 胸がすごいことになってるお姉さんは、榊さんに小声で話しかけた。

「ヨウちゃん。どうしたの? その子は中途採用の子?」

 あ、なんか普通だ。受け付けの南さんみたいに甲高い声してないし、反応も普通。

 

 榊さんはといえば、俺と巨乳さんそれぞれに手の平を差し出していた。

「近藤くん、こっち、営業の平野ひらのさん。ヨッちゃん、こちら、近藤くん。インターンシップらしくて、私が教育係ってことでね?」

 こちらに目を向けた平野さんは、ちょっとふっくらした頬をほわっと綻ばせた。

「営業の平野です。よろしくね」

 深々と下げた頭が上がるのを待ち、話を聞いたときから続く疑問をぶつける。


「あの、営業って異世界に……で、す、よ、ね?」

「そうだよー?」

 まぁ、そうだよね、営業だしね。でも俺が聞きたいのはそんなことじゃなくて、どういう風に営業をかけてるのか、というシステムの方だ。


「というか、その、営業ってどうやってやるんで、すか……ね?」

 平野さんは口元に人差し指を当てて、小首を傾げて考えはじめた。この人、あざとい系かもしれない。天然でやってても狙ってやってるのかは分からんが。


 失礼なことを考えていたら、向き直った平野さんがサラっと言った。

「電話だよ?」

 電話営業なのかよ。異世界に電話線繋がってるのか、それとも電波ってことか。


「あの、電話って、どこにかけてるんですか?」

 当然の疑問に、平野さんは眉を寄せて、頬をちょっと膨らませてむむむっと唸る。これは養殖系の天然キャラだわ。作ってるの確定だわ。

 

 平野さんは、わざとらしく両手を、豊かな胸の前でポンと叩いた。

「たとえば、ほら、魔王に襲われて、困っているお姫様とか神官? とか」

「……お姫様に電話、すか?」

 どういうことだよ。俺の思考は一杯一杯になったよ、たった今な。


 お姫様に電話って、電話がある異世界ってどんなだよ。あ、SF世界ならあるかな。あとは、MMO的なのだとチャットとかそういうことか? つまり、あれか。

 営業ってのは名ばかりで、実際のところは異世界GM、とかそういことか?


 体の周りにぽややっとディテールの雑なお花を散らしたような雰囲気の平野さん。

「近藤くんも見たことあるよ。よくあるでしょ? 『勇者様、たすけてくださーい』とか、あとはほら『力が欲しいか……』とか、『この召喚が成功すれば……』とか」

「つまり平野さんが電話で、『力が欲しいか……』とか言ってるってことですか?」


 彼女は口元に手をあてて笑顔を隠し、ぱたぱたっと空いた手を振った。

「いやだなぁ。私は異世界送りの営業だから『力』の営業はしてないよぉ」

 どういうことだよ。いやマジでどういうことだよ。

 力の営業って、異世界に『力』の電話セールスかけてる人もいるのかよ。もしもーし、火を使う魔法の力、御入用ではないですかぁ。ってアホなのかよ。

 ……いやでも、異世界生活で苦労している人なら買うか。

 

 まてよ、ってことは……

「あの、平野さん。異世界の側からこういう人送ってください的な要望、あるんですか?」

 彼女は、ぱわわっとピンクと黄色の二色で構成された、幼稚園児の描いた花のようなエフェクトを体の周りに纏わせたかのように手を叩く。


「もちろんあるよ!」両手をぎゅっとして、豊満な胸を揺らす。「一番多いのは、強くて世界を救える勇者さま! って奴だよ!」

 まぁ、基本的に困ってるし、世界を救ってほしいから呼ぶんだろうしね。でも、世界を救えるような、そんな将来有望な人材は送ってないっぽいじゃん、ここ。


「その希望って、どうやって叶えるんですか?」

「似たようなゲームやってて、こっちの世界ではいらない人を送るね?」

 そう言って彼女は榊さんの方に顔を向け、二人で小首を傾げて笑顔を浮かべた。

「「ねーー」」

 二人は声を合わせて、ねーって言った。それ冗談なのか、本気なのか。


「こっちの世界にいらない人って……」

 平野さんとのキャッキャウフフなダメ女子大生的空気を崩した榊さんが、答えた。

「だから言ったじゃない。基本的にクズでダメで要らない人間を送るんだって。まぁ、こっちで要らない人だってさ、向こうじゃ必要な人なわけでしょ?」

 まぁ、現代の知識があるだけで通用しちゃうような世界もあるだろうし、そういうものか。でも、最近の流行りって異世界で普通の仕事やるとか、そういうのになりつつあるじゃん。今さらニートな人間送ったって、向こうで役立つとは思えない。


