第3話 《レヴァテイン》

金髪の青年がこちらに気づく。

「ミラさん、待ってました。そちらの少年は?」

「ご苦労様です、ディアン。村の生き残りの子です。」

「勧誘をされるのです?」

「ええ」

「そうですか。では2人とも後ろへどうぞ。少し窮屈ですので頭をぶつけないよう注意してください。」

「ユウ。こちらへ」

一応、ディアンと呼ばれた青年に、軽く一礼して、馬が引いている馬車に、ミラと共に乗車する。中には簡素な座席が左右についていた。そこに向かい合うように座る。馬の背に乗ったディアンがこちらに身を乗り出す。

「じゃあ出発しますよ。乗り心地は少し悪いかも知れませんが辛抱してください」

砂利を砕きながら馬車は発進した。がたがた。がたがた。という音と大きな揺れと共に馬車は快速で走り抜けていく。

思ってたより、ずっと速いし、ずっと揺れる。あんまりこの乗り物は好きじゃない。

「…さて。何から聞きたいですか?ユウ」

「色々聞きたいけど。まず竜だな。竜っていうのは帝国が230年前に『竜種殲滅令』を出したことによって絶滅したんじゃないのか?しかもさっきの女の人と話してる時にあの竜は子供だなんて言ってたけど。」

竜種殲滅令。それは遥か昔、モルス帝国の皇帝により、発布された。内容はいたって簡単で、この世界に存在する全ての竜を殺し尽くせ、というものだ。モルスの魔法使いと騎士の軍団は世界中の竜と戦い、みごとに殺し尽くした。その戦いで活躍し、英雄と呼ばれた者達の物語は、誰でも、それこそ、辺境の村に住んでいる俺のような者でも、子どもの頃聞かされたものだ。

「ええ。モルス帝国は、全ての竜を殲滅しようと試み、全ての竜が、帝国によって絶滅させられた、という事になっています。しかしそれは偽りです。帝国は3匹だけ当時子供だった竜を自国に持ち帰っていたのです。」

「そんな、、なんのために?」

「軍事力のために、です。その竜達を魔法でコントロールし、支配下に置こうとしたのです。」

「そんな、の……無理、だろ?」

竜はそんな簡単に人間に頭を垂れるような生き物じゃないと思う。実際、殲滅令の時も相当数の魔法使いと騎士が殺されたと聞く。

「ええ。無理です。今まで洗脳や服従には1度も成功していない。魔法使いに出来たことと言えば術式によって牢獄から出られなくすることだけ。帝国が持ち帰った竜は3匹。それらは全て地下の牢獄に閉じ込められた。1匹は我々が帝国から逃げ出す時に連れてきて、今は我々の拠点にいます。」

「竜が拠点に!?殲滅令の頃からずっと生き残る程長生きなのか……」

「ええ。一応は我々の仲間です。

残った2匹は先ほども言った通り皇帝に放置されています。それがどうやら性別が雄と雌だったらしく…」

「じゃあさっきの竜はまさか」

「ええ。2匹の間に産まれた子供です。今では術式による監視の目もだいぶ緩んでしまっていて、それが原因なのですが……知らせではちょうど2日前にあの竜が突如暴れ、帝国から逃げ出したらしいのです。手薄な術式はすべて何者かによって破壊されており、あっという間に竜は、村にたどり着いた。竜は知能が特別に高い生物なので、あのようなことになっていたのは恐らく何らかの事情あってのことでしょう。

……急いで駆けつけたのですが、あのようなことに。間に合わなくて本当にすいません」

ミラの目の端には涙が浮かんでいる。

何も言えない。俺はミラに命を救ってもらった。ミラは出来る限りのことをやったのだろう。だけど、家族を救ってほしかった、友を救ってほしかった。だから何も言えない。ミラを責めたところでどうにもならないし、失った命は帰ってこない。起きてしまったことはもう誰にも変えられない。だから俺には、黙ってその涙を見つめることしか出来なかった。

程なくしてミラは涙を拭い、

「他に聞きたいことは?」と尋ねてきた。

「皇帝の死が娯楽っていうのは…」

「それについては私もあまり詳しくは。皇帝は物心ついた時から死を視ることを楽しんでいたそうです。あらゆる生物の中でも特に人間を。側に仕えていた頃に幾度か見たことがあるのですが、敵軍や自軍の人間の死ぬ間際を見る時の皇帝の顔は私には恐怖そのものでした……」

ミラは二の腕を擦る。

「なんでも領土を増やす時起こる抗争も魔法を使って玉座から眺めているのだとか。とにかく、異常者です」

2度聞いても全く分からなかった。

瞬間、親兄弟友人の死の瞬間が脳裏に浮かぶ。俺をみつけ、遠くから俺の元に駆けつけようとした瞬間、上空からの炎で無残に焼かれ、見る影もない姿になってしまった時のことを。

