Q3.初仕事の思い出は? A.そりゃもう悲惨ですよ(笑)①
翌日。相変わらずの晴れ。頭の上ではトンビが鳴きながら渦を巻いて飛んでいた。
なんで今日もまた、ここに来てしまったのか。帰りたい。でも仕方ない。
来ちゃったし、なにより、ここで逃げ出してしまえば、大学にこの会社から二度と求人が……来なくていいんじゃないか? こんな会社。
いや、だめだ。なにせヤバい会社だ。ウチの大学の学生が、ポンポン異世界に送られるかも分からない。やってやる。俺はやってやるのだ。
意を決して出勤。今日は受付の南さんからの造花の笑顔というサービスはなく、朝から爪といでやがった。マジかよ。
そりゃ、この会社の場合は受付の仕事ってほとんどないんだろうけどさ。朝くらいは、いい顔みせてよ。
「おはようございます!」
どうだ、俺の見事な最敬礼。
「……おはよ」
うわ、うわぁ。もうちょっとやる気だして、挨拶してくれよ、南さん。
しかし、彼女はその場にとどまる俺の頭から足元まで見て、冷たい一言。
「何? そのダサいカッコ」
ついでにキッツイキッツイ眼差しもついている。サービスのつもりか。
ありがとうございます。もういいです。
しかし、もいっちょ揺さぶるぐらいの余裕はあるのだ。
「最初の仕事なんで、慣れてなくて」
あ、ダメだ。聞いてないわ。
即座に爪とぎ出さないで、最後まで聞いてくれよ、南さん。
……。
待つ意味は、ない。
「失礼します……」
とぼとぼ歩いてエレベーター。いざ三階へ。あ、今ちらっと南さん俺の方――
――ガゴン
くっそ。
ティン
ティンじゃねぇよ。
エレベーターを降りると、パーティションの向こうから斎藤さんの顔が、ニョキっと出てきた。昨日、大声で挨拶するなと言われたので、軽く会釈をしておく。
会釈を返してくれた斎藤さんは、なにやら困惑顔をしている。
「榊さんから、聞いてない? もう駐車場にいるよ? ……あとその格好、なに?」
昨日の段階から何も言われてないし、なんで斎藤さんまで、俺の服装にケチつけるんだよ。マサって呼ぶぞ。まぁいい。斎藤さんは貴重な常識人枠だ。いじめていじけられても困る。
「あ、それじゃ行ってみますねー」
踵を返したところで、背後から声をかけられた。
「待って」
首だけで振り向くと、斎藤さんはすぐ近くの壁を指さしていた。人差し指が射す先を目で追うと、そこにタイムカードのレコーダー。ふむ?
「タイムカード。押しといてね」
「あ、すいません。分かりました」
タイムカードをガチャコと切って戻ると、斎藤さんが微笑ましいものを見るような目を向けてきた。
「近藤くん。すいません、の代わりに、ありがとうございます、って言うようにした方が、元気が出ると思うよ。知らないことは悪い事じゃないんだからね」
……なんでこのうすらデカい先輩が一番ほんわかした事言ってくるんだよ。こういうことを南さんとか、平野さんとか、最悪でも榊さんに言われたいんだよ。
さりとて斎藤さんの言う事は至極まっとうなもの。頑張って従っておこう。
「あ、ありがとうございます」
ほら。ほらぁ。言い慣れてない単語でどもったじゃんか。恥ずかしすぎる。早く来てくれ、エレベー……ボタン押してねぇじゃねぇか。クソ。
顔に熱、そして背中に斎藤さんの笑顔を感じながら、いざ駐車場へ。
軽トラだらけの駐車場には、鮮やかなオレンジ色の布で『異世界送り六号』を磨いている……榊、さん、か?
気配に気付いたのか、振り返った顔は榊さん。でも、格好が、なんか蛍光色の青と黄色のスニーカーを履き、色々なものがゴチャっとプリントされたTシャツを着ている。昨日見たスーツ姿とは似ても似つかない、クソダサスタイルだ。
胸元にプリントされているのは、宙を舞うマッスルなおじさんの絵と、アルファベットで、すい、すい……多分スイシーダって書いてあるんだろう。
ロープ越しに飛んでいて、手を触れていない。おそらくは言っていたノータッチなんちゃらかんちゃら、に決まってる。触れないでおくのが得策だ。
髪の毛をゴムで後ろに束ねた榊さんは、やっぱり俺の頭から足まで舐めるように見てきた。次に吐き出される言葉が分かる。
オラ、てめぇにだけは言われたくねぇぞ。
「何? その格好。ちょっと、カッコ悪いよ?」
「榊さんも、なんか凄いカッコですね」
やべ。言っちまった。Tシャツが衝撃的すぎて、つい口から出てしまった暴言。
榊さんの顔が、顔が……嬉しそうだな。
「いいでしょ」胸のマッスルなおっちゃんの所を引っ張って見せてくれる。「これが、ノータッチ・トペ・スイシーダ」
でしょうね。そう思いましたよ。そんなスーパー自殺行為が出来る人なら付き合えるって?
