第4話 訓練

4

……苦しい。息が苦しい。熱い。熱い。熱い。ただ苦しくて、ただ熱い。

そこは1面が、焼け野原だった。頭上には、巨大な竜が1匹。この風景を、たった1匹で作り出した地獄を体現する存在。災厄の象徴。

周りには、崩れ去ったたくさんの建物と、焼け焦げて、顔の判別がつかなくなった死体がたくさん。木が、建物が、人が燃えていた。

ただ1人地獄の中央で、茫然と空を見上げて、震えることしかできなかった俺を除いて。

竜がこちらを睨みつけ、避けようのない、とんでもない熱量の爆炎を俺に向け、放ち——



「——っ!」

悪夢は中断され、飛び起きた。心臓が激しく上下する。息が整わない。心臓の真上のシャツを握りしめる。肩を上下させ、深く息を吐き、ゆっくりと呼吸を整える。今すぐこのシャツを脱いでしまいたいぐらいだ。とんでもない量の汗をかいていたようで、べったりと、シャツが肌にひっついて、気持ちが悪い。

昨日の今日なので、こんな夢を見てしまったのだろうか。にしても少し生々し過ぎたが。これはしばらく夢見が悪そうだ。

昨日の籠に入っていた、洗面道具を取り出し、鏡の前に立つ。

うわぁ……と言わずにはいられなかった。茶色の髪の毛がぐしゃぐしゃになっている。元々髪質のせいか、毎日起きたら嵐が過ぎ去った後のような髪をしているのだが、今回は極めつけにひどい。

「ん……?」

見ると、水色の瞳から何かが流れたような跡がついていた。夢の中で泣いていたのだろうか。疑問を吹き飛ばすように、冷水で顔をバシャバシャと洗い、髪型もきっちり整え、服を着替えて、鏡で一度自分の姿を確認し、部屋を出る。寝癖だらけで、しかも目の下には、涙の跡が残った状態だなんて、セシル辺りに、なんて言われるかわかったものじゃない。


部屋を出た途端、背後から「おはよーっす」と声をかけられた。振り向くと、やはり予想通りセシルだった。

「おはようセシル、早いなお前」

「まぁな、そういうお前も早起きじゃないのか?」

「俺はまあ、部屋についた時昼寝しちまったからな。」

まあ、悪夢で魘されてたのもあるんだけど。と心の中で呟く。

「ふーん……ってかさ、その瞳」

や、やばい。

瞳と聞いた瞬間、不自然に姿勢が固まる。

「お前の瞳って綺麗だな。水色で透き通っててさ。」

「なんかお前それちょっときもいぞ……」

「なんだと!」

ギャーギャー朝から喚くセシルを余所に、ふぅ、と大きく息を吐く。びっくりした。……涙の跡が残ったままなのかと思った。

「そういえばさ、剣の訓練っていつやるんだ?」

「ゲンさんが言うには朝飯食った後2時間後、訓練室に来いってさ……なぁ、訓練室ってどこなんだ」

「俺が知るわけないだろ……」

「そりゃそうか。お前随分馴染んでるけど、考えてみりゃ、昨日来たばっかだもんな」

そう。俺は昨日来たばっかりの新参者で、この船のことも、メンバーのことも、相手にしている帝国のことも、全く知らないのである。

「馴染んでるのは、みんな優しいからだな。俺元々村育ちで、田舎者だから、あんまり常識とか知らないし、拾ってくれたのが、この組織でほんとに感謝してる。」

「そうだな、俺もこの組織でほんとによかったよ、なんたって可愛い子が多い!」

「そこかよ……」

「お前だって思っただろ?とにかく美しいレイナさんに、純朴可憐なカレンちゃんにー、まあ俺に幼児趣味はないからエレナちゃんは置いとくとしてー、シノさんはどっちかというとかっこいい方だしなー」

