Q1.取っておくと便利な資格は? A.やっぱり、MT免許ですね(笑)

 その日の俺は、もうブラックでもなんでもいいから、今からでも受けられる会社を紹介してくれと、大学の就職課のおっちゃんに懇願していた。


「お願いします! お願いします! もう時間がないんです! 後もないんです!」

 俺は、卒論できりゃ余裕よ、余裕なんていう時代錯誤の思考のせいで、卒論の目処が立った頃には、完全に就活戦線に参戦し遅れていた。しかも、参戦してからの成績も惨憺たるもの。


 一社たりとも、一次面接すら突破できやしなかった。

 そして気付けば、二次募集も終わりかけてる。つまり、このままだと、晴れて春からフリーター生活の開幕、なんてことになりかけていた。

 

 俺の担当をしてくれていた就職課のおっちゃんは、お前の担当させられてるこっちがブラックだよ、とでもいいたげな苦笑いをこちらに向けた。

「そうは言ってもねぇ、近藤こんどうくん、普通に何もしてきてないじゃん。これでどうしろっていうのさ。ねぇ課長?」


 そう言って振り返えったおっちゃんの視線の先には、頭が真っ白になっちゃったおっちゃん。多分、うちの大学の学生があんまり成績振るわないもんで、あんな髪色になったんだろう。


 課長さんはパソコンのモニターから目を外すこともなく、答えを返した。

「うーん? んー、そうだろうねぇ」

 何も聞いてないよね、課長さん。まぁいい。

 とにかくなんでもいい。仕事、いや、面接を一つでも良いから寄こしてくれ、おっちゃん。じゃないと……じゃないと俺は、怒ると結構怖いんだぞ?


ゴッシャ。


 就職課のカウンターに激しく頭を叩き付け、俺は懇願した。

「お願いします! お願いします! お願いします!」

「だからさぁ、近藤くんには、もう色々見せたじゃん? 新卒はもう時期的に難しいんだって。ねぇ課長?」

「んー? あぁ。そだね」

 

 何だよ、何だよ、その気の抜けた返事は。そりゃ、確かに説明会ぶっ飛ばしたりしたけどさ。大学の就職課って普通はこう、学生に優しいもんじゃないのかよ。仏のような優しさをくれよ。


「そこをなんとか――」

「無理」

 大学が差し伸べてくれるはずの慈悲の手は、たった今切断され、宙を舞った。

 

 うなだれ、就職課を訪れた何万という学生のケツを座らせてきたであろう、クッションのヘタれた椅子に座る。床汚いし、変な臭いするし、他に行くとこないし。どうしよう。


 こうなったらワンチャン、教授の所にアタックかけてみようか、なんて思っていたときだった。床を見ていた俺の視界に入る、おっちゃんの茶色い便所サンダル。靴下は灰色だった。


 頭の上から、さながら異世界の神からのテレパシーのような声が聞こえる。

『近藤くんさ。僕が話、聞こうか?』

 顔を上げると、課長さん。

 ……俺担当はどうしたんだよ。ほっといて課長に丸投げかよ。


 しかし、もうどんなチャンスでも逃す気はない。

「お願いします……」

 通されたのは、小さな会議室。ああ、まるで中学校の頃よく入り浸ってたカウンセリングルームのようだ。

 白くて、なんか臭くて、しっぶい出涸らしのお茶が出される、この感じ。

 

 課長さんは、俺が以前提出したプロフィールが書かれたペラ紙を興味なさげに眺め、もうつきなれましたって感じで深いため息をついた。

「近藤くんさ。趣味、読書ってキツくない?」

「あー……まぁ、そう、思ったんです……けど……」

 あまりにも真っ当なご意見に、どんどん声が小さくなってしまう。


 情けない話ではあるけど、誇大妄想入った『趣味・乗馬』みたいなことは書けない。そうかといって『趣味・ゲーム』なんてもっと無理だ。だから、仕方がなくて、仕様がなくて、俺は『趣味・読書』って書いておいたのだった。


