Q3.初仕事の思い出は? A.そりゃもう悲惨ですよ(笑)②

 仁王立ち。ちょっと不満げな榊さん。真っ赤な血痕。どうすんだ、事件現場。

「ま、したかない。結果オーライってことで。車の無線で、マサくん呼んで?」

「……ウス」

 やっちまった感がヤバすぎる。テンション上がるどころか、ダダ下がり。今日俺は、ヒト、殺しちゃったんじゃないだろうか。


 バシバシ叩かれる背中。痛くはない。でも、吐きそう。何で痛くないんだろう。

「気にしない! 気にしない! 最初はみんなそうなるって!」

 優しい榊先輩、でいいのかな。サイコパスになってるような気もする。泣きそう。っていうか泣いてるわ、これ。目の前が水で滲んでるわ。


 のそのそとフロントがべっこり逝ってる『異世界送り六号』に戻り、無線機を取る。なんだっけ、このスイッチ押して、喋るんだっけか

“……あの、すいません。俺、しくじっちゃったっぽいス……榊さんが、異世界なんとかって、あと、マサさんに来てもらえって。……ドーゾ”

“あー……まぁ、しょうがないですね。はじめてですもんね。今、そっち行きます”

 無線の相手、斎藤さんだったんだっけ……あとで謝ろう……


 無線を終えると、ほんとにすぐ来てくれた斎藤さんは、すぐに白いバンの中から変なタンクを取り出して、背負った。そして、そのタンクから伸びた細い棒の先から高圧の水を出して、テキパキと路面の血痕を消しはじめた。

 俺の方は、田んぼの横でしゃがみ込み、うなだれていた。

 地面しか見えない。……というか、見たくない。ダチョウ戦略ってやつだ。

 でも、意外と下だけ向いて耐えるってのは大変で、色々気になる。


ちらり。


 横目で見ると、榊さんはデカめのタブレットをいじっていた。今度は何してるんだ、あの人。やべ、視線に気付かれた。

 こっちにザッザと足音を立てて、寄ってくる。

「コンくん、一回目なんだから、そんなにヘコむことないって。次行くよ、次」

「マジすか……俺、吐きそうなんすけど」

 

 ぐっと前屈みになる榊さん。サイズが大きめのプロレスTシャツのせいか、首元から見えそう。ってか見えた。黒いスポブラ。……なんか萌えない。

「さ、行こう! 次は急ぎだから、私やるからさ!」

 元気っすね。でも、『異世界送り六号』はフロントベコベコですよ。

 

 立ち上がった榊さんは、小さいながら頼もしい手のひらで俺の頭を撫で撫でしてくた。……やるしかない。やるしかないぞ。単純でもいいのだ、こういうときは。

 頑張って、震える足に力を入れて、立ち上がる。

 背中がバンバン叩かれた。痛くはない。もしかして、そういう技術なのか、これ。

「よっし、行こうコンくん!」

「……おらっしゃあ! 行きましょう!」

 ヤケクソだ、バカヤロー。


 再び助手席こと定位置に戻る。先ほど榊さんは急ぎだと言っていた。このガラゴロいってる『異世界送り六号』は、一体どこに向かっているのだろうか。


「榊さん、急ぎの仕事ってどういうことなんですか? ターゲットの行動調査とかをしてるなら、用意周到、準備万端整えて、それからドカン、じゃないんすか?」

「んー……まぁ、普通はそうなんだけどさ。結局のところ対象になる人ってそこまで多くないからねぇ。そのせいでさ、他の会社とターゲットがバッティングしたり、あとは、これから相手する『異世界送りから守り隊』の妨害とか、そういうのよね」

 

 他にもこんなことしてる会社あんのかよ。というか、相手って何だ。それに、『異世界送りから守り隊』? そもそも、これ違法行為じゃないのか?