あんなのはもう二度とごめんだ。歯をぎりぎりと噛みしめる。深く思い詰めている俺を、ミラは悲痛な面持ちで見つめていたが、唐突に身を乗り出し、不器用な手つきで頭を優しく撫でてきた。

「それが死を見た時の正しい反応です……ユウ……何も……何も、自分を責めなくとも……」ミラの声はだんだんと弱々しくなっていく。

「助けられなかった人達は全て私の責任です。ユウは何も悪くないですよ。」と優しい声をかけてくれた。

触れられた事による恥ずかしさでミラから目を逸らし、頬を赤く染め俯きながら質問を続ける。

「最後に。さっきから言ってる勧誘っていうのは?」

「私たちの組織への勧誘です。あなたへの勧誘ですよ。ユウ。私達の組織に来ませんか?戦う必要はありません。衣食住についてはある程度提供できますし、働き口を自分で探すことも可能です。」

「……迷惑にならないのならぜひ入れて欲しい。」

「よかった!」ミラが両手を合わせ、微笑む。ディアンも聞いていたようで、「仲間が増えて嬉しいです」と言った。

「仲間……」

「はい。組織のメンバーは皆、仲間であり、家族です。改めてこれからよろしくお願いします、ユウ。」とミラが手を差し出す。

その手をしっかりと握った。ミラは今までに見た中で最上級の笑顔を浮かべる。その表情はとても魅力的だった。手を離した際、ミラの掌に複雑な模様が見えた気がした。

「ユウ?」

「あ、いやなんでもない」

疑問をとりあえず放置し、

「俺がもし組織に入らなかったらミラはどうしたんだ?」

「その場合…馬車を降りてもらうしかありませんでした」

ミラがぽつりと呟く。

「この馬車は私たちの拠点、いや拠点に移動するための場所に向かって移動しているので。」

「拠点に移動するための場所?」

「組織の拠点は空中艦です。私たちは《レーギャルン》と呼んでいます。普段は帝国の上空を周りながら、何か帝国で私たちに見過ごせない動きの情報が入るとすぐにメンバーの誰かがそこに行き、対処します。」

「空中艦!?そんなのすぐに見つかりそうだけど……?」

「大丈夫です。仲間によって様々な結界が張られています。帝国から見つからないためにこれほど安全な場所はありません。」

魔法ってすごいな。

「今回私は偶然村の1番近くにいたので、レイナをよこすから村から少し離れて待っててくれと連絡されたのですが、駆けつけた時に凄まじい事になってたので居ても立ってもいられず……」

「そっか」

「しかし質問の数が少ないですね、ユウは。もっと色々聞き出されるかと思ってました。」

「まあ、そりゃあ。」

理解の及ばない現象は、全て魔法ということにして考えないようにしたから、だと思う。

しばらくの沈黙の後、

ディアンが「もうそろそろ回収ポイントに到着します。」と言ってきた。

身を乗り出して、馬の進行方向を凝視するが、特に何も無い平地が続いていた。

席に戻り、ミラに尋ねる。

「回収って?」

「空中艦から私たちを拾ってもらうんです。何しろ不可視な上に生物避けの結界があるので私たちから干渉することが不可能なんです。」

レジスタンスの人数はかなり多いのだろう。そんな大規模な魔法を少人数で維持できるとは到底思えない。

途端、一際大きな揺れと共に馬車が停止し、ディアンがこちらを振り返る。

「着きました。」

「では、ユウ。降りましょう。」

ああ、と頷き、馬車からミラと共に降りる。ディアンも馬の背から飛び降り、

「改めて。《レヴァテイン》のメンバー、ディアンです。よろしく」とこちらに手を差し出す。「ユウだ。よろしく」としっかりとその手を握り返した。お互いに軽く微笑み、手を離す。