 課長さんは、プロフィールの書かれたペラい紙一枚をテーブルに置き、その上で指でトントン叩く。課長さんの手の下敷きにされているペラい紙が、俺の全人生。


「例えばさ、何読むの?」

 ああ、説教か。いや、世間話か。

 多分、俺が就職課を出た後、すぐに大学の一番高い建物の窓からすぽーんと外にフライアアウェイした時のための保険。


「えっと……なんでしたっけ、えー……カミーユ? でしたっけ?」

「カミュね。カミーユだと近藤くん、流れ星みちゃうよ」

 なにそのカミーユも知ってるよボク、アピール。いらないよ、課長さん。

 確かに俺は嘘ついた。嘘ついたけど、別にいいじゃん。いまどき面接でそんなの聞いてくるの課長さんくらいっスよ。


「本当はどんなの読むの?」

 ニヤつかないでよ課長さん。

 分かったよ、あんたのご期待にこたえてやるよ。


「えっと、ネット小説、とか……」

「ふぅーーん……」

 ほらきた。その表情、そして背もたれにガッツリ体重かける、その態度。もう完全に興味なくなってる。大学の授業でそんなこと言ってたよ。興味なくなるとみんな身を引くんだよーって、言ってたよ。


 あれ? なんで身を乗り出すんすか、課長さん。俺、そういう趣味は――

「異世界とか、行ってみたかったりするの?」


 はぁ? 頭おかしいのか、このオッサン。


「いやー……ははは……はは、冗談キッツイすよぉ」

 なんで真面目な顔してるんですか。そんな面白いこと言ってないよ。普通だよ。


 課長さんは真面目な顔を保ったまま、ゆっくりと口を開いた。

「なんで?」

 何でじゃねーだろぉがぁ! 何でじゃねぇよ? 行きたいんじゃないよ、見たいんだよ!

 

 まぁ、そんな主張をしたところで、この課長さんはそんなことを全く理解できないに違いない。そういうもんだ。

 きっと、このゲンドウポーズの課長さんは、学生をノセといて落としたいのだ。

 付き合ってやろうじゃあ、ないか。


「やー……まぁ、大変そうじゃないすか。なんか、レベルとか、スキルとか、そういうのって実際使えたって、ねぇ?」

 何が『ねぇ?』だよと思いつつも、この辺でちょっと課長さんの出方を見る。どうせ、もう今日は行くとこもやることもない。


 課長さんは、ボールペンをカチカチしながら言った。

「レベルねぇ……まぁ、行きたくはない、と」

 そう言って、俺の人生を凝縮したペラい紙に何事か書き込んでいく。

 反対向きだから良く見えないけど、丸にファ、その横にN行、って書いてある……のだと思う。何? ファンタジーノット行きたくないってこと?

 

 課長さんは、俺の人生を持ちあげ指でペシペシ叩きながら、変なことを口走る。

「じゃあ、例えば、SF世界とか、他には、ラブコメとかそういうのには、どう?」

 何だろう、この質問責め。何かの試験か、あるいは紹介企業にそういう子はお断り、とか書いてあるのか。もしくは本当に俺の事を心配してくれてるんだろうか。

 

 ……ないだろ。いやまて、それすらブラフかもしれんぞ。だったらここはひとつ、本領を発揮、面接を想定した対応がいいのではないか、俺。


 黙り込んで考えていた俺に、課長さんが聞き直してきた。

「……どうなの? 答えにくいかい?」

「いえ、SF世界はちょっと、規模によりますね。例えばタイムスリップとか、そういうのだと。タイムパラドックスなんかが――」

「そういうことじゃなくて」


 じゃあどういうことだよ、クソが! 


「行きたいか、行きたくないかだけでいいよ」

「……いやぁ、別に行きたくはないです……」

 また俺の人生にカリカリ書き込んでいく。すごいな、俺の人生段々黒くなってる。その内真っ黒だ。いや、真っ暗か。真っ黒リア充。ただし書かれている事はネガ。


 課長はペンをカチカチ。眼鏡を中指で上げて、からの。

「じゃあ、行かせる方はどうよ?」

 何言ってるの? この人。


 行かせる方ってどういう事だよ。つまり、異世界に行かせる方になりたくありませんか? ってことですか? 