「お前なぁ……」

シノさん、とは昨日の風呂で話に出ていた人であろう。シノさんって女の人なのか……

「後、ミラちゃんだな!誰に対しても敬語なのに距離感を感じないし、何より可愛い!」

「……っ」

「お、どうした?急に黙っちゃって」

「なん、でもない」

昨日の夜の、ミラの姿が一瞬頭をよぎる。

「それよりさ、今日の朝食ってなんだろうな」と無理やり、話題を転換しようとしたその時、「ユウ、セシル、おはようございます」と、澄んだ声が背後から聞こえた。

振り返る前から、声の主が誰なのか、わかっていた。振り返った視線の先には、やはり、ミラがいた。

セシルが隣で「ミラちゃん、おはよーう!」と元気よく挨拶している。

「お、おは、よう」とどもりながら何とか、挨拶する。何度見ても慣れない。見る度に、こんなに美しい人間がいるのか、と思わずにはいられない。

「ユウ、顔が赤いですよ?熱でもあるんですか?」と手を伸ばしてくる。心臓がうるさいほどに、早鐘を打つ。慌てて避け、「いや、暑いだけだから大丈夫!」と必死に断る。隣でセシルが笑いを堪えるのに、必死な様子だった。その姿には何かとても嫌な予感がした。

「そうですか……では、私は朝食に行きますので、また後で」と去っていった。

ミラの姿が見えなくなった途端セシルは1人で、腹を抱えて大笑いし始めた。

「何をそこまで笑ってるんだ…」

しばらく壁に寄りかかって震えていたセシルは、やっと笑うのを止め、

「いやーもう面白すぎてな……いや、気持ちはわかるぜ。ミラちゃん可愛いもんな。あの子は誰に対しても、気軽に触れて来ようとするから、男からしたら色々とやばいんだよなー」と1人で頷いている。

「ミラは、誰に対してもあんな感じなのか?」

「ま、基本的にはな。でも特定の付き合ってる男はいないらしいぜ。どうするんだ?」

「別に狙ってないんだが」

「夢のない男だなー」と呆れた様子のセシルには口が裂けても言えないが、ミラに特定の男がいない、という情報はなぜか少し嬉しかった。

「朝食食いに行こうぜ」と呼びかけ、つまらなそうに、口を尖らせてのろのろと歩くセシルに反して、俺の足取りは、さっきよりも少し軽くなっていた。

朝食も夕食と同じで、大広間でとっていた。ミラとカルナとエレナと操縦室にいた人間が、数名いる。他のメンバーは、どうやら朝に弱いらしい。

ミラとエレナは仲良く雑談しながら、楽しく食事をしており、カルナはコーヒーを飲みながら、新聞を夢中で読んでいる。操縦室の人達は、あくびを噛み殺しながら、談笑している。

弛緩した空気。大きなあくびと共に席に着く。と、カルナがこちらに気づき、

「ああ、新入り、セシル。おはよう」

「おはようございますカルナさん!」と元気よく挨拶するセシルを余所に「おはようございまー」と、適当な挨拶を返す。

コーヒー片手に新聞を読むカルナの姿は絵になるなぁ、と思う。朝の平和で落ち着いた空気。そこに——

「皆の者!おはようだ!」とゲンが大声で入ってきた。「朝の平和な空気をぶち壊しにしないでくださいよゲンさん……」とディアンが、のろのろと入ってくる。ゲンがこちらに気づいた。