では拾って貰いましょう、とミラがこちらに言い、目を瞑って、しばしの沈黙の後、目を開く。

そしてこちらに顔を向け、

「ユウ、回収はとても気持ちいいものではありませんがごめんなさい、堪えてください」と不穏な言葉を口にした。

「え…」

「初めは吐く人が多いんですよ、ユウくん。しっかり気を保ってくださいね。」とディアン。

「え、ちょっ待」

って、と言おうとした途端身体が上に引っ張られる感覚がした。

瞬間、景色が一瞬で地上から切り替わる。信じ難い事だが、薄い水色の部屋に一瞬で3人とも移動していた。

「うっ……おぇっ……」

中腰になり、口元を押さえる。

近くにあった壁に手をつき、なんとか体を支える。「ユウ、大丈夫ですか?」と背中をさすってくれるミラの声すらよく聞こえない。

昔、親父に酒を無理矢理飲まされた時の感覚に似ていた。目の前の景色が歪んで見える。

吐かなかったのは幸運だった。ディアンとミラは平然としていることから慣れているのだろうか。

「カルナ、村の生き残りの子を連れてきました。」

「ああ、……大丈夫か少年。

ようこそ《レーギャルン》へ。」

ミラの視線の先には、銀髪の、月のように美しい青年が座っていた。

「あなた、は?」

青年を見た瞬間、吐き気を忘れた。それほどに青年は美しく、同時にミラ以上のオーラを纏っていた。銀髪に水色のヘアピンが妙に様になっていて、顔も中性的だ。

「俺の名前はカルナ。一応、《レヴァテイン》のリーダーをやらせてもらってる。」

…声は割と低め。

「えーっと、ユウです。本日から《レヴァテイン》に入らせてもらうことになりました。戦う力は持ってませんがよろしくお願いします。」

俺はどうにも敬語が苦手で、誰にでも生意気な口調を使ってしまうのだが、この人だけには自然に敬語が口から出た。それだけの威圧感がこの人にはあった。

「ああ、よろしく。竜に荒らされた村で、1人生き残ったんだってな、大変だったろ。」

「いえ、大丈夫です」

色々短時間に起きすぎていて、置き去りにしてきた黒焦げの家族、友人の事を考える暇がなかった。

「メンバーとか設備についてはこいつらがじっくり説明してくれるからしばらく休んでてくれ。」

と、ミラが遠慮がちに、

「割り込んですいません、カルナ

レイナさんが竜の対処と見張りをしています。後で応援を2〜3人送った方がいいかと。」

「ああ、既に聞いている。」とカルナは頷き、部屋を去っていった。

「あれ?馬車は?」

ふと疑問が頭をよぎる。回収された直後からこの部屋には馬車がいなかった。

「ええ、この船で、回収した人間を船内部の任意の座標に出現させられるんです。馬車だけ別の部屋に送られたのでしょう」とミラが応える。馬はあの圧迫感大丈夫なのだろうか。ちょっとかわいそう。

「では、ユウくん。船の内部を案内しますよ。」

とディアンが目の前に立った瞬間。ドアがスッと開き、

「全く!新入りのくせに生意気だぞ貴様!」と言いながら大股で歩いてくる、鮮やかな赤色をした髪と瞳の幼い女の子と、

「いやー、ごめんごめん。まさかエレナちゃんがそんなに身長のこと気にしてるんだなんて…」同じく赤髪の優しそうな青年が入ってきた。

赤髪の少女がこちらに気づく。

「ミラとディアンに……おや?見ない顔がいるぞ?」

少女はこちらを見ている。

「君は?」

少女はえっへん、と全くない胸を張り、

「ワタシは、天才すぎる史上最強魔法使い美少女エレナだ!」

「なあ、ミラ。なんで子供がいるんだ?」

「貴様、何を勘違いしておる。ワタシは今年で21歳だぞ。」

「う、嘘だろ!?」

身長俺の腰より少し上ぐらいしかないのに!?

「ちなみに、貴様は何歳だ」

「17だけど…」

「じゃあ年下ではないか!エレナ先輩と呼べ!」

「エレナせーんーぱーい」

「なんだその舐めた態度は!全く、どいつもこいつも…!!」

ギリ、と少女は奥歯を噛みしめる。

「身長で判断しおって…最近の若い連中は礼儀もなってないのか!?」

ぎゃーぎゃー喚きながら地団駄を踏むエレナをミラが苦笑しながらまあまあ、と優しく撫でる。まるで保護者と子どもだ。ミラは線が細い身体をしているものの、出るところは出ているという感じなのだが、エレナは肩から脚まで直線だ。この2人が並ぶとエレナの方は子どもと思われても仕方がない。

