第4話 遠足 前編
翌朝十時、正門前に集合したのは、四体の人工知能と際、悠真、琉星、ミチルの四人だった。ミチルはシバのお願いを聞いて、偶然予定がなかったので参加することになった。
公園までの道程は単純だ。レガシーが脱走した時に通った道を真っ直ぐ三十分も歩けば着いてしまう。フィートはキャンパスの外に出たことがなかったので、シバのヒューマノイドで出せる全速力で駆け回り、辺りにあるものを隈なく観察しては、琉星や他の人工知能に話しかけた。シバは覚えたダンスを踊ったり、道行く人の動作を真似したりして、ミチルや際の気を引こうとした。ストリクトはレガシーのヒューマノイドを上手に操り、大人しく皆について歩いていた。レガシーは転ばないように際と手を繋いで歩いていた。ストリクトは自分が使っていたヒューマノイドをレガシーが今使っていて、手こずっているのを気にしている素振りを見せた。
「バレーボール持ってきたから、やろうよ!」
公園に着くと、ミチルがカバンからボールを出して人工知能達と琉星を日の当たる芝生に誘った。際と悠真は日陰にレジャーシートを敷いて四体と二人によるバレーボールを見ることにした。
フィートはバレーボールをやった経験があったので、ボールを見るだけで喜んだ。
「俺、やったことある! あ、でも、シバのヒューマノイドでは初めてだ!」
「バレーボールって何? どうやるの?」
シバが質問すると、ミチルがボールを放り投げた。フィートがボールを追いかけて、頭上にぽんと高く上げる。琉星がそのボール目がけて走り込んできて、飛び上がってボールを地面に叩きつけた。
「これを今からやるんだ」
フィートは自慢げに話すが、シバは何が起こったのかわからず、きょろきょろしている。ストリクトは相変わらず反応が薄く、レガシーは明らかにやりたくなさそうにした。
「え? ボールをどうすればいいの?」
「俺、本当に無理だから。向こうで際先生達と一緒に見てるよ」
「ダメダメ。人工知能は全員参加。戦力差があるから、琉星のチームにレガシーとフィート、私のチームにシバとストリクト。それでいくよ」
ミチルがバレーボールのルールを簡単に説明し始める。何となく、ポジション分けもして、軽い練習が始まった。
琉星はストリクトのヒューマノイドに強い球が当たらないように、できるだけ前にいるようにして、ブロックはしなくていいと指示した。
「いいか、お前は今ほとんど何もできない状況だっていうのはよくわかってる。だから、お前は真上にボールを上げることだけを考えろ。そしたらフィートがうまく合わせて打ってくれる。向こうの攻撃はなるべく俺が拾うから、安心していいぞ」
ミチルはストリクトをセッターに指名し、相手のいないところにボールを高く上げるように指示し、シバには相手から返ってきたボールを何が何でも拾うように指示した。
「いい? 相手は琉星とフィートがいるけど、作戦さえうまくいけば絶対勝てるから。自信持ってやるのよ。人工知能に自信っていう概念があるのかはわからないけど」
ネットの代わりに木の枝を拾い集めて横に並べた。自分達のポジションに立つと、レガシーとストリクトが間近で向かい合う形になった。
「ミチルさんが、セッターやれって言うから」
ストリクトが言う。レガシーは今は自分のものではなくなったヒューマノイドに真正面に向かい合って、押し黙っている。
試合が始まった。最初はフィートのサーブからだ。フィートはシバのヒューマノイドでもきれいにサーブを決めて、ボールは相手チームの人がいないところに向かって行った。
「それ!」
シバが飛び跳ねて腕を出し、ボールを高く上げる。ストリクトは視覚センサーをきょろきょろさせながらボールの真下に行き、ふわっとボールを放った。ミチルが琉星とフィートの間の空間にボールを打つ。
「一点先取!」
ミチルがシバとストリクトと抱き合って喜ぶ。
「ミチルさん、本気出さないでくださいよ!」
琉星がボールを取りに行きながら叫んでいる。
次はミチルのサーブだ。ミチルは先程とは違って手加減して、琉星のいるところへサーブを打った。琉星はレガシーのいるところにピンポイントでボールを上げる。
「あ、えっと……」
レガシーはボールが自分の方に飛んできているにも関わらず、慌てておかしなタイミングで腕を出して、ボールが手に届く前にトスを上げようとして、顔面にボールを受けた。
「レガシー、大丈夫か?」
琉星とフィートがレガシーを見る。ストリクトのヒューマノイドに損傷はないようだったが、レガシーは自分の状況に納得がいかないようだった。
レガシーが前を向くと、そこにはレガシーのヒューマノイドに入ったストリクトがいる。
「もう一回!」
レガシーは大声で言った。
その後も、レガシーはうまくボールを扱うことができず、どんどん相手チームに得点を与えてしまった。だが、途中から何かに気付いたようで、ボールに触れるようになっていき、ボールを上げるという目標を達成しつつあった。
ストリクトとシバは段々とコツを掴んできて、ストリクトは絶妙な場所にボールを上げるようになり、シバは琉星の動きを真似て、ストリクトのいるところにボールが行くようになってきた。
フィートはシバのヒューマノイドではジャンプ力も腕の力も弱いので、レガシーが辛うじて上げたボールをタイミングよく打てるようになるまで時間がかかった。レガシーがボールを上げられるようになると、フィートもそれに合わせて上達していき、点差は少しだけ縮んでいった。
しかし、ミチルチームのマッチポイントはすぐに来てしまった。
「フィート、俺、今度は絶対ちゃんと上げるから」
レガシーは先にフィートに宣言した。振り向くとレガシーのヒューマノイドが無表情で見つめ返してくる。ストリクトが何を考えているのかレガシーにはわからなかった。だが、負けてはいけないという思いだけがあった。
ミチルがサーブを打つ。琉星がレシーブする。レガシーはきれいに自分の真上に飛んでくるボールをじっと見つめ、高く飛んだ。
ボールがひょいっとミチルチームの地面へと落ちていった。
「おお!」
琉星が大声を出す。フィートは飛ぼうとしていた動作を止めてレガシーを見つめた。シバとストリクトは呆然とし、ミチルは得点を言うのを忘れそうになった。
「ミチルさん、俺達のチーム、八点」
レガシーに言われてミチルは気付く。
「あ、そうだ。八対二十四!」
「おい、レガシー、そんな技何で知ってるんだよ!」
琉星とフィートはレガシーのツーアタックに大興奮だった。
「この間、フィートが試合に出た時に、相手チームがやってたの見ただけだよ」
「一回見ただけでできるなんてありえないぞ、普通」
「まあ、俺だから」
レガシーはぎゅっと左手を握りしめた。
「それに、俺、この体の使い方、わかってきたかも」
その後、レガシーの戦術によって点差は少しだけ縮んだ。しかし、一回のミスで簡単にミチルのチームにポイントが入り、レガシーは負けた。
試合の後は、軽くパス練習などをして時間を潰した。人工知能達は皆、上達したが、中でもレガシーの上達ぶりはよく、ストリクトのヒューマノイドでも自分の思った方向にボールを打ち上げることができるようになった。
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