秘密結社 異世界に送る会(株) インターンシップ

λμ

プロローグ

「お、あれね。ターゲット確認。コンくん、アクセル踏んで!」

「う、ウス!」

 『異世界送り六号』のアクセルをガッツリ上から踏みつける。響くスキール音。

 バックミラーに映るタイヤスモーク。見た目軽トラとは思えない加速。

 

 俺とさかきさんの乗る『異世界送り六号』の正面には男が一人。しょぼくれ、着古されたスウェットの兄ちゃん。

 男はこっちを見て、両手を挙げて叫び始めた。

 

 榊さんの、やたら嬉しそうな声が左隣りから聞こえる。

「動き止まった! 完璧よ!」

 加速する車。顔を恐怖に歪める男。

 勇気出せ。勇気出せ! 俺!


「う、うぉぉおッ! ……やっぱ無理ィィィ!」

 体を貫く倫理観に負けて、無意識の内に思いっきりブレーキを踏んでしまった。

 ABSのついていない『異世界送り六号』のタイヤは路面を滑走する。ああ、ダメだ。これは、もう、間に合わない。


――グシャリ


 ああ、なんだこの車の感触。はじめて感じたよ、こんなの。

 人って、ハネるって、こんな感触なんだね。さようなら俺の免許、そしてさようなら、俺のペラい人生。


「バカ!」

 バカンと小気味よく叩かれる、感傷に浸っていた俺の頭。痛くはないが、音がすごい。普通だった怒りたい。しかしミスしたのはこっちだ。仕方ない。

 もう、いっそグーで殴ってくれてもいい。


「降りて! コンくん!」

 バダムと響く助手席のドア。榊さんが降りたんだろう。何する気なんだよ。

 

 恐る恐る顔をあげ、人生で初めてハネた男の顔を見ようと試みる。あ、ダメだ。フロントガラスがグシャって、前見えないわ。……降りるか。

 仕方がなく運転席のドアを開け、車外へ脱出。心地よい田舎の空気。残念ながらその空気を楽しむ精神的余裕はほとんどないが。

 

 前に回って車の前面を見てみると、我らが秘密結社の営業車兼お仕事道具『異世界送り六号』は、無残にもフロントが大破していた。まぁ、そりゃそうだ。人をハネたんだし。


「大丈夫ですかぁ?」

 榊さんの猫なで声が聞こえた。きっと俺がハネ損なった佐藤淳平さとうじゅんぺいさん(二四才)に声かけ確認中なのだろう。

 勇気を出して、そっちの方を見よう。嫌だけど、嫌だけど。

 

 地面に転がるスウェット男性。路面に広がる真っ赤な鮮血……はなかった。頭は血だらけだけど、とりあえず生きてはいるらしい。周りを確認。人の気配なし。除去班すげぇ。

 哀れなスウェットメンの前にしゃがみ込んでいた榊さんが、手招き言った。

「ねぇ、コンくん! コン! 早くこっち来て!」

 

 はいはい、行きます。今行きますよ。

 ……うわ、近くで見ると結構グロいじゃんか。泣きそうだよ。

「……えっと……なんすか?」

「こいつ、立たせてくれる?」

 マジか。普通ハネた人って立たせたり、歩かせたりしちゃダメなんだって教わってるよね? ほんとにやんの? 俺が? そうだよねぇ。俺しかいないしね。


「う、ウス」


 クソ、見た目がグロすぎて、足が震える。しかも佐藤さんのスウェット、超くせぇ。たまには洗濯してくれよ、気に入ってるのは分かるけどさぁ。

 

 福祉実習で習ったやり方をぼんやりと思い出す。たしか、脇の下に腕を差し込んで、肘を曲げるように、背中は無理なく伸ばして、体重を後ろに落とすように。

 グイっと。うぉ。ちゃんと上がった。


「うぅ……ぅぁ――」

「うぉあ!」佐藤さんの突然の呻き声にビビる。って、やべ――


ゴン


 手ぇ、離しちゃったじゃんよ。バカンと叩かれる俺の頭。また榊さんだ。

「バカ! 可哀そうでしょ!? ちゃんと立たせて!」

 人ハネといて、可哀そうはないだろうよ。けどまぁ仕方ない。そういう仕事だし。


 また声出されてビビったらヤバい。今度はちゃんと、声かけてからにしておこう。

「ごめんなさいねぇ、佐藤さん。異世界、行きましょうねぇ」

 腰を掴んで、ベルトを持って、ぐいぃっと。ああぁ、力がだらんと抜けてて、マジでヤバそう。怖い。

 体起きないよ、これ以上。どうする、頭持ちあげる? 血まみれだよ? 

 

 無理。


「……えぇっと、これでいいすかね? てか、QQ車とかいいんすか?」

 いつの間にか離れていた榊さん。なんかストレッチしてる。膝と肩周り中心の。

「あの……何、するんです?」

 榊さんはその場でピョンピョン跳ねて、肩をグイッと一回転。こっちに向かって走ってくる。それも猛然と。ものっそい足早いな榊さん。

 

 って何する気なんだよ、あんた。

 

 走ってきた榊さんは、こっちに向かってジャンプ。俺の時間がスローモーション。

 何か叫んでやがる。

「いせかぁぁい! スウィングDDTィ!!」


 俺と佐藤さん(二四才)の方にすっ飛んできた榊さんは、勢いそのままに佐藤さん(二四才)の首を脇に挟んで、がっちりロック。

 ブゥゥンと鋭い音を立て、横方向に半回転半。

 体重と遠心力を佐藤さん(二四才)の頭に乗せて、アスファルトに叩きつける。

 というか、刺した。


――ゴッシャ

 

 見事にアスファルトに頭をぶっ刺された佐藤さん(二四才)。ドックン、ドックンと鼓動に合わせて鮮血を路面に広げていく。マジでひでぇ。

 榊さんは後転でもするように、グンと自分の足を引き上げる。シュパっと手伸ばし、ハンドスプリング。華麗に跳ね起きた。


「どうかな? 行ったかな?」

 逝ったじゃなくて? 


 路面に突っ伏し、高々とケツをかかげた佐藤さん(二四才)。その身体から、緑の光が溢れでて、円筒形の魔法陣を構成していく。

 魔法陣は、古代アステカ文明風の文様が描かれた半透明の壁へと形を変える。その半透明の円柱は、天に向かって伸びあがり、走馬灯のように回り始める。

 

 そして、佐藤さん(二四才)ごと、ぱわゎゎあっと、消えた。

 

 これが、秘密結社・異世界に送る会(株)のインターンシップ二日目の、そして俺の初仕事で目撃した光景だった。

 

 俺がこんなゲームみたいな光景を目にする羽目になる原因は、三日前まで遡る。

 

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