「被害者、じゃねぇや。ターゲットが訴えてきたりとかって、ないんですかね?」 

 引っかかってしまった信号を見上げていた榊さんは、目をそのままに、

「想像してごらん」

 と、言った。なんだそれ、ジョン・レ○ンか。


「コンくんに電話がかかってきます。番号を見ると、数年前から音信不通というか、引きこもりになってた友人Aくん。電話に出ます。友人A君は言う。俺、異世界に送られてたんだよ」

 信号が変わり、車が動きだす。そして俺の時間は止まる。なるほどなぁ。

 

 すでに納得しかけているのだけど、気付いていないのか、言葉は続く。

「で、コンくんに涙声で言う訳よ。俺と一緒に、裁判所に訴えてくれ。それがだめなら、一緒に警察に行ってくれ。さぁ、コンくん、どうしよっか? 一緒に行く?」

「……行かないすね」

「行かないよねぇ。まぁ、私も昔、同じ疑問があったしね。分かるわよ、コンくんの気持ちも。でも、安心して」

 

 続き聞きたくないなぁ。


「どうせすぐ慣れるし、考えなくなる」

 やっぱなぁ。社会人スキル発動ってヤツだよなぁ。


 そんな話をしている合間にも車は走り、周囲の風景は微妙に都会派。

 遠くから見た時は違和感バリバリだった、景観から浮いた高層マンションの足元。今度はあのマンションの住人がターゲットなのだろうか。

 予想的中なのかはわからない。しかし、『異世界送り六号』はマンションの手前で止まる。


 無線機を取った榊さんがカチカチと周波数をいじって、喋り出す。

“こちら『異世界送り六号』。所定位置つきました。ドーゾ”

“本部了解。ターゲットはマンション入り口方向から逃走中とのこと。要警戒。『異世界送りから守り隊』に追われている模様。転送準備は整っています。交信終了”

 転送準備ってなんだ。いや、それよりも気になる事がある。


「あの、榊さん、守り隊に追われてるって一体どういう意味なんで――」

 マンションの入り口から青年が飛び出て来た。

 これまでよりちょい若め。めちゃくちゃ頑張って、何かから逃げている。

 こっちに曲がってきた。青年と目が合う。安堵の表情。口が動く。た・す・け――

 いきなり加速を始める『異世界送り六号』。引きつる青年の顔。と、多分俺の顔。


――ゴワッシャ

 空中で横ひねりを加えて宙を舞う青年。

 マンションから横滑りしながらすっ飛んでくる軽自動車。

 そのフロントガラスに青年の身体が大突入。フロントガラスに穿たれた孔から、ぱわゎゎあっと光が漏れた。

 って車は急に止まれない。こっちの車とぶつか、どわ――


ガッシュン

 目が回る。ぐるぐる、ぐるぐる、目が回る。小学校の授業で作らされそうな自由律俳句を詠んだのは、榊さんがハンドルを右に切ったことで車が横滑りしたからだ。

 つまり、ケツが滑った『異世界送り六号』は、荷台の部分を突っ込んできた軽自動車にぶち抜かれたのである。その衝撃で、今のようにぐるぐる左回転をしてる。


 ということは、だ。榊さん、いや、隣の女は、俺の座る側が軽自動車にぶつかる様にしたって訳だよ。まぁ、仕方ないか、教習所でも本能でドライバーは避けようとするって言ってたし。

 あ、回転止まった。


 三半規管がぐわんぐわんと揺さぶられていたらしい俺の耳奥。今リンパ液が必死に止まろうとしている。その結果がこの眩暈にも似た視界の歪みだ。

 バゴンと金属が凹む音がして、天井が沈んだ気がした。今度はなんだ。

 左から人の気配。目を向けると、なんか金属バットをもった……浮浪者(?)が走ってきてる。コワイ。

 凄い怒ってる。頭から血ぃダラダラ出てる。ん? なんで上向いたんだ浮浪者。


 非常にスローモーな映像、聞こえる音は……声だ。

「いせかぁい!」

 屋根から飛び出てくる風になびくパンタロンの裾。榊さんだ。

 伸ばして足が浮浪者の頭を挟んでがっちりロック。

「ハリケーン・ラナ!」

 榊さんが体を伸ばしてブゥンと横方向に半回転。かっけぇ。

 