「おっしゃる意味が、そのぉ……」

 ほら、もじもじしちゃったじゃん。その方面のコミュは苦手なんだよ、俺は。

 

 課長さんは立ち上がり、一言。

「ちょっと待っててね。あ、お茶と、そこのお菓子どうぞ」

 いらねぇよ。こんなうっすいお茶と、謎の歯にベタベタひっつきそうなお菓子。でもまぁ、課長さんが企業情報持ってきてくれるっぽいし、茶くらいなら? もらってやってもいいか? 


 しばらしくして、俺が薄い茶をすすり、歯につまった菓子を舌で取ろうとモゴモゴしていたとき、課長さんが入室。

 手に、黒くて分厚い、禍々しいオーラを放つファイルを持っていた。

 なにそれ、ブラック企業専門の情報誌とかそういうことなのか。

 

 課長はパーンと机にそれを叩きつけ、正確にはそっと置いて、開いた。

「近藤くんさ。ネット小説とか良く読むんでしょ?」

 またやり直しすかよ、課長さん。もういくらでも付きあっちゃいましょう。

「あ、はい。まぁ。多少は」

「じゃあさ、異世界に行かせる方の仕事、今からでも、インターンシップの枠、空いてるけど、どう?」

 

 ……異世界に行かせる方の仕事て。マジか。課長さん、マジか。

  結構いい給料もらってそうな御身分だよね、大学だしさ。そういう立場の人が言っていい内容じゃないですよね、それ。

 

 まぁ今からでもいけるインターンシップとか興味はあるから、聞いてはみるけど。

「えっと、どういう仕事なんでしょうか? 送るって……」

「うん、まぁ言葉の通りなんだけどね。僕もさ、詐欺かな? くらいに思ってる、すごい変な名前の会社でね。けどほら、近藤くん、さっきブラックでもいい、って言ってたじゃん?」


 じゃん? じゃねぇよ。……じゃん? じゃねぇよ。

 

 まぁでも、四の五の言ってられねぇ。

「どんな名前の会社なんです?」

「えーっと、秘密結社、異世界に送る会、後ろ株」

「うっわぁー……すごい、先進的な名前の、会社っすねぇ……マジすか?」

「マジ。ヤバいよね、この会社名。なんでウチきたの? って僕も思ったよ。腐ってもここ大学だよ? まぁ、ほんとに腐ってるけどさ、ははは」

 ははは、じゃねぇよ。マジで言ってるのかこの人。そんな会社があるわけない。


 あ、企業情報みせてくれるんすね。

 どれどれ、ってマジか。秘密結社・異世界に送る会(株)。

 給料は、っと……二十万。マジか。これブラックだわ。休みなしパターンだわ。


「えっと、これって……ブラックって奴です、よね?」

「そりゃまぁ、それでいいって言ったじゃん、近藤くん。でも、インターンシップだしさ。最近じゃインターンシップで学生獲得とかやってるし、やってみれば? なんせ、それ紹介したのさ、近藤くんがはじめてだから。意外と面白いかもよ?」

 

 かっるいなぁ、軽いなぁ、課長さん。俺の人生、そのちょっとだけ黒くなった紙ペラ一枚だしね、そんな扱いだよね。

 でも、あれか、何もないより、はるかにマシか。

「じゃあ……お願い、します……」

 まぁ、冷やかし半分だけど、もしかしたら、な。


 翌日。やたらめったら青い、朝の空。うぜぇ。

 ドのつく田舎を走る電車に乗って、クソのつく田舎の駅に降り立った。もらった地図に目を落とし、遠くにのどかな田園風景と中央にぶっ立つ景観破壊の高層マンションを横目に歩く。