と、今までニコニコしながら黙って成り行きを見ていた赤髪の少年が、

「ねぇ、君は一体何者なんだい?」

と、問いかけてきた。

「ああ、すまねぇ。挨拶してなかったな。俺はユウ。《レヴァテイン》には入ったばかりだ。」

それを聞くとエレナは俺の心臓の辺りを凝視し、「視たところ『匣』は無いし、剣も持ってないようだが……」と、エレナが問いかけようとした瞬間。

「まじで!?新入り!?実は俺もなんだ!俺の名はセシル。よろしくな!」という声で遮られた。うがー!と暴れるエレナをミラとディアンが何とか抑える。

「新入りが他にもいたのか……よろしくな。」

「無視するなー!」

「ああ!」とセシルが元気よく返事する。歩み寄り、セシルと握手する。会ったばかりだが、この青年の印象はかなりいい。仲良くできそうだ。手を離し、問いかける。

「この組織にはどうやって?」

「ああ、俺は、自分の住んでた街が帝国に襲われたんだが、その時、カルナさんに助けられてな。弟と一緒にここに来たんだ。出来ることはすくねぇが俺も戦うぜ。」

弟か…家族がこの世にいるのは羨ましい。

「俺は別に戦うつもりで来たわけじゃないんだ……行く宛もないので拾ってもらっただけだ。」

「そうなのか…ま、どう見ても戦闘要員じゃねぇもんな」

「そんじゃ、俺は自室に戻るから、ディアンさんとミラちゃん、エレナちゃんを抑えてくれてサンキュー!」

と手を振り、怒りを全身で表すかのようにずんずんと歩くエレナと共にセシルは去っていった。

「この組織には色んな人がいるんだなぁ……」

ええ、とディアンが首肯する。

「エレナさんは古株ですが、セシル君はつい最近入ってきたばかりです。ここには居場所が無くなった多くの人が寄り添って助け合っているのです」

「あの子古株なのか……天才魔法使いとか言ってたけど強いのか?」

2人が同時に頷く。

「間違いなく、最強でしょう。帝国にもここにも、彼女程の魔法使いはいません。」とディアンが即答する。

「そんなにか。とてもそうは見えなかったが。」

「彼女は帝国のある実験の犠牲者であり、実験が唯一成功した事により生まれた最強の魔法使いです。」

「なんでそこまで…実験ってのがなんか関係あるのか?」

「ええ。ユウ、魔法使いがどうやって魔法を使ってるか知っていますか?」

「体内で生命力を変換して魔力に換えてそれを使って魔法を発動しているんだろ?」

「では、その魔力をどうやって変換しているのか知っていますか?」

「…知らない」

うちの村には全くと言っていいほどに魔法に縁がなかった。

「魔法使いには『匣』があります。それは一辺が1mmほどの立方体で、魔法使いは全員産まれた時から心臓の真上にそれがあるのです。」

「エレナがさっき言っていた『匣』が無いって言うのはそういうことかぁ」

「ええ。『匣』は魔法使いだけのものです。次に、匣がどうやって魔力を生産しているのか、を説明します。匣は心臓と1本の細い管で繋がっています。魔法使いは心臓が放出している生命エネルギーを匣の中で魔力に変換し、匣から無数に伸び、全身に張り巡らされた魔力路、つまり魔力の通り道を通って媒介となる魔法陣や杖で魔力を魔法に変換します。これが大雑把な魔法を生み出すまでの工程です。」

理解していることを示すために軽く頷く。

「帝国はその匣である実験をしました。複数の魔法使いから匣を摘出し、全て分解して結合・圧縮し、再構築することによってより強力な匣を生み出し、取り出された内の1人の魔法使いの匣の抜けた場所にそれを埋め込むという実験です」

…狂気の沙汰だ。

「魔法使いにとっての力の全てみたいな匣をそんなに簡単に体外に出せるのか?」

「ええ。自分でなら簡単に。他人が取り出そうとする場合も、抵抗しなければ時間をかけずに摘出可能です。実験の結果、結合した匣の負荷に耐えきれず死んだ人間がほとんどでした。…ただ1人生き残ったのがエレナちゃんです」

あんな小さい女の子がそんな負荷に耐え抜いたのか。

「結果的に魔法使いは約190人が死に、3000人が匣のないただの人間になりました。匣が体内に入った途端に現れる拒絶反応が半端な物ではなかったからです。ですが、エレナちゃんだけは耐えきった。今、彼女の体内にある匣は150人の魔法使いの匣が組み合わさってできたものです。」

150人。無茶苦茶だ。魔法を全く知らない俺ですら無茶苦茶だと思う。

「じゃあ、こんなに人数を集めなくてもエレナ1人で帝国の皇帝やら騎士やら魔法使いやらを蹴散らせるんじゃないのか?」

ミラは首を横に振った。

「今となってはそれは不可能なんです」

と、ミラが表情を突然曇らせ

「実験に成功した際、魔法使い達はエレナちゃんに簡単な炎の初級魔法を使わせました。…結果は惨憺たるものだった。

たったそれだけで宮殿が半壊しました。」

「なっ…」

「質があまりにも強すぎた。多くの騎士、魔法使いの命が失われ、エレナちゃんを恐れた魔法使い達は即座に数百人でエレナちゃんに攻撃的な魔法を一切使えない術式を施しました。……当たり前ですが魔法使いによって魔力の生産量や匣の容量は異なります。彼女の匣の原料となった魔法使い達の匣はどれも優秀すぎた。それら全てが組み合わさり、エレナちゃんの匣は全てに置いて他の魔法使いの匣を圧倒的に凌駕してしまった。帝国の罪の結晶です。」

「なんだそれは……勝手過ぎるだろ……」

勝手に実験して勝手に力を与えて、それが危険とわかったら勝手に奪い去る。

「ええ、ですからエレナちゃんには攻撃以外の用途の魔法しか使えない。ただ攻撃以外の魔法なら彼女は最強なんです。全ての生物の五感に反応せず、どんな魔法でも認識できないように完璧に隠蔽され、半径1km圏内に入った生物が無意識に船を避ける。全ての結界をエレナちゃん1人が維持しています。攻撃こそできませんが彼女は文字通り最強の魔法使いなのです」