「2人とも、訓練だが武器を持ってこい!」

「いいんですか?ゲンさんは?」とセシル。

「ワシは素手でいい。どちらにせよ怪我はせん」

素手でいいって、随分余裕だと思うが、セシルも俺も戦闘に関してはてんで素人なのでしょうがない。問題はそこではなく……

「武器って言われても俺持ってないんだが…」

「新入り、この後、武器庫に案内してやる。お前の武器はそこで探せ。」とカルナ

「助かります」

武器かぁ……今まで剣とか手に持ったことないんだよなぁという一抹の不安をかき消すように、俺は大皿からパンを取り、ガブリと噛み付き、乱暴に食いちぎった。


「ここが武器庫だ」

「すげぇ……っ!」

食後、早速カルナに案内してもらったのだが……その空間に圧倒された。四方を囲む滑らかな壁には、ありとあらゆる武器が隙間を埋め尽くすように、掛けられていた。

剣のみでも流麗で透き通る太刀、巨人が振り回しそうな大剣、など様々あり、弓に斧に槍、棍棒に鞭に弓、とあらゆる種類の武器があった。

だが、俺の目を惹き付けたのは、それらではない。武器庫をただ、真っ直ぐ進んだ。奥の壁に掛けられていた槍に、入った時から、目を奪われていた。その槍は、ただ美しかった。柄には精緻な彫刻が施されており、武器であることを忘れさせた。全長はだいたい俺の背丈ぐらい。穂は両刃になっており、尖端は鋭く尖っている。突きと切断、どちらにも優れそうだ。