 そして、地図の住所に立つビルを見上げる。


「マジか、ちゃんとしたビルじゃん。デカくはねぇけど」

 俺の目の前にあるのは、秘密結社・異世界に送る会(株)。その本社ビル。

 本社て。支社もあるのかよ。とはいえ、四角く小さい普通のビルだ。

 駐車場にやたらと軽トラが止まってる事以外は。

 

 もうちょっと企業情報を見とけば良かった、なんて思いながらビルに入ると、普通に受付。受付嬢可愛いじゃん。なにこれ。

 とりあえず、のこのこ白い受付カウンターに近づいていく。

 

 こっちに気付いた受付嬢ちゃんが、チラっとこちらを見て、満開の花。いや、満開の造花のような笑顔。まぁそりゃ、いつもニコニコしたかったら造花だわ。

「あのぉ、こちらで、その、インターンシップの……」

 造花だと分かっていても、なんだか声が出にくくなる。悲しい。

 

 そんなコミュ力不足を察してか、受付さんは造花をもうちょっとだけ、本物らしくしてくれた。

「伺っておりますぅ。奥のエレベーターから三階、実行部の方へどうぞぉ」

 なんという、ぽわっぽわの声。どうやってその声作ったんだ。綿菓子でも喉に詰め込んでるのか。まぁいい、それより実行部ってなんだよ。ちょっと怖いネーミングだな、それ。


「分かりました。ありがとうございます」

 ペコリと一礼。大事だ、こういうのは。

 インターンシップと言っても、面接はある。つまり、受付からいなくなったら即内線電話、なんてのもある話。背中に感じる視線に対し、カツカツ機敏に歩いてやる。

 エレベーターを呼んで、ちらり。見てねーじゃねぇか、彼女。


――ガゴン

 ガゴンときたエレベーターに乗って三階へ、実行部ってのはどんなところだ。

 ボタンを押すと、想像以上に早い上昇運動。体に感じる加速感。

 そして止まって浮遊感。

――ティン

 ティンじゃねぇよ、と思いながらエレベータを後にする。

 

 マジかよ、普通のオフィス……じゃねぇか。やたらパーティションで区切られてて、迷路みたい。

 パーティションメイズを潜り抜けていくと、え、いきなり部長さんっすか。

 え、どうしよう。この部長さん、筋骨隆々で超こえぇ。

 

 マッスル部長が、ニカっと笑い、一言。

「やぁ、君が近藤、勇一ゆういちくんかな?」

「あ、はい。インターンシップで――」

「君、異世界に行きたい人ってどう思う!?」

 声でけぇし、遮られたし。どう答えるのが正解なのか分からない質問だし。

 