ミラが帝国から見つからないために最適な場所だと言っていた理由がよくわかった。

「私達は彼女を利用してるも同然です。その点では帝国の人間と大差ありません。

だから、ユウ…」

利用している、とミラが言った途端、黙っていたディアンが俯く。

後ろめたい気持ちがあるのだろう。

「ああ、次はもう少し優しく接するよ。」

ええ、とミラが嬉しそうに頷き、ディアンも微笑む。

「では、ユウの私室に利用できそうな空き部屋をカレンさんに頼んで探してもらいましょうか」

と言い、早足で去っていく。

ディアンが「僕らも行きますよ、ユウくん。」と言い、ミラの後に続き、慌てて後ろを追った。くぐり抜けた背後の扉が閉じた。

扉の先には通路があり、道がいくつか枝分かれしている。一切迷うことなく枝分かれする通路を先行するミラの後をディアンと共に早歩きで追う。

「2人とも道を覚えてるのか?」

「ええ。組織のメンバーは全員この船の地図がだいたい頭に入っています。」

「この組織に最初に入った時は僕も迷子続きだったんですけどね。もう慣れました。」

そりゃあすごいと思いつつ、左側にあった窓に目を向ける。眼下にある建造物はほとんど豆粒みたいだ。この船はどのくらいの高度を飛行しているのだろうか。

「ユウ?行きますよ?」

「ああ。」

窓から目を逸らし、ミラたちの後に続く曲がった先にあった通路は分岐しておらず、通路の果てに扉が1つあった。ミラが目の前に立つとスッ、と扉が開き、そこには30人くらいの人間が手元の複雑な機械を睨んで黙々と作業しており、1人の女性が全体の指揮をとっていた。ミラが女性の元へ歩み寄る。

「お仕事中すみません、カレンさん。新入りのための空き部屋はありませんか」

女性がこちらに振り返る。さらりと流れる黒髪とメガネがよく似合った人だ。

「ミラさん、お疲れ様です。少々お待ちください。」

と、手元の機械を素早い動きで操作し、

目の前にあった船の全体図の所々が点滅し始めた。

「赤く点滅している部分が空き部屋です。ここからだとこの部屋が1番近いでしょう」

全体図の真ん中の点を指さす。

「どうしますユウ?」

「部屋の違いとかわかんないしそれでいいよ。」正直な話、戦いもしない人間なので、この船に入れて貰えるだけでも感謝すべきだと思う。

「ところでこの部屋は何?」

「操縦室です。船の指針を決める、情報を集める、メンバーの回収、物資の管理などあらゆる事をここで行っています。そしてこちらの方がカレンさんです。ここでの総責任者をやられている方です。」

カレンはぺこり、とお辞儀し、

「初めまして、カレンと申します。先ほどの回収で気分は悪くなってませんか?」

「俺はユウ。多少吐き気は感じたけど大丈夫だ。ありがとう」

「それはよかった」

カレンが微笑を浮かべる。

「では、私はこれで。

用事ができたら呼び出すのでユウも部屋でゆっくりしていてください」と言い、ミラは去っていった。

「僕もカルナさんに用があるので。また後でユウくん。」

ディアンも出ていった。

「ではユウさん。

この部屋から出て通路を直進して右に曲がり、階段を上がって左折した所にあなたの部屋があります。」

「ありがとう」

操縦室を出て、言われた通りに進む。

戦力になりもしない人間を匿うばかりか、部屋まで与えていいのだろうか。と考えていた所で、背後からの「おい、そこの坊主」という声に心臓が飛び跳ねる。筋骨隆々の逞しい男が立っていた。横幅も背丈も俺の倍以上ある。

「見たことない顔だが…坊主、貴様新入りか?」

「はあ、まあ一応。匿ってもらってるだけなので戦うわけじゃありませんが」

男はふーむと頷き、

「拾ってもらったわけか。坊主の部屋はこの近くなのか?」

「すぐそこです」と指した方向をみて、すぐさま「坊主、貴様の部屋から3つ目にある扉には近づくな。」

それは妙に気迫のある顔だった。自分の部屋から等間隔で5つの扉があり、3つめの扉は禍々しい雰囲気を放っている。扉の前で太くて頑丈そうな鎖が交差しており、四隅が杭で壁に固定されていた。扉の表面はあちこちが剥がれている。

「危険なんですか?」

「ああ、貴様の命がいくつあっても足らん。ジークのやつは最近すこぶる機嫌が悪いからなぁ……いいか、扉に触れるんじゃないぞ。決してだ。」

その妙な迫力の前に、しっかりと首を縦に振った。うむ、と男は頷き、こちらに背を向け

「ワシの名前はゲン。坊主、貴様にもし戦う気があるのなら、いつでもワシが力になってやろう。」と軽く手を振って、去っていった。深く息を吐く。カルナとは別のわかりやすく圧倒的なオーラだった。敬語が苦手な俺が自然と敬語を使ってしまう人間が多い、と思いながら、3つめの扉に少しだけ視線を送った。村で会ったレイナ、という女性も今のゲンも、ジークと呼んでいた。それがそこにいるのだろうか。疑問を噛み殺しながら、そっと自室と言われた部屋の扉を引いた。