 そこで彼女は足のロックを解いた。

  

 結果、流浪の男は前宙みたいに回転しながら吹っ飛んでくる。こえぇ。

――ゴワッシャ

 車体と、俺の頭が、揺れた。

 砕けたドアガラスの下から、アステカ文明の文様を描く魔法陣が、空に向かって伸びていく。多分、流転の男が異世界に送られていく光。


「いせかぁい!」


 榊さんのマンション内まで反響して轟く声にビビり、目を向ける。

 逃げる男まで追っかけてるし。あ、後頭部掴んだ。

「フェイス・バスター!」

 逃げる男の頭を掴んだまま宙を舞う榊さん。その男の顔を、地面に叩きつけた。


グジャ

「あ」


 今、『あ』って言ったか? あ、って何だよ。

 って、血が広がってるじゃん。ヤバそうな雰囲気になって……榊さん、こっち見てる。こころなしか、顔が青ざめてるいる。

 とりあえず、行くだけ行ってみよう。なんか、ほっといちゃダメな気がする。


 扉を開け……開かねぇ。さっき吹っ飛ばされてきた男がぶつかった衝撃で、ドアが曲がったんだな。強引にバゴンと蹴り開けて、榊さんの所へ。

 アスファルトを血で汚す男。……酷いな。

 起こすのヤバそう。さっきまでみたいに、ぱわゎゎあって消えてないし、これ、本格的に殺しちゃったんじゃなかろうか。

 榊さんも茫然自失だしさ。マジでヤバいパターンなのか。


「あの、榊さん? 大丈夫、ですか?……あの、榊さん? さか――」

「言わないでコンくん。分かってる」

 やっぱ、まずいのか、これ。

「ハリケーン・ラナの呼び方でしょ? 確かにウラカン・ラナとは……」

 違うよ? 榊さん。

 

 聞きたいのは、呼称の問題じゃないよ。そもそも、ウラカン・ラナ以前に、ハリケーン・ラナから、もう分からないよ。

「大丈夫ですか! 近藤くん! 榊さん!」

 斎藤さんが来てくれた。彼は結果的に俺の心のオアシスとなりつつある。凄いありがたい。でもどうしよう、ここ殺人の現場となりつつありますよ。

 斎藤さんは前方回転エビ固めがどうたらこうたら言ってる榊さんをスルー。


「近藤くん、怪我ない? 大丈夫かい?」

「あ、はい。大丈夫です。っていうか、この人、どうしましょう? ってなにを?」

 強引に男を引き起こした斎藤さんはこっちに来いと、手を振った。

 とりあえず近寄ると空いてる方の男の腕をもたされた。やべぇ、力が抜けてるこの感じ、今日二回目だ。しかもさっきより力抜け気味。

 