 多分、コレいきなりタイプの面接だよね。 

 何て言えばいいんだろう。異世界に送る会って言うぐらいなんだから、そういうの好きな方がいいのか? でも、フィクションとは分けて考えたいしな。


「近藤くん?」

「あ、すいません。えーと、僕は、そう言う人好き――」

 マッスル部長、表情曇ったし。なんでだよ、異世界送る会なのに。

 早め早めで軌道修正しないとだ。

「ってわけじゃあ、ないんですけど、仕事の方には興味あるかなって……」

「うーん……異世界に行きたい人は好きじゃないのかぁ……どうなんだろうね、そういうのはさ。うちの会社の対象者でもあるわけだしさ」

 さっきの表情はブラフかよ。誘導尋問的な、そういうタイプの面接かよ。


「すいません。まだ、その、良く分かってなくて。どういう人達なのかも、あんまり知らないですし。ネット小説とか、そういうのしか読んだことなくて」

 マッスル部長は腕を組み、上腕二等筋をパンプアップ。

「うん、まぁ、基本的にはダメな人達だよね」

 合ってるじゃん。あんま好きになっちゃダメな人種の人達じゃん。


 それでも普通に話を続ける、マッスル部長さん。まぁ、止めないけどさ。

「だからまぁ、好きになれとか、そういうことは言わないけどね、嫌いにはならないでね。彼らがいないと、我々もおまんまの食い上げって奴になっちゃうからね」

 何? おまんま――


まきさん! 何ですかあれ!」

 いきなり飛び出てきた女。うわ、すげぇ美人。何、この人。ちょっと気が強そうだけど、結構好みかもしれない。

 もしかしなくても、受付嬢ちゃんも入れて、美人二人目。この会社、それだけで存在価値があり。


 おねえさんは凛とした声をあげ、マッスル部長こと牧部長に詰めよっていく。

 牧部長は冷や汗をかきながら、こちらを指さした。

「ああ、榊くん、彼だよ、彼が近藤くん」

 キッて感じでこっちを睨むおねえさんこと、榊さん。そのまま、ギギギって感じで黙ったまんま。俺、まだ何も言ってないんだけど。

 もしかして、もう問題の原因になっているのか。

 

 榊さんが牧部長の方に振り返る。

「こんな挨拶もまともにできない子、私、指導できる自信がありません!」

 あ、そっちか。ド正論だわ。どうすっか。謝るしかないか。

「すいあせん! 挨拶おくれました!」

 ガッツリ頭を下げ、なけなしの勇気を振り絞り、俺は叫んだ。噛んだけど。

「うっさい!」

 まぁ、そうっすよね、叫んだもんね。


 怒れるカーリーとなった榊さんを宥めるように、牧部長が声を出した。

「まぁまぁ、榊くん。とりあえず、面倒見てあげてよ。お願いだよ。今週末のチケット、取れるか聞いてみるから」

 なぬ。榊さんは、牧部長の女なのだろうか。でも、榊さん、めちゃ怖い顔でこっちを見たまんまなんですけど。

 チケット、効果薄そうですよ、牧部長。

 

 ふっと目の力をぬいた榊さんは、部長さんに振り返り、さらっと言った。

「分かりました。インターンシップでしたよね。面倒みます」

 見てくれんのかい。ありがたいけど。


 てか、俺面接通ったってこと?

「ありがとうね、榊くん。ちゃんとチケットおさえとくからね」部長さんは俺の方に顔を向けて、ニカリと笑う。「それじゃあ、キミ、近藤くん、細かいことは榊さんに聞いてね」

 榊さんは俺に向き直る。眼力すごい強いな。

「榊、葉子ようこです。あなたの指導役」

 超ぶっきらぼう。何だこの人。美人だけど性格キツすぎだろ。

 

 でもまぁ、相手は指導役なんだし、仲良くしないと今後がまずい。なんせ、一週間はあるんだし。

「近藤勇一です! よろしくお願いします!」

 耳を押さえた榊さんの顔には、不快が張り付いた。そして腰に手を当て、仁王立ち。身長は低いけど、足長いなこの人。パンツスーツが似合って……太ももの筋肉、発達してるなぁ。走ってるんだろうか。

 

 そのまんまの姿勢でいた榊さんは、パーティションの迷路に向かって、きびきびと歩きはじめる。

「だから、うるさいって。ついてきて」

「あ、はい」

 俺返事しかできてねぇ。ダサすぎる。でも仕方ない。それ以外に言える事がない。

 

 質問くらいはしといた方が、心象いいだろうか。

「あのぉ、榊さん?」

「何?」

「秘密結社、異世界に送る会って、ちょっと変わった名前ですよね。なんか、名前の由来とかってあるんでしょうか?」

 榊さんはカっと止まって踵を返す。黒髪ロングが鞭のようにしなって体を巻いた。


「秘密結社の方? 異世界に送る会の方? どっちの由来が気になるの?」

 どっちもだよ! って言いたいけど、物には順序、起承転結がないと困る。

「えっと、とりあえず、秘密結社の方から、聞いてもいいですかね?」

 振り帰り、さらに奥へと歩いていく榊さん。何も言わない。マジか。説明なしか。


 ゲンナリしながらついていくと、パーティション迷路にオアシス出現。謎の休憩所に辿りついた。

 白い楕円テーブル。中心にそびえし電気ポット。安さと信頼を感じるティーバッグ。そして、歯にこびりつきそうな黄金色の菓子。

 榊さんは楕円テーブルに並ぶ、細いパイプのチープな椅子を引き出して、「どうぞ」と、言った。

 