「これは……」

「雷槍グングニルだ、今のお前に扱える代物ではないぞ?」

「ほー」と言いながら、手にとってみった。

途端、激しい重さが俺を襲い、持ち上げた手が一気に下に引っ張られる。

「……っ!重っ!!」

全身の力を総動員して、何とか持ち上げ、元の場所に戻す。

「それは俺が遠い昔に討ち取った、反逆の騎士の槍なんだ。伝説級の武器だから、今のお前の力じゃ扱えない上に、魔槍だから魔力がないと、真価は引き出せない。」

「うーむ……」

魔力が全くない自分が魔剣、魔槍の類を持ってもしょうがないので、軽そうな剣を適当に拾って、それを使うことにした。

「それでいいのか?」

「まだ武器使ったことないからまずは軽そうな武器にしようかと」

「ふむ、それもそうだな」

武器庫を出る前に雷槍グングニルを1度だけ見やる。……あれが使える日が来るといいな、と願い、そっと扉を閉めた。

訓練室の場所をカレンから聞き出し、ややこしい船の構造に、迷いながら何とか到着した。

「セシル、それは…?」

セシルは木の枝程の長さの黒い杖を持っていた。

「俺の武器だよ。魔法用の杖だ」

「杖って魔法を使うのに必要なのか?」

「当たり前。魔力を魔法に変換するための媒介がないと魔法は使えねぇよ。」

「ふーん、でも、ミラは掌から魔法出してたぞ」

「そりゃあの子は掌に魔法陣刻んでるからな。魔法陣が媒介なんだ。」

そういえば、昨日ミラと握手した際に、複雑な模様が掌にあったような気がする。と、そこにゲンが現れ、

「おう!坊主とセシル!よく来たな、これから訓練を始めるぞ。」

と言い、訓練室の中に入っていった。

「俺達も行くぞ」というセシルの言葉に頷き、後に続く。

中に入ってみるとそこは、奥にガラスが張られた小さな部屋だった。ガラスの目の前には椅子に座った女の人が、操縦室より、もっと複雑な機械を巧みに扱い、作業していた。

真剣に、作業をしていた女性が振り向く。真っ黒な髪の毛が肩まで伸びた、キリッとした美人だ。

「おや、ゲンとセシル来たのかい……君は?」女性は真っ直ぐに、こちらを見ている。

「新入りで、ゲンさんと一緒に訓練させてもらうことになりました。ユウです。」

この船の人達は妙に威圧感があるなぁ、と思わずにはいられない。初対面とはいえ、もう3人に自然に敬語を使ってしまっている。

「ほう、君が……。私はこの船で医者をやらせてもらっている、シノだ。よろしく頼む、ユウ少年。じゃあ早速訓練を始めようか。左にある扉の先に、階段がある」

言われて、左に視線を送ると、壁際にボロボロの歴史を感じる扉があった。

「そこを降りればガラス越しに見えるあの空間に続いてるから、そこで訓練してくれ」

軽く頷く。表面の塗装が、所々剥がれている扉を開くと、真っ白な下りの階段があった。暴れる心臓を、上から押さえつけながらゆっくりと3人で降りていく。

階段を降りた先には、ガラス越しに見下ろした空間があった。

上からシノさんの声が響く。

『それじゃ、始めようかー』

「坊主、セシル。貴様らは2人ペアだ。手加減はいらん。」

「了解」と2人同時に頷き、フィールドの左側にゲン1人、右側にセシルと俺がつく。

ゲンは片手を前方に突き出した構えをとり、俺は抜刀し、セシルも杖を構える。

「準備ができたらいつでもかかってこい」とゲンが不敵な笑みを浮かべる。

「セシルはここから魔法で援護してくれ。俺が突っ込む」と言い放ち、セシルの「わかった!」という声を背後に、全速力で一直線に駆けた。全く動かないゲンの目前にまで迫った瞬間に、渾身の力を込め、振った剣は、軽く後ろに跳ぶだけで、躱された。

「—っ!」

素早く剣を胸の前に戻す。剣技なんて知らない。自分の出せる最大の速度と、渾身の力で、がむしゃらに剣を振るい続ける。だがそれらは、全て最小限の動きだけで躱された。

焦りが全身に拡がる。このままじゃやられると思考が剣の速度を鈍らせた刹那——

《フレアスフィア》と後方から聞こえ、視線をそちらに送ると、巨大な炎球が眼前まで迫っていた。

「いっ……!」

体を捻り、全力でそれを回避し、—髪の毛の先が少し燃えた—視線を前方に戻す。

突如放たれた炎球を、ゲンは難なく回避する。—ここだ。

全力で剣を振りかぶり、一瞬だけ隙が生じたゲンに向け、叩きつけた。ゲンはそれを交差した腕で受け止め、そして、簡単に砕けた。……剣が。

「——っ」

デタラメな筋肉だ。舌打ちし、刀身がなくなった剣を後方に素早く投げ捨て、全力の拳を、ゲンの胸元に突き込む。

「……っ痛!」

突き込んだ拳の骨が砕ける。ゲンは、剣や拳を、まともにその身に受けても傷1ついた様子がない。ゲンの手が伸び、頭を鷲掴みにされる。

無我夢中でゲンの脚を蹴るが、砕けたのは俺の骨だった。ゲンは、もう一方の手で俺の腹を、一撃殴打した。全身を衝撃が貫き、その場に崩れ落ちる。あまりにも、大きな衝撃に1歩も動けない。耐えがたいほどの痛みが全身を駆け巡り、俺はあっさりと意識を手放した。


意識が戻る。未だに全身が痛いが、先ほどの鋭い痛みは無くなっている。眼前に広がるのは、白い天井だった。空気には、花の香りが充満していて、窓の外から夕焼けの光が差し込んでいた。