世界は広しと言えども、まず飛べる奴が殆どいないだろうし、ましてや飛んだのが一般人なら、俺でも尊敬しちゃうってもんなんだよ。いくらなんでも怖すぎジャンプじゃねぇか。冗談でいう死にたい、じゃなく、ガチ系の自殺にしか見えないじゃん。
が、んなことを直接はっきりバッキリ口にする根性も俺にはなかった。
「か、かっこいいすね……」
破顔。超可愛い、照れ笑いが入った笑顔である。カッコはクソダサいけど。
ていうか、せめてショッキングピンクのリストバンドだけでも外せばいいのに。
いや、まずそのテカテカして薄そうでサラサラしてるボトムスの方か。
視線に気付かれたか、榊さんは、子供っぽいドヤ顔をして、足をぐんと伸ばして見せてくる。多分、自慢してるんだろう。
「いいでしょ! このパンタロン」
「いいと、思いまス」
パンタロンって言うんだ、そういうの。えっと、服とか詳しくないけど、なんでそんなテカテカしてるんだ。サテンとかそういう材質なのだろうか。
ダサイヨ? なんて、ドヤ顔で胸張る嬉しそうな榊さんには、いえやしない。
俺は炉端の饅頭置かれた地蔵よろしく、穏やかな笑みを浮かべて助手席に座った。
田舎道を『異世界送り六号』で軽快に飛ばす榊さん。
外の風景は田畑も広がる、良い意味での田舎。まぁ、ここに住んでいないから言える感想ではあるが、本当に気持ちがいい。一年に一回くらいは来てもいいな、ってくらい気持ちいい。つまり、今日から毎日来るのは、地獄の入口だ。
遠くに見えるコンビニ。その手前の畑に寄せて、車は停車。
運転席を見ると、榊さんはタクシーについてるアレ、無線機を手に取る。
“こちら『異世界送り六号』。所定位置につきました、ドーゾ”
“除去班了解。待機お願いします。ターゲット確認後連絡します。交信終了”
おお……ちゃんと仕事っぽいじゃん、こういうの、こういうのでいいんだよ。これが仕事ってもんなんだよ、きっと。でも、待機って何だ。
「あの、榊さん」
「なに?」
「こっから、どうするんでしょう?」
「待機。ターゲットがくるまで、待つのよ。昨日渡した資料にあったでしょ? 毎週、このコンビニに、雑誌を買いに来るって」
たしかに書いてあった。しかし、丸見えな感じの農道紛いの道で、対象者が来るまで待つとか、受動的すぎやしないですかね。
例えばほら、家に直接おしかけてみる……のは犯罪か。でもほら、
「あの、対象の人を呼びだして、そこで……とか、そういのはないんですか?」
「いいとこに気付くじゃない。そう。昔は呼びだしたりしてたらしいのよね。けど、今は待機して、待ち伏せて、どっかん、って感じ」
「なんで、待ち伏せに変わったんですか?」
榊さんは眉を寄せて唇尖らせ、何やら唸った。そんな変な質問でもあるまいよ。
いやまぁ、俺は知らんのだけどさ。
「いくつか問題があるのよね。まぁ、一番多いのは不審だから出てこなくなるってパターンなんだけど、異世界送られ慣れしてる人達もいてね……」
送られ慣れるのかよ。対応策を考え着くほど異世界と現実の往復を繰り返すってのは、ダイハードな引きこもり人生だなオイ。
それなら、電話したらダメか。
でも。
だったら代わりにデータベースでも作って――
“ターゲット確認。そちらに向かっていきます。ドーゾ”
うぉ。いきなり無線が鳴ると、結構ビビるな。いよいよか。
何処にいるんだ。俺の目には見えないんだけど。
「キョロキョロしない。気付かれるでしょ?」
仰る通り。なんか、やってることは探偵とか刑事みたいだ。……違うな。暗殺者とか殺し屋とかそういう、危ない商売だ。結局ハネるんだし。
なんだか妙に肩に力が入ってしまう。これから轢くのか、と思うせいか。
違う。ハネるのか。間違えちゃいけないって言ってたな。
無駄に気を張り見張っていたら、左側から緑のトレーナーと小汚いジーンズを履いた兄ちゃんが、視界にとぼとぼ入ってきやがった。……便所サンダルつっかけて、髭も剃らずに家を出るとか、これはこれでハードな人生だわ。
榊さんが、ガチャコ、と無線機を手に取った。
“ターゲット確認。『異世界送り六号』、送ります”
送りますって言うんだ。ハネること。
緊張で口から溢れそうなくらい染み出す唾。ぐっと飲み込み、男を見る。ノコノコ歩いて、こちらに目を向けることもなく曲がり、背を向けた。
一応隣の榊さんを見ると、胸に手を当て深呼吸をしていた。ああ、やっぱり緊張するもんなのか。なんかちょっと安心した。
カっと目を見開いた榊さんは、カーオーディオのスイッチをオン。え、そっち?