ベッドから机や椅子、棚などちゃんと家具も揃っており、埃一つない綺麗な部屋だった。ベッドに寝転がり、傷一つない天井を見上げる。

ここに来るまでにたくさんの人に出会った。レイナ、ディアン、カルナ、エレナ、セシル、カレン、ゲン……そしてミラ。誰もが突然飛び込んできた新参者に優しく好意的に接してくれた。だから、だから少しでも忘れられた。親のことを。兄弟のことを。友達のことを。置き去りにしてきた黒焦げの死体達を。

一人になると途端に寂しさと悲しさが胸のうちに去来する。頬を一筋の涙が伝う。自分に出来ることなど何も無かった。でも、それでもただ宙を見上げることしか出来なかった自分が許せない。ただ一人生き残ってしまった自分が許せない。男も女も赤ん坊も老人も何もかもが死んだ。自分は生き残った。それが許せない。ただ運が良かったというだけで、こんなに安全な場所に連れてこられ、戦うこともせず、優しさと安全に囲まれた世界で安穏と生きている自分が許せない。何か、自分に出来ることは…無いか、瞼がゆっくりと落ちてくる。何か自分に……何か……

意識がゆっくりと眠りの世界へと落ちていく。意識が完全に眠りに落ちる寸前にミラの笑顔が脳裏の片隅をよぎった。あれはとても…とても可愛かった。


コンコン、と遠慮がちに扉をノックする音が聞こえ意識が眠りの世界から引き上げられる。「ユウ?寝ているのですか?」とミラの声が聞こえた。ゆっくりと体を起こし、瞼を擦る。体がとてつもなく重い。何時間寝てしまったのだろう。

「ごめん寝てた……どうしたんだ?」と言いながら扉に近寄る。

「起こしてしまってごめんなさい。夕食ですよ。」

もうそんな時間か。ドアノブを引き、そこにいたミラに尋ねる。

「部屋に来てからすぐに寝てしまったんだが、あれから何時間経ってる?」

「2時間くらいですよ。よほど疲れてたのでしょう」と言いながらクスッと笑われた。

頬が軽く朱に染まる。

「さ、行きましょう」と前を歩くミラの後を追おうとしたその時、一瞬だけあの扉に目を向け、すぐに逸らした。


ミラに案内され、夕食をする場所の目の前にたどり着く。重厚な扉にミラの指が触れた瞬間、視界に光が溢れた。

扉がゆっくりと開き、そこには生涯で目にしたことのない空間が広がっていた。清潔なテーブルクロスが敷かれた巨大な長テーブルの上に置かれた皿とゴブレットが天井の光を反射して煌びやかな光を放っている。テーブルの一番奥に腰掛けていたカルナが、「全員揃ったな。では、食べようか」と呟いた瞬間、テーブルの中央にあった大皿全てに食べ物が出現した。ミラは特に驚いた様子もなく、エレナの隣に座って楽しそうに喋っていた。

「な……」驚愕で言葉も出ない。席に座った全員がいただきます、と唱和し、料理を自分の皿に取り始める。

呆然と立っていると、

「何してんだ?座れよ。一緒に食べようぜ」

とセシルに声をかけられた。

「あ、ああ」と呟きセシルの隣に腰掛ける。

「この食べ物はどうやって?」

「表向きはレストランで働いてるけど実はこちら側の人間って人が帝国にいるらしい」とピザをくわえたセシルが答える。

「転送魔法だよ。金はちゃんと払ってる。だから遠慮せずに食べろよ。毒なんか入ってないぜ。」

辺りを見回すとたくさんの人が楽しそうに会話しながら笑顔で食事をしていた。ハフハフ言いながらピザにがっつくセシルの姿に見ていると、とてつもない空腹感が襲ってきた。「じゃ、じゃあ…」恐る恐る大皿のいい匂いがする肉を手元のナイフで切る。肉汁が滴るそれをフォークで刺し、自分の口に運ぶ。