「お、意識が戻ったか。……おかえりユウ少年、初めての戦いはどうだった?」

「……トラウマになりそうです」

自分の体を見下ろすと、傷が全て治っていて、白いベッドの上に寝かされていた。

「上から見てたんだが、ゲンのやつ全く遠慮なくぶちのめしてたねぇ」

ハハ、とシノは面白そうに笑う。

「あの……それで、ここは……」

「……痛ってぇ……」と言いながら、隣に寝かされていたセシルが起き上がった。意識が無くなった後、どうなったかは知らないが、この様子だと、どうやら負けたらしい。

「お、セシルも起きたようだね……ここは、訓練室の隣にある医務室さ。全身の傷については処置を済ませたから、また訓練室に戻りな。ゲンが待っているぞ。」

「まだやるんですか……」

「ああ」と言い、シノはニヤニヤしながらこちらを見ている。

俺とセシルはため息をつき、訓練室に向かった。

結局この後も、4戦やって、俺とセシルは4回とも負けた。ゲンやシノが言うには筋は、相当いいらしいが、結局ゲンに傷を負わせるのは、全く不可能だった。


「……カレンに頼んでトレーニングする部屋探そうぜ……殴ったらこっちの手が折れるなんてのは、もう勘弁だ」

「そうだな……」

フラフラとした足取りでセシルと共に、操縦室を探し、彷徨う。

と、背後から

「お前ら2人、フラフラフラフラと通路が塞ぐ歩き方をするな!邪魔であろう!」

と耳がキーンとなるほどの大声がかけられた。セシルは苦笑して、

「ごめん、エレナちゃん。今俺達、君に構ってられるほどの余裕ないからミラちゃんかレイナさんにでも遊んでもらって……」と言い、フラフラと歩き始めた。

「いや、お前ら2人で通路塞がれて、すごく邪魔だから言ってるのだが……」

と、そこに通りがかったカルナが、

「二人とも訓練は終わったのか。お疲れ様」と言い、セシルを軽々と肩に担ぎ、余ったもう一方の腕で俺を担ぎ上げ、歩き始めた。エレナが背後から何か叫んでいるが全く聞こえない。意識が遠のいていく。運ばれた先でベッドに投げ込まれ、

「しばらくそこで休むといい」という声を最後に完全に俺は眠りに落ちた。


ゆっくりと目を開く。

「ここは……また医務室か」

隣ではセシルがうるさいいびきをかきながら寝ていた。脇にある机には、杖と刀身の無くなった剣が置かれている。

「カルナが君たちをここに連れてきたんだ。5回の戦闘で疲れてるだろう。しばらく休め」

「そうですね……そういえば聞きたいことがあったんですけど」

「ん、なんだ」

「医務室で治療してくれたのってシノさんですか?」

「私が治療したが使用した魔力は、このレーギャルンのだ。」

「船が……!?」

「この船はね、竜種殲滅令で竜種がほぼ絶滅した直後に生まれたんだ。竜は人間の匣と違って魔力を生み出すのは竜核っていう器官なんだが、竜からそれを摘出して組み合わせる実験、つまりエレナのと同じやつだ。それが行われたんだ。」

「竜の魔力を利用したんですか」

「ああ、およそ20の竜から取り出した竜核を結合し、それを核に据えてこの船を作ったんだ。つまりこの船そのものが1匹の竜と考えていい。」

「これ、そのものが……」

「そう。そして竜核と人間の匣じゃ規模が違う。だから重傷を負っていても瞬時に治療することができたんだ。」

「じゃあ帝国からこの船をどうやって……」

「脱走する際にこれを使ったんだ。カルナはミラ、エレナ、ゲン、私に脱走する少し前から声をかけていた。帝国から逃げる計画を秘密裏に練っていたのさ」

「竜まで連れて、ですか」

「そう、ジーク。ジークは唯一カルナが『対話』に成功した竜なんだ。」

やはりジークというのは竜だったのか。村を襲った竜は子供らしいが、大人はどれほどなのだろう。

「『対話』……?」

「知らないのか?カルナの持っている神術だ」

シノがしゃべる度に、疑問が増えていく。

「神術ってなんですか」

「神術も知らないのか……帝国の魔法使いが殲滅令の時に開発した、魔法よりも上位の術だ。殲滅令が終わった後、帝国には4つの神術、『対話』『拒絶』『服従』『消滅』があったのだが、当時の皇帝が魔法使い達から、それを強奪し、手柄を立てた騎士にのみそれを授ける、ということにしたんだ。」

「よくわかりませんが、与えられたのは騎士だけなんですか、魔法使いじゃないのに匣を持ってるんですか?」

「この世界の人間は規模の違いこそあれ皆匣を持ってるさ……ユウ少年が住んでいた村が特別だっただけだ。」

「でも魔力を使うなら魔法使いに与えた方が使いこなすんじゃないですか?」

「魔法使いに神術は、ダメだと言われている。魔法使いは深淵な知識の海を、手探りで1から探求する存在。いきなり頂点を与えてしまったら、探求することを放棄し、神術に溺れ、見るも無残な姿になるだろう。っていうのが歴代の皇帝達の常套句なんだ」