 そして斎藤さんは、ぶつぶつと語り続けていた榊さんも呼んだ。

「榊さん。この人、僕のところに振ってください」

 え、振るってなに。いきなり訳分からない事を言わないでくださいよ、斎藤さん。

 こっちに来た榊さんが、彼に代わって男の腕をもった。丁度俺と榊さんの間で、男は捕まった宇宙人グレイ状態。なんとか立ってる。すごいな、この男。


 こっちを見る榊さん。やっぱり顔が青い。もしかして、さっきのプロレス談議、精神安定のために唱えてた呪文みたいなものだったのか。

「いい、コンくん。一、二の、三で、この人、マサくんの方に振るわよ?」

「え、あの、振るって何すか? 振る?」


「プロレスで見た事あるでしょ? あの、ロープの方に相手を投げるようなの。あれを振るっていうの。あの要領で、マサくんの方に、この男を、二人で振るのよ」

「え、だってあれって、投げられる方の協力もないと――」

「一、二の――」

「ちょま――」


グチャ


「何やってるの!? ちゃんと振って!? 早くしないと死んじゃうでしょ!? いい? いくわよ!?」

 いくわよ、じゃねぇよ。まだ理解が追いついてねぇし、まず、この人自立できなくなってるじゃんよ。慌てているのは分かるけど、どうしろってんだ。

 瞬間、俺の精神がぷっつり音を立てて切れた。

 ……よし、俺が頑張ろう。

「う、ウス」


 一生懸命引っ張り上げる。足ぐにゃってるよ、この人。振れるのだろうか。触れたとしても、走れるのだろうか。大体、走って行ってどうなるというのか。

 榊さんが焦燥感の混じった震える声を出した。

「ああ、自立できなくなってる。次はコンくんが合図かけて? 私が技にするから」

「あ、はい。一、二の――」


 二人で前後に男を振る。相変わらず、足ぐにゃぐにゃ。

 俺が三、と言う瞬間に合わせて、榊さんが叫んだ。

「いせかぁい! ハンマースルー!」

 不思議なことに男の足はしっかりと地に着き、走りだす。どうなってんだ。


 新たに湧いた疑問はおいて、男が走る先に目をやる。

 半身を前に出して、やや腰を低く、前屈みで構えている斎藤さん。真剣な顔をして走る男を睨みつけていた。まさか、タックルする気なのか。


「いせかぁい!」

 あ、違うわこれ。なんか、またプロレス技だわ。

 斎藤さんは男の腹にタックルのように肩を入れる。

「スパイン・バスター!」

 男を抱えるようにバネを使って伸びあがり、男を抱きかかえたまま一八〇度反転。

 首元辺りを手で押し下げ、地面に身体ごと落とす。


――ゴッチャ


 ……マジで死んだんじゃねぇか、あの人。

 あ、でも赤い光が男を包む。なんだろう、馬に乗った人……騎士かな。ナイト風の文様が描かれた走馬灯型魔法陣が、天にそびえる塔となっていく。結構カッコイイな、これ。

 そしてやっぱり、ぱわゎゎあって、男ごと消えた。

 

 快活を画に書くとこうなります的な笑顔の斎藤さんが、こっちに近づいてきた。その足取りは強く、俺は笑顔が恐怖のサインになりつつあった。

「なんとか間に合ったみたいですね。危なかった」

 間に合ったのか、あれで。


 予想通りなら、異世界に行った直後に突然の死、みたいなことになりそうなんだけど。でもまぁ、いいのか。向こうに行けば、死んでも生き返ったりするんだろうし。

 隣からも、榊さんの安堵のため息が聞こえた。

 

 バンから清掃道具を取り出してきた斎藤さんが、アスファルトに残る戦いの跡を消しだす。これ、傍から見ると完全に犯罪集団なんだけど、大丈夫なんだろうか。

 腰に手を当てた榊さんは、澄んだ眼をしてこちらを見ていた。彼女の額には――理由を知っているだけに――さわやかには見えない汗が、輝いていた。


「大丈夫? ケガはない? こいつらが『異世界送りから守り隊』の連中よ」

 いまさらかよ。バット持ってきたりする危ない奴がいるとか、先に教えてくれよ。色々教える順番間違ってますよ、って言いたい。でも言わない。理由は単純だ。


 何一つ手伝えていないから。流石に一人の青年として、小柄な女性が素手で男二人に飛びかかるのを放置するのはどうか。……どうでもいい気もするが、よくない。

 俺、ドMになったんだろうか。


「あの、榊さん。さっきの今で気になったんですけど、プロレス技じゃないと異世界に送れないんですかね? あ、もちろん『異世界送り六号』とかは別として」

 きょとんとした榊女史。また変な質問だったかね。


「プロレス技が、たまたま効率がいいだけみたいよ?」

 効率ときたか。しかも『みたい』って、伝聞の上に半疑問形か。


「榊さんも原理が分からないとか、そういうことなんですか?」

「んー。私も正確な原理まではね。ただ、教えられたことは、衝撃がポイントらしくてね? わりかし多いのが軽トラも含めた、自動車事故。それから落下。まぁ、他にも昔から、溺れたり、テレビに入ったり、とか、色々あるけどね。でも効率いいのは、衝突らしいわよ」

 うわぁ、単純。


「さ、とりあえず、助手席に乗って?」

「……うす」

 俺の思考は、停止しつつあった。

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