 ニコニコ健やかバストな平野さんはかく語る。

「いい? 近藤くん。基本的にニートでダメな人達は危機感が足りないから、ニートでダメなことが多いの。つまり、異世界っていう一見危険な、ちょ~安全な世界に行くと、結構な頻度で更生して戻ってくるの。帰って来て、ちゃんと現実に適応すると、もう普通の人になってることがほとんどなの。逆に帰ってこなかったとしても社会的損失は、ほぼないの。それに仮にあっても、たった一人の損失なんて知れてるでしょ? それに対して異世界で困ってる人達の人数は、数千万人を軽く超えちゃったりもするわけ。SF世界だったりしたら、下手すると数百億人。それをたった一人の損失で補えちゃう私たちの仕事って、すごい素敵じゃない?」


 長いながーい説得を俺に施した平野さんは、デスクの上から半裸のマッチョがプリントされたマグカップを取り、一口すすった。あ、やっぱプロレス好きなんすね。

 奇遇にも、俺もプロレス好きになりかけてるんすよーとか言ってみるか? やめとこう。それより先に聞いておかなきゃいけないことが山ほどある。どれにしようか。

 

 悩んでいると、俺の数々の疑問の一つの内の一つは、榊さんが答えてくれた。

「まぁ、市区町村からの依頼ってのも多いけどね」

 違ったわ。新しい疑問が浮かんだだけだったわ。市区町村からの依頼ってなんだよ。もういいよ。これ以上聞かない。

 これ以上、異世界営業システムの話を聞いていると、頭おかしくなりそうだ。


「えっと、勉強になります!」

 そう言って頭を下げとく。これで大学ではみんな許してくれたもんだった。まぁ、残念ながら、社会人生活はそう上手くはいかないもんだ。

 榊さんが仁王立ちモードになっちまったよ。

「何が勉強になったの? 営業の仕事って他にも色々あるのよ?」

 すんません。理解が追いついていないだけなんですよ。今は、今は許して下さい。

 

 下げた頭にコツンと軽い衝撃。榊さんのハタきの一〇〇分の一くらいだ。

 顔を上げるとややうつむき加減で上目づかいの、ふかふかバストな平野さん。

「てきと~な事言ってると、お姉さんデスバレー・ドライバーしちゃうぞ?」

 なんだよ、その超怖い名前の技。絶対プロレス技だろ。

 死の渓谷落とし、ってもう意味不明の恐怖じゃんか。どんな技なんだよ。そのアクションフィギュアの取ってるポーズ、それがデスバレー・ドライバーなのか。


 俺の顔がきっと青ざめていたのだろう。榊さんが、平野さんの額をツンと一押し。

「もう。ヨっちゃんのデスバレーは異世界に送れないから、死んじゃうじゃない」

 ダメだわ。ここにいると、疑問ばっかり増えて、回答が得られないわ。


「あの、榊さん、他の部門ってどうなってるんですか?」

「他ぁ? あとは、対象者のリサーチとか、広報部とか。あとはー……商品開発とかかな? まぁ、あそこは、このビルには入ってないけどね」

 あー、この感じ、多分、榊さんはその辺の人達とすげぇ仲悪いわ。

 険悪になりつつある彼女と俺の間のにらみ合い。いや、こっちは睨んでいないんだけど、榊さんの顔面が近寄ってきて、あ、ちょっと良い匂いする。じゃなくて。


「すたーっぷ!」

 平野さんの白くてあんまり薄くない、むしろ厚みのある手の平が手刀を切った。

「もーう。ヨウちゃん。インターンシップの子をいじめたらダメだよ?」

 あんた、さっきデスバレー・ドライバーしちゃうぞって言ってたろ。

 

