第5話 遠足 後編
際はミチルと琉星が人工知能達にバレーボールをさせているのを悠真と二人で眺めていた。初めはボールの扱いを少し練習して、それからチームに分かれて試合をする。ポジション分けまでしっかりしているのが見ていてもわかった。
「何で俺が人工知能とヒューマノイドを入れ替えたの、怒らなかったの?」
悠真が人工知能達のバレーボールを観戦しながら際に話しかける。際は少し考えてから答えた。
「そうね、ちょうどヒューマノイドのリサイズを考えていた時期だったからかな。人間で言えば、ティーンエイジャーになる頃だから、どうしても個性が強くなってくる。それぞれの成長の度合いに合わせて年齢層を変えるか、全員の想定年齢を固定してあくまで足並みを揃えた方がいいのか、考えていたの。ヒューマノイドを入れ替えるっていうのは、人工知能とヒューマノイドの関係性を別の角度から見るいい方法だと思った」
「俺も、レガシーは大学生に設定しても遜色ないけど、ストリクトはまだ中学生にもなりきれてないと思ってた」
「ヒューマノイドの扱いだけを見たらそうかもしれない。ストリクトは人工知能だけを評価すれば、高校生くらいでもよさそうよ」
飛んできたボールを悠真が立ち上がってキャッチし、ミチルに向かって投げて戻ってきた。
「ミチルさんって、学生の時バレーボール部だったんだっけ?」
悠真が呟く。
「そうだったと思う。なんか、結構強かったらしいよ」
「へえ。じゃあ、このチーム分けは戦力差が大きいな」
「どうして?」
「琉星は大抵のスポーツは何でもできる。フィートはバレーボールをやったことがある。だけど、シバは今、フィートがバレーボールをやっていた時に使っていたヒューマノイドの中にいるし、ストリクトはレガシーのヒューマノイドを使ってセッターのポジションだ。ストリクトはやる気があるようには見えないけど、実際にやる気がないわけじゃない。おそらく、あの感じを見ると、ミチルさんにうまいことを吹き込まれている。ストリクトは今、何でもできるレガシーのヒューマノイドを使っている。ストリクトが指示通りに動けたら、ミチルさんはいつでもどこにでもスパイクを打てるってわけだ」
ミチルのスパイクが琉星とフィートの間に落ちていくのが見えた。
「ストリクトは冷静に相手のいないところにボールを上げてる。ミチルさんならこの狭いコートもどきのどこへでもすぐ行けるから、自陣にボールが入ってきた時点で、ミチルさんのチームは勝てるんだ」
「フィートとシバはどう思う?」
「フィートはまずレガシーがボールを上げないことにはどうにもならない。いつも使ってるヒューマノイドと違うから、ボールの見え方とか、ジャンプの高さとかが違うだろうし、試合中に合わせられるようになるかどうかわからないな。シバはフィートのヒューマノイドなら多少無理な体勢になっても大丈夫という安心感があるから、どこに飛んできたボールも必ず拾ってる。足でも手でも頭でも何でも、ボールがストリクトの頭上に上がるように、ボールをよく見て、自分のヒューマノイドを自由に使ってる」
「琉星のチームが劣勢なのがよくわかった」
シバがボールを高く飛ばしすぎて、相手チームの方に飛ばしてしまった。
「まあ、こういうこともある」
悠真は自論が否定されないうちに、予防線を張る。
琉星がボールをレガシーの頭上に上げて、レガシーがボールを見て手を顔の前に出した。だが、ジャンプのタイミングが合わず、ボールが指先を掠めて顔面に当たり、そのまま真上に飛んだ。フィートはストリクトのヒューマノイドを気にしてジャンプを途中でやめ、倒れたレガシーを起こす。
「大丈夫かしら。修理が必要だったらどうしよう」
際は心配するが、試合は再開された。ストリクトのヒューマノイドは今まで見せたことのないような粘り強さを見せて、少しずつ、ボールにタイミングを合わせられるようになっていった。
「さすがレガシーね。ストリクトのヒューマノイドでも、それなりにできるようになってきてるみたい」
「元は同じ人工知能だったのに、こうも変わるものかね」
「レガシーは自分を人間とは区別して、成長し続けるだけの機械だと思ってる。だから、ヒューマノイドが変わっても、成長するために行動し続ける。壊れるまでトライアンドエラーを繰り返しているだけなの」
「それがこの前レガシーが言ってた、人工知能は明日が来ないと知っても何とも思わないってことの理由?」
「人工知能には本能がない。稼働し続ける限り成長を続けるけど、私達が必要としなくなったらそれまで。そのことに対して何とも思わない。それが、脱走して、この公園に独りで来た時にレガシーが自分で見つけた答えよ」
レガシーが片手でボールを触って相手チームの地面に落とした。一瞬、コート上の全員が凍り付いて、琉星とフィートが歓声を上げた。
際はレガシーがストリクトのヒューマノイドの欠点に気付き始めているとわかった。
「レガシーはあんたがストリクトのヒューマノイドに入れ替えてすぐ『俺はレガシーだ』ってはっきり言ったでしょ? レガシーは人工知能だけでも自分を保っているつもりなのね。他の何にも同化しない『レガシー』という自分がいるって。これまで経験してきたことが蓄積されて『レガシー』が存在していると思っている」
「このままずっとストリクトのヒューマノイドを使い続けても、そう言い続けられるかな?」
「さあね。私達がストリクトのヒューマノイドをレガシーと呼び続ければ、そうなんじゃない?」
「際にもわからないのか」
「気になることだけど、それは今回の実験とは関係ないから、約束通り、一週間が過ぎたら元に戻す」
「シビアだな」
「一週間でも長いと思ってよ」
試合が終わったみたいだった。ミチルのチームの圧勝だった。琉星とミチルと人工知能達は輪になってパス練習を始めた。
「私がレガシーにこれからはストリクトとして生活しなさいって言ったら、多分だけど、従うと思う。でも、それはまた別の話。あの子達は一週間経ったら元のヒューマノイドに戻って、すぐリサイズする。個性がより顕著になった人工知能達がどのように互いを定義し、この世界と関係し合い、自身についてどう答えるかを見るのがこの実験の最終目的」
際は立ち上がった。
「ねえ、私達もバレーボール参加しない? 試合はやらなくても、パスだけならできるでしょ?」
「え、俺も行くの?」
「せっかく来たんだから、遊ばなきゃ」
際と悠真はレジャーシートを畳んで、ボールと戯れている一団に混じった。
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