 断る理由もないし、とりあえずそこに座る。

 隣に座った彼女は紙コップにティーバッグを放り込み、タパタパとお湯を注ぐ。

「秘密結社って知らないの? 聞いたこともない?」

 なんか、いきなり優しそうな声。やべぇ、大学で聞いたことある、これ。DVとかIPVとか言われるやつのパターンだ。怖い思いをさせて、優しく声かけ『俺頑張るから』の魔法の三段論法。


「えーっと、俺が知ってる秘密結社っていうと、あの石切りギルドから出来たってやつとか、あとはなんでしたっけ、光の教団? でしたっけ? そんなのくらいしか」

 片肘をついて、ため息一つの榊さん。

「知ってるじゃない。まさにそれ。うちはまさにそれよ、近藤くん。あ、コンくんでいい?」


 まさにそれって、この会社、大丈夫なのかよ。というか、コンくんって、近藤だからなのか? まぁいいけどさ。別に困らないし人生で初めて美人にコンくんって呼ばれて、ちょっと嬉しいけどさ。


「あの、でも、秘密結社って、なんか怖いようなイメージがあるんですけど」

「なんで? 結社、つまり、会社とかクラブとか、そう言うのを作ったとき、それがたまたま秘密だったってだけじゃない。それに、コンくんの言った石切りギルド、広報だってあるわよ?」

「あぁ、まぁ、たしかに、たまにテレビとかでやってますよね。そういうの」


 俺は完全にびびって茶を一口。

「……それじゃ、異世界に送る会の由来は?」

 ジっとこちらの目をみてきた。しかし、さっきと違って、力を抜いた優しい眼。

「そのまんま。私たちの仕事は、異世界の人から依頼を受けて、社会的にいらない、あるいは、いると迷惑な人を、そこに送り込む。それが仕事よ」

 ……今、すごい優しい声で、サラっと怖い事言っただろ。


 なんだよ、社会的にいらない人って。異世界の人から依頼を受けてって文言より、そっちのほうがずっと怖いよ。

「えぇっと。でも、それじゃ、なんで、作った時は秘密にしてたんですかね?」

「それは……やり方が、ちょっとばかし、こう、見られたらマズいというか……」

 ナニ。なんでそこで急に言い淀んじゃうんだよ。モジモジしてるし、見られたらマズいってどういう方法なんだよ、それは。


 俺は思い出す、異世界に送られる代表的な方法を。そして、ビルの駐車場に妙に多く並べられた軽トラックを。

「えっと……まさかとは思うんすけど、トラックで轢く……とか?」

「轢かないわよ。轢いたら死んじゃうでしょ?」

 

 あ、良かった、安心した。そうだよね、流石にそういう話じゃ――

「ハネるのよ」

 は? 

「……ハネるって、その、下に置いてあった軽トラで?」

 榊さんは、ガッシと俺の肩を両手で掴み、血走った目で叫ぶ。

「そう! 軽トラで!」


 すぐに手を離し、ストンと椅子に座って真顔で言葉を繋いでく。

「まぁ、あれ軽トラじゃなくて『異世界送り』だけどね。営業車も混ざってるし」

「異世界への営業って軽トラでするんですか!?」

「そういう担当もいるって感じね。まぁ、うちは実行部だから、単に軽トラで対象者をハネ飛ばすのが仕事だけどね。あとで見せてあげるわ」

 営業の方が楽しそうだな、この会社。今からでもそっち回してもらえないかな。


 まぁ、そんなことより、今はもっと大事な確認がある。

「あの、あと、俺、とりあえず面接は通ったってことでいいんすかね?」

「もちろん。書類来て、資格見て、合格」

「またまたぁ、資格って、俺、車の免許しか……え?」

「『異世界送り』ってよく壊れるから。マニュアル車じゃないと高くつくのよ」

 マジかぁ。MT免許、異世界に送るのに、超便利。 

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