瞬間、体を圧倒的な多幸感が包んだ。咀嚼し、飲み込む。村の家畜とは比べようがない。

風味が、食感が、旨みが、今までの食事とはレベルが違った。

「うめぇ……」そっと呟く。

「お、アヌール豚か。俺も好きだぜ」と口の周りが汚れたセシルが笑っている。

「セシル、口元よご」

……れてると言い終わらないうちに

「おい坊主!貴様も酒を飲まないか!」という顔が真っ赤なゲンの声に遮られた。

「俺まだ未成年なので遠慮します」と丁寧に断る。「ゲンさん、お酒は程々にしてくださいね。」と横からディアンが入ってきた。

「そーだそーだ!ジジイはいっっっつも酒臭いから大迷惑だ!」と暴れるエレナ

「ガキは黙っておれ。

ディアン、ワシと飲む気はないか?」

「もう21だこのクソボケジジイ!」

「お断りします」

ギャーギャー騒ぐ3人をミラとカルナは微笑ましそうな目で見ている。騒がしい食卓だなぁと思いながら黙々と食事をしていると目の前にいた人と目が合う

「よ、少年……結局入ったのか」

「ああ、改めてよろしく。ユウだ。

もう竜はいいのか?」

「もうミラから聞いていると思うが私の名はレイナ、だ。よろしく少年。」

「竜についてはお前が寝てる間にカルナがよこした増援と共に縛り上げて連れてきてる。どうやら何かしらの術式によって暴走していたようでね。今はそれの解析中だ。」

「術式、か……」

「この話はまた後でな」と言い、レイナは席を離れ、騒ぎの中に入っていった。

改めて辺りを見回して、レイナがいた席の隣に座っている人を見て少々驚いた。

「カレン、操縦室にいなくていいのか?」

「ええ、ついさっき帝国の上空に戻りましたので。船が自動操縦に切り替わったんです」

「……そっか」

そこで会話は終わり、彼女も騒ぎを笑顔で眺めていた。そこに、「初めまして、新入りの方ですよね」と声がかけられた。

「ああ」と振り向くと、

セシルの隣にセシルに瓜二つの少年がいた。

「君は……」

「セシルの弟、セリスです。兄と共にここに来ました。」

「ああ、一緒に来たって言ってたな……よろしく、俺の名はユウだ。」

「よろしくお願いします。ユウさん」と微笑む。にしても、セシルとセリス、二人ともそっくりなのに弟の方がずっと礼儀正しい。

「ユウ、お前今なんか失礼なこと考えなかった?」

これは俺も見習わないとな。

その後は、セシル兄弟と喋りながら大皿に載った様々な料理を楽しんだ。暴れ回るエレナとゲン、2人に振り回され迷惑そうなディアン、時々3人の会話に加わるレイナ、ハラハラした面持ちで見つめるミラ、そして全体を優しく見守るカルナ。……今の自分にその光景はあまりにも眩しすぎた。


全員の食事が終わると、大皿に残っていた料理は綺麗さっぱり消失した。セシルが言うにはレストランの方で処理するのだとか。大広間を出ようとしたときあることに気がついた。

「あれ?お風呂ってどうするんだ?」

「大浴場があるんだ。部屋に服が支給されてるだろうから取ってこいよ」とセシル。

一足先に仕事に行ったカレン以外の人間は部屋に服を取りに行くようだ。ああ、と頷き自分の部屋へと急いだ。部屋へと向かう道はずっと一つのことで頭がいっぱいだった。待遇があまりにも良すぎる。食事に部屋に風呂に洋服まで。どう考えても提供しすぎだ。戦いもしない人間にここまで与えていて資源不足にならないのだろうか。

「後で聞くか……」ぽつりと呟く。

自室の前にたどり着き、またもあの扉の方を見てしまう。どうやらジークというのが何なのか相当気になっているらしい。軽く頭を振って思考を切り替え、そっと扉を引くと、そこには様々な生活用品が籠に入って置いてあった。ほとんどが見たことがないものばかりだ。ここまで提供されると薄気味悪い物がある。一体これは誰がいつの間に置いたのだろう。部屋から出て、扉を閉める。意識的にあの部屋から目を逸らした。あの部屋を見つめ続けていると、いつか、いつかきっと好奇心であの扉に触れてしまいそうだから。


浴場は自分の部屋の真下の階にあった。男湯と女湯がちゃんと分けてあるようだ。男湯の方に入り、汚れた服を素早く脱いで籠に突っ込み、部屋から持ってきたタオルを抱え戸を引いて浴場に入る。

「風呂から上がったらもう一杯やるとするか!ディア……」と言いかけたゲンに

「僕は行きませんよ」とディアン。

まだやってるのか。

「おーい、いい湯だぜー。体洗って来いよー」とこちらに気づいたセシルが声を上げる。

「おーう」と応え、壁際に5つある個室に入る。壁に張り紙で体と頭を洗う際の手順が書かれていたので助かった。持ってきた風呂用具は村とは全く違うせいで正直どうしようかと思っていた所だ。

ギャーギャー喚く声が響いてくる。そっとため息を吐き、手順に従って体を洗い始めた。


肩まで体をゆっくりと沈め、深く息を吐く。疲れきった体に湯が染み渡っていく感じが気持ちいい。

「なぁ、お前はどっから来たんだ?」というセシルの問い。

「俺はある辺境の村生まれだよ。」

ほーんとセシルは頷く。

「ところでさ、セシル。部屋に届いてた生活用品見てて思ったんだけど、なんでここって戦いもしない俺にこんなに待遇いいんだ。」

なぜかセシルは1人でリラックスしているセリスに一瞬だけ視線を送り、

「カルナさんやミラちゃんやエレナちゃん、それにゲンさん、シノさんもだな。ここに来る前全員元々はモルスに仕えてたんだ。4人ともかなり帝国の中で、有名だったし、身分もかなり高いほうだったからここには莫大な資金がある。お前一人匿うぐらい余裕なんだよ」