「そんなもんですかね」

脳裏にミラの姿が浮かぶ。あの子も神術という途方もない力を手にしたら探求とやらをやめるのだろうか。

「ま、その頃の帝国最大の魔法使いはファウストとミラだったからな。神術など与えても溺れたりするはずもないんだが。」

ファウスト、というのは帝国の魔法使いなのだろうか。その名は妙に頭に残った。

「話が逸れたが、カルナがまだ皇帝に忠誠を誓う騎士だった頃、バルド皇帝の命により、カルナと同等の実力を持つと謳われた帝国最大の騎士デュナスと共に、死を観測する怪物『ウロヴォロス』を捕獲した、ということがあってね。その功績を讃え、デュナスには『拒絶』、カルナには『対話』という神術が与えられた。ま、二人とも魔法使いの家系じゃないから、匣の容量的に、そんなに乱発できる代物じゃないんだがね。」

「拒絶……対話……」

「『拒絶』は全てを弾く神術だ。使用者のデュナスを中心として、彼を囲む円状の領域がある、と考えてみてくれ。『拒絶』は発動すれば、領域に入った物が何であれ弾き返す。炎も、雷も、光も、闇も、空気も、意思ですらも、彼は拒絶する」

「とんでもない術ですね。」

「神術だからな……そしてカルナの『対話』だ。この術は全ての生物の思考を読み取ることができ、この世に存在する生物全ての脳内に直接語りかけることが出来る、というものだ。語りかけ、そして返事を読み取れる。つまり全ての生物と会話可能ということだ。」

「それで竜と会話したんですか?」

「そうだ。元々殲滅令の時は竜と会話するために編み出された術だったからな。

帝国にいた3匹のうち他の2匹は気性が荒く、まともに会話してくれなかったが、うちにいるジークだけはカルナと会話した。そして脱出に貢献し、今はこの船の中だ。」

「でも、なんで脱出に協力したんですか?」

「カルナが何か約束したらしい。現皇帝を殺して今の体制が滅んだ後に、カルナが何かをしてやることを約束し、ジークはこの船にいる。その約束の内容は、私も知らない。……おっと、喋りすぎてしまったな」

シノは机の上を綺麗に整頓し、

「ちなみにトレーニングルームはこの上の階にあるぞ、あまり無茶をしないようにな」と言い残し、去っていった。

訪れた静寂を引き裂くように

「セシル、お前起きてんだろ」と呟いた。

「……バレてたか?」

「バレバレだ。シノさんも多分気づいてたぞ。いびきが途中から不自然になってた」

「そうか……なんか色々聞いちゃったな。」

「そうだな。神術ねぇ……」

「途方もない話し過ぎて俺には理解不能だ。トレーニング行こうぜ。」

「そうだな」

起き上がり、杖をセシルに放る。医務室を出た後、なんとなくセシルに尋ねる。

「ジークってどんなやつだろうな」

「知らね。まあそこまで悪いやつじゃないと思うぜ。少なくともお前の村を滅ぼしたヤツよりは」

そう。今この船には2匹の竜がいる。ジークという竜と、俺の村を滅ぼし、ミラが倒して、レイナが持ち帰った竜。あの竜には術式がかけられているという話だったが、だとすれば裏の犯人がいるのだろうか。

