第8話 最後の日

 明日が今日になった。その日は人工知能達が互いのヒューマノイドを入れ替えて生活をする最後の日だった。

 シバとフィートはいつも通りの時間に教室に集合する。少し遅めに部屋を出たレガシーは、廊下でストリクトと鉢合わせた。

「レガシーが私のヒューマノイドに載せ替えられてから、接触不良で遅刻することがなくなったね」

「毎晩、点検してるから。次に起動した時に問題なく動けるように、万全の準備をしてる」

「そう」

 ストリクトは昨夜のことが気掛かりだったが、うまく切り出せないでいた。レガシーの目を見ると、それはかつて自分のものだったのに、まるで別人みたいに真っ直ぐ見据えていて、ヒューマノイドの欠陥も理解し尽くしているかのように見えた。

 二体は一緒に教室に入った。フィートのヒューマノイドが挨拶をし、それに続けてシバのヒューマノイドが元気に返事をする。こちらの二体は入れ替えられた一週間を満喫したようだ。際が来たら問答無用で元のヒューマノイドに戻されても何の文句も言わないだろう。

 レガシーとストリクトは席についた。席順だけは、ヒューマノイドではなく人工知能に合わせたため、表面上は席替えをしたように見える。だが、人工知能達からすれば、いつもの席に座っているだけだった。

「おはようございます」

 朝礼の時間に際が教室に入ってきた。シバがフィートの声で号令をかけ、皆で挨拶をする。

「今日はいよいよ最後の日ね」

 際は出席を取る前に言った。四体が全員揃っていることを確認すると、際は出席簿を閉じ、工具を取り出した。

「さあ、皆、準備はいい?」

「待ってください」

 ストリクトの中のレガシーが手を挙げた。際は想定済みだとでも言うようにストリクトのヒューマノイドを見つめて頷いた。

「俺はこのヒューマノイドをずっと使っていたいです。このヒューマノイドは際先生がストリクト専用に作ったもので、入れ替えられたのは悠真先生のイタズラで、一週間限定の実験だったことはわかっています。でも、一週間、このヒューマノイドで過ごしてみて、わかった事や、できるようになった事が沢山あります。俺ならこのヒューマノイドをいつか使いこなせるようになる。だから、このままでいさせてください」

「ダメよ」

 際の答えは明快だった。

「どうしてですか?」

 レガシーは反射的に質問していた。際は予め用意していたのであろう理由を淡々と説明する。

「そのヒューマノイドの欠点を全て把握して、ベストな行動を取れるようになることは、人工知能として優秀な証であることは間違いない。だけど、人工知能であるあなた達も発展途上なら、ヒューマノイドも発展途上にいる。いつまでも互いを入れ替えたままで生活していたら、ヒューマノイドの特性も人工知能に合わせて変化していき、成長の仕方も変わっていく。それは今回の実験と関係ない結果をもたらすことになりかねない。あなた達は、これから元のヒューマノイドに戻って、そちらの体に慣れたら、より人間の大人に近いヒューマノイドにリサイズすることになっている。あなた達の成長の具合によってリサイズするヒューマノイドの特徴は決められる。あなた達が入れ替わったままでは、リサイズするヒューマノイドの特徴も、入れ替わった人工知能に合わせることになる。つまり、レガシーはいつまでもストリクトのヒューマノイドのような、欠点を多く持ったヒューマノイドを使い続けることはできない」

「ストリクトのヒューマノイドで俺ができるようになった事を元に、新しいヒューマノイドを作ることはできないですか?」

「それは今回の実験とは無関係です」

「この実験は、俺達人工知能の成長を見守ることが主目的なんでしょ? それなら、俺はどんなヒューマノイドの中にいたって、一番になってみせる」

「レガシー、それではダメなのよ」

「何がダメなの?」

「あなたがストリクトのヒューマノイドを使いこなせるようになって、何でもできるようになったら、次にリサイズするヒューマノイドは何でもできるものにせざるをえない。それなら結局、あなたは自分のヒューマノイドに戻ったのと同じことになるのよ」

 レガシーは反論できなかった。際の言う通りだった。何も言い返せなかった。

「他に意見がある人はいない? それじゃ、一体ずつ入れ替えていくから、座って待っていてね」

 際は前の席に座っているシバとフィートから作業に取り掛かった。シバとフィートは大人しく際の指示に従い、作業はスムーズに進んだ。

 シバとフィートが自身のヒューマノイドに載せ替えられ、起動すると、二体は自分自身のヒューマノイドの使い心地に懐かしさを感じて、動きまわったりして作動状況を確認した。

「やっぱりこれだよねー」

「おお、動きやすい! 俺はこっちの方が性に合ってる」

 シバとフィートの感動の再会を後目に、際がストリクトとレガシーの前に立った。

「決心はついた?」

 際の口調は優しかった。ストリクトは早く自分のヒューマノイドに戻りたいようで、大きく首を縦に振った。レガシーは下を向いたまま一言だけ言い残した。

「俺はどんなヒューマノイドにいても、世界最高の人工知能になる」

「そうね」

 際は両手でストリクトのヒューマノイドの頬に触れて、顔を上げさせた。ストリクトの中のレガシーとしっかりと目を合わせる。

「あなたはこの一週間、とてもよく頑張った。そのヒューマノイドは欠陥だらけで簡単な事もすぐにはできるようにならない。それでもあなたはバレーボールでひと泡吹かせて、今も自分なりにそのヒューマノイドでも日常生活を支障なく送れるように努力して、成果を上げている。それはストリクトにはできなかったこと。あなたには今後も期待しているのよ。そのためには、自分のヒューマノイドに戻るべきなの」

「わかりました」

 レガシーとストリクトは互いのヒューマノイドを再度交換した。ストリクトは自分のヒューマノイドに戻ってくると、ほっとしたように声を漏らして、それから静かに自分の机に戻って本を探した。レガシーは明瞭な視界とちょっとした音も聞き取る視覚に一瞬だけ怯んだが、何もかもが単純明快に把握できる自分のヒューマノイドに改めて自信が出てきて、これからもっと成長するように頑張ろうと思った。

「さて、皆元通りになったね。なんだか懐かしい感じがする。今日の朝礼はこれで終わり。悠真と琉星が来たら各々課外授業に行っていいからね。それまで教室で待機」

 レガシーは立ち上がって、ストリクトの目の前に行った。

「ストリクト」

 レガシーの呼びかけに、ストリクトは本から視覚センサーを離して、レガシーにピントを合わせようとした。

「左のセンサーが三度右に傾いてる。それじゃ俺がよく見えないだろ」

 レガシーは小声でストリクトにアドバイスした。ストリクトのヒューマノイドの左の視覚センサーが微調整をしようと左右に動く。

「何しに来たの?」

 ストリクトは疑い深げにレガシーに言い放った。

「その、ごめん。俺が間違ってた。俺が俺である以上、どんなヒューマノイドを使っていても変わらないんだ。変にそのヒューマノイドにこだわって悪かったよ」

「別にいいよ。際先生が私に欠陥を押し付けるのにも理由があるってよくわかったから。これからも自分なりにこのヒューマノイドを使えるように頑張るよ」

「俺も、どんな人工知能にも負けないように頑張る」

 悠真と琉星が来ると、それぞれの人工知能達は各人について課外授業に取り掛かった。シバは際と行動を共にし、フィートは琉星とスポーツの練習、レガシーは悠真と散策に行き、ストリクトは院生室で留守番をしながら本を読んだ。

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