第2話 炎を抜けて

「モルス…帝国」

こんな辺境の人里離れた地に住む、俺ですらその名を知っていた。

一流の魔法使いや騎士が己の研鑽のために訪れ、皇帝の下に仕えると言われている地であり、今や世界で1番力を持っている国と言っても過言ではない、と親父が言っていた。

新しい皇帝に変わってわずか12年で数々の国を占領して、確実に領土を拡大しており、既に世界の4割の領土はモルス帝国が握っている、など多種多様の噂を聞いたことがある。

「じゃあ、えーっと、あんたは、モルス帝国に忠誠を誓う魔法、使いなのか?」

ミラは可愛らしく微笑み、

「ミラでいいですよ」

と優しく応え、ミラは辺りを見渡し、悲壮な表情を浮かべた。

「炎や死体があると落ち着いて話もできないでしょう。ここを少し離れましょう」と言い、村の出口へ向け、歩き出した。俺は、少しだけ空間を開けてその後ろに続こうとしたが、背後から視線を感じて振り返った。黒い影が、一瞬目の前を通り過ぎて行ったが、何だったのだろうか。

「どうしたのです?」

「なんでもない。それより話を聞かせて欲しい」

「はい。実は帝国には私はもう仕えていません。私は元帝国の魔法使いです。」とミラは低めの声で言った。

「帝国に仕えてないのに帝国に住んでるのか?市民になったとか?」

「市民ではありません。私は帝国に対抗する反抗勢力。そうですね、俗に言うレジスタンスに所属しているんです」

「レジスタンス…!?」

「ええ。私は帝国に仕えていたころに親しかった騎士と魔法使い等と共に帝国を抜け出し、組織を結成しました。

名は《レヴァテイン》」

「メンバーはみな帝国の所業を容認できない。現体制の崩壊を目的に動いています。」

「帝国の…所業?」

「ええ。正確に言えば帝国を治める皇帝バルドの。バルド皇帝は自らの目的は国々を統一し、世界に秩序と安寧をもたらすことだと宣言しています…ですがそれは表向きの理由に過ぎません。彼の真の目的は世界を一つにすることなんかじゃない。」

「皇帝の目的?」

「ええ。信じ難い、受け入れ難い、

理解し難い話でしょうが。」

ミラの表情が一瞬曇り、

「バルド皇帝は「死」を視ることを唯一の娯楽としている異常者なのです。

彼が世界を統一した時には、数多の人間に無慈悲な殺戮が毎日のように繰り返されるでしょう」

その言葉は1言1句間違えずに聞き取れたのに全く理解出来なかった。死が娯楽だと…?冗談じゃない。死なんてもう2度とみたくない。未だに俺の脳裏には目の前で家族の、友の、死をみた光景が生々しく残っている。あんなのはもう2度とごめんだ。親しい人間の死なんてもう2度と見たくない。

全く理解できないミラの言葉に長考に入ろうとしたその瞬間。足の裏に密着する地面から、小さな振動が伝わって来るのを感じた。ミラが歩くのをやめ、そちらの方角を見たので、それに倣う。どどどっ、どどどっ、という振動がどんどん近づいて来た。

音が聞こえた方角に目を凝らすと、こちらに一直線に向かってくる黒い馬と赤髪の女の騎手が見て取れた。ミラの手前まであっという間に到達し、騎手が力いっぱい手綱を引くと、騎馬は鼻から激しい噴気を3度鳴らして止まった。その勢いに驚いた俺は、数歩後ろに退いた。

騎手がこちらに顔を向ける。騎手は肩より少し長めの、美しい赤色の髪をした女だった。

「くそ……遅れた。あちこち死体だらけじゃないか。竜のやつはどうしたんだミラ?」と呟く。

ミラはそちらに顔を向け、

「すみませんレイナさん

この少年が危なかったので独断先行してしまいました。竜は私が倒しました。あちらに倒れています。」

と遠くの竜を指さす。レイナは目を凝らし、

「生き残りがいたのか。ああ、任せておけ。にしても小せぇな。

あの竜全長ジークの4分の1ぐらいしかないんじゃないのか?やっぱ子供だな」

あの竜が小さい?子供?ジーク?

「そうですね。でも炎の威力や体の頑丈さはかなりの物です。上級魔法を2回も浴びせてやっと動かなくなってくれました。くれぐれもご注意を」

俺の疑問を余所に話がどんどん進んでいく。

レイナ、と呼ばれた女はまじかよと呟き、

「少年はどうするつもりだ?」

「ええ、一応勧誘を。それが無理ならそれなりの対応をするつもりです。」とミラは少し陰鬱な表情で応えた。

「そうか」

そこで女はこちらに顔を向け、

「じゃあな少年、後でまた会えることを願う。ミラ、ディアンが馬車と共に村の外で待っているからな。」と言い残し、馬と共に未だ浅い呼吸をする竜のもとに向かった。

ミラはありがとうございますと言って女の方に頭を下げ、

こちらに振り返る。

「今の、人は?」疑問を口にする。

「彼女もレジスタンスのメンバーです。私はそろそろこの村を発つつもりですが。あなたはどうしますか?」

「村以外に俺が行ける場所はない……」

「ええ。当然のことだと思います。

私と一緒に馬車に来てくれませんか?迎えが来たので私はできるだけ早く組織の拠点に戻らなければなりません。先ほども言ったとおり、私の教えることが可能な情報全てを伝えます。私の話に納得出来なかった場合は、途中で降りてもらって構いません。」

「わかった。ミラの話を全部聞いて自分でどうするか決めるよ」

「100点満点の回答です」とミラは微笑み、

「そういえば、あなたの名は?」と首をかしげた。

「俺の名前は…ユウ。ユウだ」と口にした。

「ユウ。ええ、とてもいい名前ですね。」と満面の笑みを浮かべる。純粋にとても可愛いと思えた。その笑顔は今の俺が見るには、少し眩しすぎた。

「さあ、行きましょう」とミラに声をかけられ、村の出口までミラの背中だけを見つめながら歩いた。多くの死体が焦げる匂いが鼻をつく。この匂いを、この風景を、この地獄のような惨状を俺は一生忘れないだろう。

程なくして、炎に包まれた村を抜け、俺は新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。辿りついた出口には金髪の青年と2頭の馬が率いる馬車が待っていた。

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