「そりゃまたすごい話だな……シノさんって誰?」

「シノはうちの船専属の医者だ。変人だが腕は確かだぞ。」と今まで黙って浸かっていたカルナが答える。

「へぇ……」

「ところでお前さ、なんか力仕事でもやってた?」とセシル。

「どうして?」

「いや、筋肉が割としっかりとしてるから。」

と、横からゲンが

「うむ、確かに坊主はがっしりとした筋肉をしておる。2〜3ヵ月訓練させればそこらへんの剣士に匹敵するレベルになろうよ」やけに真剣な面持ちで頷いている。

「そうかなぁ」と自分の体を見下ろす。

まあ村で力仕事けっこうやってたし、幼い頃から走り回って遊んでいた。村には遊べるものがほとんど無かったからだ。だからそこそこ体力にも自信がある。

「剣の道かぁ……確かに興味あるなぁ」

「ほほぅ、剣の道に憧れるか。坊主、貴様ワシと明日から稽古せんか?」

「稽古ですか?剣の?」

「うむ」

正直とても気になった。ここでじっとしておくのは我慢できそうにないと思っていたし。

「確かにうちの組織は必ず安全を保証できるわけじゃないからな。鍛えておくのはいいんじゃないのか?」とカルナ

「ゲンさんはスパルタだからやめといた方がいいですよ、ユウくん」とディアンが横から割り込んでくる。

「なぁに、どれだけ怪我しようと治療すればよかろう。」

「そんな無茶苦茶な……」

「俺は別にいいけど……」

という俺の声を遮って、セシルが

「俺もやろうかな」と混ざってきた。

「お、セシルもか。貴様はやはり魔法だけに頼るような貧弱なやつではなかったようだな」

「なんでセシルはセシルで俺は坊主なんだ……というかセシル魔法使えたのか?」

「ま、一応はな」

「細かいことは気にするな!で、坊主。貴様はやるのかやらんのか?」

「やりますよ……で、具体的には何を」

「それは明日の楽しみだ!」

ガハハ、と大仰な動作で笑うゲンの笑い声が浴場に響き渡った。


浴場からあがり、部屋から持ってきた服に着替え、皆と別れ部屋に戻る。明日からしっかりと自分を鍛えよう。ここに何でもかんでも与えられていてはきっとダメになる。明日に備えて今日はゆっくり休もう、と急いでると背後から

「ユウ?お風呂から上がったのですか?」と声がかけられた。振り返るとそこにはミラがいた。頭が沸騰する。風呂から上がったばかりなのだろう、ミラは花のような香りと、妙な色気に包まれていた。

「ユウ?」

「あ、ああ!とてもいい風呂だったよ」

「そうですか」にっこりと微笑むその顔はあまりにも魅力的だった。

「では」と彼女は去っていった。まだここにはかすかに彼女の香りが残っていた。早足で自室に戻り、ベッドに横たわる、が胸の動悸はまるで収まる気配がなかった。


はっ、と目を見開く。汗だくになった顔をそっと手で拭った。

少年、ユウと別れて5時間後、私はいつもの悪夢に魘され、目が覚めた。いつもの、ただの幻覚。

それは今まで私が帝国と戦う中で殺してきた人間だった。毎晩のようにそれは夢に現れ、私を苛み、私の心を少しづつ蝕んでいった。ここには私と彼らしかいない。

私が殺した彼らに、罪はなかった。ただ彼らは皇帝の表向きの理由である世界の統合を実現しようと、私に立ち向かってきただけのこと。

それをただ殺した。1人1人の顔を見ることなどなく、広範囲の魔法で、大勢を焼き払ったこともあった。ただただカルナや仲間と共に殺し続けた。殺人ではなく、殺戮。

殺すことの意味もその罪も考えず。ただ世界が統合されたら、より多くの人が殺されるというだけで、仲間と何度も殺した。その殺した彼らが、毎晩私を責めるようになっただけのこと。それがいつからなのかも、もうわからない。お前のせいだ、よくも殺したな、この人殺しが、と。それはとても私には受け止められなかった。

その夢から逃れることはできず、次第に私は夜が来るのが、夢を見るのが、眠りに落ちるのが怖くなってしまった。

仲間はみんな、そんな夢は見ないそうだ。きっと皆は殺すという罪を、初めて殺した1人目からちゃんと背負ってきたのだろう。だから私は、こんなところでただの幻覚にいつまでも怯えている。

「やはり、私が死ぬしかないのでしょうね。この悪夢から逃れる方法は。」

と私はそっと呟いた。

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