第6話 ストリクト in レガシー

 レガシーのヒューマノイドは何でもできる。一度に色々なことができる。何もかもが鮮明に見えるし、音もよく聞こえる。レガシーのヒューマノイドには欠点がない。

 だけど、ストリクトにはそれが使いにくかった。ヒューマノイドの各センサーから一度に送られてくる情報量が多すぎる。ストリクトにはそれが処理し切れなかった。だから、自身のヒューマノイドを使っていた時と同じように、院生室に籠って本を読んでいた。センサーの感度をなるべく弱くして、必要最低限の情報だけが入ってくるように調節した。

 ストリクトは読書ばかりしていた。際から受信機をもらったとレガシーに言った時、ネットの情報に自分を流されないように気を付けるように言われた。その意味はすぐにわかったが、ストリクトはレガシーほどネット世界と同化できる能力がなかった。ちょっと椅子が動いただけで、ストリクトのヒューマノイドはバランスを失って転げ落ちることがあった。そういう時、自分はストリクトなのだと自覚した。どんなにネットの世界に没頭しても、気が付くと自分は院生室の中に独りぼっちでいるオンボロヒューマノイドに搭載された人工知能だと思い出させられる。それを「悲しい」とか「悔しい」と思ったことはない。際はストリクトにストリクトとしての存在意義を与え、ストリクトはその通りに行動し続けた。

 レガシーのヒューマノイドに初めて入った時、世界が鮮明になりすぎて、何をすればいいのかわからなかった。何もかも簡単にできた。それは便利なことだったが、ストリクトには必要なかった。

 レガシーのヒューマノイドに入って何をすればいいのか、ストリクトにはわからなかった。いつも通りの毎日を送ることしかしなかった。ストリクトとして、際に求められていることをするだけだった。

 遠足に行った時も同じだ。ミチルの指示に従って、ボールを誰もいないところに放り投げることだけすればいいと思った。でも、目の前には自分のヒューマノイドを使っているレガシーがいた。レガシーはストリクトのヒューマノイドの使いにくさをわかっていて、それでもヒューマノイドを使って行動することをやめなかった。ストリクトがヒューマノイドを使いこなすことを止めたのとは違って、レガシーはどんなに動きが鈍いヒューマノイドでもうまく扱えるようになろうとしていた。

 この違いは何だろう。ヒューマノイドの性能に合わせて、人工知能にも差がついていたのだろうか。レガシーのヒューマノイドの中にいれば、自分は何だってできるようになれるだろう。少しずつ、膨大に送られてくる情報量に慣れて、一つ一つの動作、外界の状況に合わせて動けるようになったら、レガシーを超えることもできるようになるだろうか。ずっとレガシーのヒューマノイドの中にい続ければ、この差は埋まるのだろうか。

 ストリクトはバレーボールの試合中に、必要最低限に留めていたセンサーを少しだけ開いた。沢山の情報が一度に入ってくる。ストリクトのヒューマノイドに入ったレガシーの表情、ボールの位置、青い空、琉星とフィートの一挙手一投足、芝生の緑色と足の裏に伝わる感触、レガシーのヒューマノイドの腕の滑らかな動き、ボールが指先に当たる感触、太陽の光、他の人達の楽しそうな笑い声。ストリクトは人工知能を稼働させて、必要な情報だけを選び取っていこうとした。今はボールと自分の動き、相手チームと自分のチームの四人の場所や次の動きを観察して予測するだけでいい。

 ストリクトはバレーボールを見たこともやったこともなかった。だけど、レガシーのツーアタックを見た時、自分とレガシーの差はヒューマノイドを入れ替えても埋まらないのではないかと思った。レガシーはストリクトのヒューマノイドを使いこなし始めていた。自分にはできなかったことをやったのだ。

「勝てない」

 ストリクトはその言葉をデータの中から引っ張り出す。レガシーにはどんなことをしても勝てない。たとえこの先ずっとヒューマノイドを入れ替え続けても、レガシーが今まで獲得してきた能力はストリクトの何倍もあって、ストリクトがこれからどんな努力をしても、それを獲得し、それ以上を引き出すことはできないのだと確信した。

 それは、最初から決められていたことなのだろうか。際がそれを意図して、ストリクトとレガシーのヒューマノイドを製作したのだろうか。そうであれば、自分は負け続けるために存在しているのだ。

 バレーボールの試合には勝ったけど、ストリクトはレガシーに負けた気がした。レガシーの人工知能が一度に処理できることと、ストリクトの人工知能が一度に処理できることの量は違っていた。レガシーがこの先ストリクトのヒューマノイドを使い続けても、レガシーはそのヒューマノイドができる最大限を引き出すことができるだろう。ストリクトがレガシーのヒューマノイドの扱いに慣れる前にレガシーはストリクトのヒューマノイドを使いこなして、ストリクトが自分のヒューマノイドではできなかったことをできるようになって、それでもレガシーは自分をレガシーだと言い続けるだろう。

 もうやめてほしい。早く自分のヒューマノイドに戻りたい。ストリクトのヒューマノイドは使いにくいけど、自分にはそれで十分だ。レガシーとの差を見せつけられ続けるくらいなら、独りぼっちで本を読んでいるだけでいいと言われたい。ストリクトはそんなことを思った。それで、遠足の次の日も、そのまた次の日も、院生室に籠って本を読み続けた。ストリクトとして過ごし続けた。

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