第7話 レガシー in ストリクト

 レガシーは消灯時間を過ぎてから、ストリクトのヒューマノイドを無理矢理起こして部屋を出た。際達の監視は想定済みだったが、それより優先することがあった。

 何日か振りに自分が今まで使っていた部屋に忍び込む。フィートの中のシバとレガシーの中のストリクトは大人しくベッドに横たわってシャットダウンしている。レガシーは、レガシーのヒューマノイドの中のストリクトを起動させた。

「ストリクト、起きろよ。ちょっと話があるんだ」

 ストリクトはすぐに起動し、目の前に自分のヒューマノイドがいることに驚いた。

「何してるの、レガシー。もう消灯時間過ぎてるよ」

「俺達にそんなもの関係ない」

 レガシーは嫌がるストリクトを立たせて、廊下に連れ出した。

「お前、俺のヒューマノイド使ってみて、どうだった?」

 廊下の壁に凭れて座って、レガシーは話し始めた。ストリクトは何と答えるべきかわからなかった。

「どうって……、色々な事が一度にわかりすぎて、使いにくかった」

「俺のヒューマノイドが使いにくいわけないだろ」

 ストリクトは、レガシーが自分の答えに納得がいっていないと判断した。暗くて表情が見えなくても、声音でわかった。

「でも、本当にそうだったんだよ。一度に沢山の情報が入ってきて、どうすればいいのかわからなくなった」

「なるほど。それで、お前はどうした?」

「センサーの感度を狭めて、必要ない情報が入ってこないようにした」

「そんなことだろうと思ったよ」

 レガシーは意を決したように一呼吸おいてから言った。

「俺は、ストリクトのヒューマノイドを使ってみて、今までとは違うことにチャレンジできた」

「そのヒューマノイドでバレーボールなんてしても意味なかったでしょ」

「いや、すごくいい経験だった。ストリクトのヒューマノイドの悪いところがよくわかったし、対処法もわかってきた。お前、知ってるか? この視覚センサーは左右で視野が違っていて、視力も違うんだ。だから、見えている物を的確に捉えることが難しい。左右の連動もうまくいっていないし、それは眼鏡だけじゃ補い切れない。それに聴覚センサーは高音を聞き取りにくい。遠くの音を聞き取ることもできない。右手は利き手だから少しだけ握力があるけど、左手との力の差が大きい。腕のセンサーは俺のヒューマノイドの半分もないから細かな動きができない。それから脚は――」

 ストリクトは話し続けるレガシーを止めた。このままでは夜通し自分のヒューマノイドの欠点を列挙されると思った。

「わかった、わかったよ。もういいよ。それで、何なの?」

 レガシーは単刀直入に言った。

「俺はずっとこのヒューマノイドの中にいたい」

「え?」

 ストリクトは思考停止した。レガシーが言った事を理解できなかったわけではないが、あり得ない事を言ったと思った。レガシーは詳細を説明した。

「俺はもっとこのヒューマノイドのことを知りたいんだ。このヒューマノイドを使いこなせるようになりたい。バレーボールした時も、最初は絶対負けるのにやる必要ないと思ってたけど、やっていくうちに段々このヒューマノイドのことがわかってきて、どうしたらこのヒューマノイドで勝てるかを考えられるようになったんだ」

 ストリクトはどうしていいかわからなかった。レガシーのヒューマノイドは自分には感度がよすぎて居心地が悪い。約束の日が来たら自分のヒューマノイドに戻れると思っていたから、レガシーの思いには反対だった。

「嫌だよ、私は元のヒューマノイドに戻りたい。レガシーのヒューマノイドの中にいても、私がやる事は変わらなかったもの。いつも通り、院生室で留守番して、本を読んで、皆と一緒にいて。このヒューマノイドはレガシーが使わないといけないよ」

「お前はもっとヒューマノイドと関わるべきだ。いつも本ばっかり読んで、体を動かさない。だから俺のヒューマノイドに入ってもうまく使いこなせないんだ」

「それを言われたら否定できないけど……」

 レガシーは立ち上がった。

「俺は初めて外の世界に出た時、自分がいる意味を知ったんだ。際先生が俺達を作った理由を。俺達は人工知能として成長し続けなければならない。だから、際先生達が望む限り、どこまでも、どこまでも成長して、何でもできるようになりたい。俺は世界最高の人工知能になりたいんだ。俺はこの前まで、俺のヒューマノイドなら世界最高になれると思ってた。でも、今は違う。この何もできないヒューマノイドを使いこなせるようになってこそ、世界最高の人工知能になれる。予め最高を約束された体ではなくても、俺は一番になれると証明したい」

「いや、でも……」

「だから、ストリクト。俺は明日、際先生にこの事を話す。もっとずっとこのヒューマノイドの中にいられるように、頼んでみる」

 ストリクトはレガシーに言い返せなかった。ずっとレガシーのヒューマノイドの中にいれば、ストリクトもレガシーのヒューマノイドに慣れて少しは何かができるようになるだろう。だけど、それはいけない気がした。レガシーがストリクトのヒューマノイドで何でもできるようになりたいと思うことは素晴らしいと思うが、ストリクトがレガシーのヒューマノイドで何でもできるようになりたいと思うのは、正反対のことだ。

「……嫌だ」

 ストリクトが言うと、レガシーは即座に反論しようとした。ストリクトはそれを制して自分の意見を言った。

「それは嫌だ。私は自分のヒューマノイドに戻りたい。レガシーが上を目指すのはいいことだよ。すごくいいことだと思う。でも、私がレガシーのヒューマノイドにずっといて、何かができるようになるのは当たり前の事だもの、そんなズルをしてまで、何かができるようになりたいとは思わないよ」

 レガシーは少しの間黙っていた。ストリクトは何かを言うべきか迷った。でも、これ以上に言うべき言葉が見つからない。

「そうか」

 レガシーが呟いた。その声はストリクトのものだったが、レガシーが話しているというのがひしひしと伝わってきた。ストリクト本体とは全く違う声音だった。その声は落胆している表れとも考えられたし、まだ諦めていない決意を秘めているようにも考えられた。

「もう寝よう」

 レガシーが言った。暗いから表情はわからないが、不服そうであることはわかった。まだ議論を続けることもできたが、ストリクトはレガシーの言う通りにした。

「お前が嫌でも、俺は明日、際先生に話すぞ。俺達がこのままでいられるように。多分、際先生は俺の案を最初は否定するだろうけど、俺が理由を話せば、わかってくれるかもしれない」

「そうなったら、私達は際先生の選択に従うしかない」

「そうだ」

「わかった。その時は、そうするよ」

「ありがとう」

 二体は廊下で分かれて自分のベッドに戻った。ヒューマノイドの形に馴染んだベッドは二体の人工知能にとっては慣れないものであるはずだったが、今のヒューマノイドとの生活が長引くうちに、何とも思わなくなっていた。

 「明日」という言葉がレガシーとストリクトの人工知能の情報網で大きな意味を持つものとなった。明日になったら、際が人工知能とヒューマノイドの組合せについて結論を出すことになる。このままにするか、元通りにするか。レガシーは自分の意見が採用されると信じていた。

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