 榊さんがムフンと鼻から息を吐いた。

「じゃあ、近藤くん。一回、実行部戻ろうか。明日の流れも説明しておきたいし」

 さっさと歩きだしてしまう榊さん。うへぇと思いながらついていく。

 営業部を出るときに何かが動くのが見えて、目を向けた。平野さんがパタパタ手を振ってくれていた。プロレス好きじゃなければなぁ。


 結構な加速感を毎回感じるエレーベーターから降りるときに、一応聞いてみた。

「あの、なんで営業部の方に寄ったんですか?」

 ガラスの割れるような音が響いたかのような驚愕の表情を浮かべる榊さん。

「コンくんが営業部って何やってるんですか、って、聞いたんでしょう!?」

 ああ、そういえば練習に行く前に一瞬だけ聞いた気もする。……そんなことちゃんと覚えててくれるとか、実はこの人、普通にいい先輩なのだろうか。

 いや、落ちつけ。多分IPV三段論法だ。

 

 榊さんの叫ぶような声に反応してか、パーティション迷路の中からヌっとデカい男が顔を出した。立つと、身長が俺より頭二つ分はデカい。ここまで人を見上げるのは初めてだ。……レスラーの方なのかな?


 うすらデカい男が、低く、渋い声を出した。

「榊さん。その方は?」

 やや潰れ気味の声ではあるが、口調は優しい。

 とりあえず、挨拶をしておくことする。

「はじめまして! インターンシップでお世話になっております! 近藤です!」

 大嫌いなはずの体育会系のノリ。しかしこういう時には便利なノリ。


 まぁ、挨拶はデカい声の方がいいはずだよね。気分いいし。

「あ、よろしくお願いします。斎藤さいとうです。えぇと、あんまり大きな声出さないでくださいね。明日の準備でピリピリしてる人もいるので……」

 いきなり価値観が否定されちゃったよ。

 でも、斎藤さんは申し訳なさそうな苦笑いを浮かべている。つまり、こちらに非があるわけではなく、ほんとは元気あった方が良いと思っているのかもしれない。


 榊さんは違った。


 パカーンと軽くハタかれる後頭部。痛くはないけど精神的に追い詰められるんだよ、それ。やめてよ。後がないから、黙って受け続けてるけどさ。

「この仕事、精神が参ってくる人多いから、ほんとに大きな声、やめてね」

 あとそのサラっと超怖いこと言うのもやめてほしい。ただでさえブラックかー、なんて思ってるところにブラックですよ、ってどうかしてるよ、絶対。

「あ、それとコンくん」


 今度は何でしょうか。


 榊さんはさっきと同じように、掌で俺と斎藤さんのそれぞれを指し示す。

「こちら、斎藤くん。通称マサ。マサくん、こちら近藤くん。明日の仕事はマサくんにバックアップに入ってもらうから、仲良くね。私はデスクにいるから、後で来て」

 ささっといなくなる榊さんの後ろ姿を見送って、くるっと振り返ると、苦笑いを浮かべるマサ斎藤。……聞いたことあるわ。名前だけだけど。なんか語呂いいなぁって思ったんだよ。


 マサさんは、榊さんがいなくなったのを見計らって小声を出した。

「僕さ、斎藤明夫あきおって名前なんだけど、榊さんが……ね?」

「あー……名前ガン無視でつけられたタイプのあだ名ですか……」

「そうなんだよね。そもそも、マサ斎藤さんってレスラーとしては小柄な方だしさ。僕はバックドロップとかしないから、安心していいよ」

 まず、バックドロップが、分かんないス……とは言えない。なんか苦労してそう。


 だから、俺は斎藤さんの事を斎藤さんと呼び続けることにしよう。きっとその方が斎藤さんも心が落ち着くはずだ。だってアキオって名前に、マサ要素ないし。


「よろしくお願いしますね。斎藤さん」

「! ……よろしくね! 近藤くん!」

 すげぇ嬉しそう。やっぱり嫌だったんだ、マサってあだ名。まぁ名前と関係ないし、普通はそうか。


「それで、明日のバックアップって言うのは……」

「ああ、その辺は榊さんから聞いた方がいいと思うよ。やっぱり、指導役以外の人が色々教えちゃうとね。内容の理解の仕方が少し違うと、問題が起きたりするからさ」

 すごい常識人じゃないか。

 なんで斎藤さん、こんな会社に……そうか。普通の人に会ったのが久しぶりだから驚いているだけで、変なのは榊さんとかの方か。

 