――チャチャチャーチャチャチャチャー……
んあ? 何だこれ。聞いたことあるようなないような。とりあえずス○イハイじゃなくて良かった。
なんて思った瞬間、榊さんがアクセル・オン。
タイヤがキュギキギゥ、って悲鳴をあげた。空転の方は一切ない、ホイールスピン半歩手前の完璧なスタートだ。加速していく車。横からチラ見したメーターは、えらいことになっていた。
正面を向くと、目の前に迫るトレーナーを着た横道さん(二二才)。俺と同じ、紙ペラ一枚の人生の青年だ。接近に気付いて振り返る。
うぉ、いま目が合っ――
グワッシャ
ぶっ飛んで行く横道さん。見事に空中で伸身の月面宙返りをして、消えた。
全く意に介さずに田舎道を走り抜けていく『異世界送り六号』。
徐々に速度を落としつつ、榊さんが無線機を手に取る。
「こちら『異世界送り六号』ターゲットの転送完了。ドーゾ」
“こちら除去班。こちらでも確認しました。処理もいらなそうです。次いきましょう”
「了解、『異世界送り六号』、先行ったところでコンくんと替わって、次いきます。交信終了」
え、俺。そうか、一人目終わったから、次はこっちか。
マジかよ。いまの、俺もやるのかよ。
「あの、俺、まだ自信が……」
「大丈夫。誰でも初めてってのは自信がないもんよ」
爽やかないい笑顔だよ。でも、そういうことじゃねぇんだよ。
だがしかし。
インターンシップを引き受けてもらっている手前、文句を言えるわけでもなく、運転席に座っていた。車の運転は、採石場の時に比べりゃ遥かに楽だ。もしかしたら採石場なんて滑るトコで練習させたのは、車の練習のためだったのかもしれない、なんて思ってしまうほど。
まぁ? だからといって? 俺の鼓動の速度は一向に落ちやしないのだがね。
ついでに言えば、顔から噴き出す冷や汗の方だって、収まりゃしないのだ。当たり前だよ。今度はタイヤで踏みにじられようが数十メートルぶっ飛ぼうが死なない『異世界送られ君』ではなく、退けば死ぬ『普通の青年』が相手だ。
「そんなに気ぃ張ることないって。楽勝、楽勝」
あんたはな。俺は無理だって。人に思いきりぶつかりましょう、なんて習ったことないし、普通しないよ。
ああクソ、手が震えるし、足もなんかカクつく気がする。
ぷるぷるしてる俺を見かねてか、榊さんがやけに優しげな声で諭そうとしてくる。
「あのね? 中途半端に轢いちゃうのが一番まずいの。ハネ飛ばすときには即死級のダメージを与えないと。じゃないと、送られる人は血だるまで立ち上がる必要がでてきちゃう。そうなったら大変よ? だから、勇気を出して踏んでいこう?」
『踏んでいこう?』じゃねぇよ。ガラス越しに差し込む光すら返すような綺麗な笑顔で、怖いこと言ってるんじゃねぇよ。なんだよ即死級のダメージって。
じゃあ瀕死級のダメージってのも――。
“こちら除去班。ターゲット確認。そちらに向かっています”
「うぉあ!」
突然の無線にビビりまくりだ、クソったれ。
はふぅ、とため息をついた榊さんは、片肘をついたまま、無線機を取った。
「こちらー『異世界送り六号』です。コンくん、めちゃビビってるから、後処理いるかも。一応、目撃者の確認と排除、よろしくです。ドーゾ」
目撃者の確認と排除ってなんだよぉ。泣きそうだよぉ。こんなことならマジで、時期を逃さず、ちゃんと就職活動しておけばよかったよ。
パコンと軽く頭をハタかれた。痛くはないけど、やめて。いま、マジで吐きそう。
「大丈夫、コンくんなら出来るから。勇気をだして?」
勇気、勇気、勇気。
勇気ってなんだっけ。轢くことを恐れないことだっけ? 違うだろ。
ウッキウキの榊さんの声が車内に響く。
「お、あれだ。ターゲット確認。コンくん、アクセル踏んで!」
正面に十字路を横切ろうとする佐藤さんの姿。……やるしかねぇ。
こうなりゃもう、ヤケクソでしかない。
「う、ウス!」
俺はアクセルを踏み込んだ。
盛大にホイールスピンを始めてタイヤスモーク作って、我らが『異世界送り六号』は加速していった。
が。
「やっぱ無理だあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
人に向かってアクセル踏み込むのが勇気なら、俺はいらない。
そう、思った。
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