「ユウ?お前すげぇ顔が怖いことになってるぞ」

「なんでもない、行くぞ」


「お、おいあまり無茶をするな」

「2人とも、も、もう少しゆっくり食べましょう!食べ物は無くなりませんから!」

「どうしたんですかセシル君とユウ君……」

「兄さんとユウさんがおかしくなってしまった……」

「おう!坊主もセシルももっと食え!そして強くなれ!」

トレーニングを終え、夕飯になったのだが。俺とセシルは周囲が引くぐらい、飯にがっついていた。口の周りを汚しながら次々に料理を口に放り込む。

「どんだけ過酷な訓練したんですかゲンさん……」とディアンが若干引き気味の声でいっている。

「ワシは仮想訓練で5回戦っただけなんじゃが」

「5回戦ったってことは5回倒したってことですか……かわいそうに」

「クソボケジジィやりすぎじゃぞ……」

実はゲンはそこまで悪くない。医務室を出た後、トレーニングルームにあった様々な器具に、テンションが上がった俺とセシルは、ぶっ倒れる寸前まで自分を鍛え、疲労困憊の状態で、なんとかこの席にたどり着いたのである。

「ユウ、セシル、大丈夫ですか?」というミラの声に答えようとした瞬間喉に詰まる。

「ゔっ!」

拳で胸をドンドン叩き、水で流し込み、なんとか答える。

「大丈夫。明日からも頑張るよ」

「あんまり無茶しないでくださいね」と困った表情のミラがとても愛らしい。これだけでも、今日頑張った甲斐があったというものだ。

唐突に扉が勢いよく開けられ、レイナが息を切らして現れた。

「カルナ!竜にかけられていた術式の解析が終わった!やはりファウストのやつだったようだ!」

聞いた途端、カルナ、ミラ、エレナ、ゲン、ディアンの表情が同時に険しくなる。

「術式が働く時間は」とカルナが真剣な表情で聞く。

「幼竜だったから、今回は12時間程の期間でこの術式は働いていた。成竜でも、100分以上この術式は働くだろう。」

「ちっ……厄介だな。ファウストのやつめ……」とカルナが歯噛みする。

皆の様子から察するに、ファウストとは敵のことだろう。先ほどシノが言っていた魔法使いと同一人物なのだろうか。

「俺達は食べようぜ」と言い、再びがっつき始めたセシルに倣う。

だが、味は感じず、頭の中をファウストという名前が、ずっと埋め尽くしていた。


あっという間に、この船に来てから1ヶ月経った。俺はゲンとセシルと共に、訓練室で戦い続け、終わったらトレーニングし、暴飲暴食のような食事をして、風呂で休み、翌日の仮想訓練に備えすぐに寝る、という過ごし方をずっとしていた。

ゲンから剣術について習ったが、まるで身につかず、なんとなく武器庫で剣以外の武器を探して、槍を手に取ったところ、剣よりもはるかに、上手く戦えるようになった。

14日目にして、ゲンの体にかすり傷をつけてからというもの、俺とセシルはこれまで負けるまでに、何かしらゲンにダメージを与えれるまでに成長していた。まあ、勝ったことはないのだけれど。

さらに訓練の成果か、ある程度のダメージなら無視して突っ込むことができるようになり、直感でこれを食らったら確実に死ぬ一撃、食らっても大丈夫な一撃などがわかるようになった。体つきも前よりも逞しくなったと思う。

——そうして、心身共に成長を感じていた時に、その知らせはやってきた。

「帝国がレオスに本格的に侵攻を開始し始めました!今までの小競り合いとは比較にならないほどの軍勢を投入するようです!先行した奇襲部隊は既にレオスの最北端に到着している模様です!」

と、朝食の席に凄まじい勢いでで現れたカレンが言い、セシルが手に持っていたスプーンを落とした。スプーンが皿にあたり、音が静寂に響き渡った。セシルの弟セリスも、驚愕の表情で固まっている。

「なっ……」

レオスはセシルが、ここに来る前住んでいた国だ。今まではモルスと国同士軽い衝突しかなかったようだが……

「最北端……置き去りにしてきた母さんが……行か、なきゃ」

セシルが、勢いよく立ち上がり、大広間を出ていった。セリスも後に続こうとするが、それを手を振って、遮る。

「セリスはここで待ってろ。俺がついていく。……いいですよね、カルナ」

カルナは、静かに頷いた。

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