 そういうことなら、俺も斎藤さんにだけでも、まともな返しをしておこう。

「分かりました。明日は、よろしくお願いします」

 ペコリと一礼。

「そんな。頭下げることなんてないよ。いつも通りだからね。明日はよろしくね」

 斎藤さん、超優しいじゃねぇか。 


 パーティション迷路を右往左往し、途中怒られたりしつつ目指すは榊さんのデスク。隣のデスクに座ると、早速資料の入ったファイルを渡された。練習前に見せられた横道さん(二二才)のファイルと、もう一人。佐藤さん(二四才)のファイル。


「えっと?」

 パソコンでカチカチ何かをやりながら、こちらには目もくれずに説明が始まる。

「横道さんの方は、明日私が実際に異世界に送って見せてあげるからね。で、もう一人の佐藤さんは、コンくん。キミがやるの」

 マジか、いきなりのOJTオンザジョブトレーニングか。まぁでも『異世界送り六号』で突っ込むってなると、OJT以外じゃ今日みたいな練習を繰り返すしかないから、他に学ぶ方法がないのか。

 

 凄い嫌だけど、しょうがない。

「えーっと、これは明日、ですよね?」

「そうよ。今日は、もう特にやることないし、帰ってもらっても、大丈夫よ」

 マジか。今日は練習して、ファイルもらって、それで終わりかよ。普通もうちょっとなんか色々あるんじゃないか。


 榊さんはくるっとこっちに顔を向け、言葉を加えた。

「それと、明日は動きやすくて、目立たない格好で来てね。それと、捨ててもいいような服を、着替えで持ってくるように。場合によっては、逃げる時に必要だから」

 逃げる時ってなんだよ。普通にK察に追われるって事かよ。それって要約すると、明日違法行為をするから、変装してね、ってことかい。


「マジすか?」

「マジに決まってるじゃない。まぁ、通報なんて滅多に無い事だけどね。捨ててもいい服の方は、出来るだけ安いのにしてね。一応、経費で落ちるから」

 経費なんだ。服。逃げる時に捨てるまでが、業務なんだ。


「それじゃ、また明日ねー」

 そう言った瞬間、彼女のパソコンがぶっつり落ちた。

「榊、直帰でーす」なんて言って、部屋を出ていった。

 ……まだ仕事あるんじゃねぇか、そこにも連れてってくれよ。いや、いいわ。やっぱり行きたくないわ。なんか怖いし。


 パーティション迷路を辿って、牧部長の所に行く。

 迷い、色々な人にジロりと見られて嫌な思いを何度もしながら、やっとの思いでたどり着いたそこには、ハンドグリッパーを握りしめるゴリラ。もとい、牧部長。


 牧部長がニギニギしてる銀色のハンドグリッパーは、バネがやたらと太かった。

「ん? どうしたんだい、コンくん」

 もう俺、この部署内でコンくんで確定してんのかよ。


「あの、榊さんに帰っていいって言われたんですけど……」

 ゴンと机に置かれたグリッパー。ラベルに九〇キロと書いて……九〇て。俺の二倍の握力ってことじゃねぇか。化け物か、このおっさん。


「じゃあ、帰っていいんじゃないかな。でも、次からはちゃんと『他に手伝えることありますか?』って聞くようにしてね? まだ慣れないとは思うけどさ」

 あ、普通すね。一日の間に色々疑問が浮かびすぎて普通のことを忘れてましたよ。


「はい。気をつけます。明日から、よろしくお願いします」

 ペコリ。

 こうして、インターンシップ一日目は終わった。

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