第3話 フィート in シバ
フィートはシバのヒューマノイドに載せ替えらえてから、自分がまるで別世界にいるみたいだと言って、そこら中にあるものを観察している。それについて回るのは琉星の担当だった。
「琉星先生、俺、シバのヒューマノイドに入ってから世界がはっきり見える」
「おお、そうか」
「ねえ、先生。あれ何?」
「あれって、どれ?」
「あれはあれだよ。向こうのビルに書いてある、あれ」
琉星はフィートが窓の向こうを指さしていることに気付いて、自分も窓の向こうを見る。
「あっちの、茶色のビルの隣にある緑のビルに書いてある、あれ」
それはかなり遠くのビルの看板に書かれている何かだった。多分、会社名か何かだろうが、琉星に見えるはずがない。琉星はシバの視覚センサーが五キロメートル先の文字も読めると際に言われたことを思い出した
「あんなもの、見えるわけないだろ!」
「えー、そうなの? じゃあ、あれは?」
フィートはまた遠くを指さす。
「いや、無理だから。俺、そんなに視力よくないし」
「じゃあ、何だったら見えるの?」
「何って……」
「琉星先生が付き添いならキャンパスの外に出てもいいかな? 俺、レガシーと脱走した時も、あんまり遠くまで行けなかったから、もっと色んな物が見たい」
琉星は、シバの中に入ったフィートを連れて外に出たいと報告した時の際の反応を想像した。話を全部聞く前に却下されるか、全部聞いたうえで理論的に否定されるか、もしかしたら、この実験に必要なら問題ないという理由でゴーサインが出るかもしれないが、可能性は低い。
「うーん……、まあ、提案してみるだけならいいんじゃないかな」
琉星はフィートを連れて院生室に一旦戻った。いるのはレガシーの中のストリクトだけだった。
「際さん、どこ行ったか知ってる?」
「シバを体育館に連れていくって言ってました」
レガシーが礼儀正しい話し方をするので、琉星はなんだか喋りにくさを感じた。
「あ、そうなんだ。ストリクトは何してるの?」
フィートがストリクトの隣に座りながら言う。琉星は、見えているのはレガシーとシバなのだが、中身はストリクトとフィートなのだとわかっていても、頭が混乱してくる気がした。
「何で体育館に連れていかれたんだろう、シバ」
「チアリーディングやるって言ってたよ」
「チアリーディングって何?」
ストリクトはレガシーの頭部を開け受信機を外して、シバの頭部を開けてフィートの人工知能に受信機を付け替えた。
「これでネットにアクセスして、『チアリーディング』で検索してみなよ」
「おお! 何これ! シバ、こんなことやるのかよ!」
「なんか、すごいよね。フィートのヒューマノイドって、使う人工知能が変わるだけで動きが全く違うものになる」
「そうだな、俺もスポーツやるけど、これは俺には向いてないかも」
「でさ、際先生探してるんじゃなかったの?」
ストリクトが受信機を元に戻しながら質問する。
「あ、そうだった! 琉星先生、体育館に行かないと!」
琉星はシバのヒューマノイドがぐいっと自分の腕を掴むが、威勢はフィートそのものなのに力があまりにも弱いので、また変な気分になる。
「わ、わかってるよ。レガ……じゃなくて、ストリクトはここに残るか?」
「私は留守番してます」
琉星とフィートが体育館に到着すると、際は体育館を出た後だった。フィートのヒューマノイドに入ったシバが練習しているのを少しだけ見て、際を探しに出た。
キャンパス内の中庭を歩いていると、悠真とレガシーと遭遇した。
「よお、琉星。そっちはどうよ?」
「悠真さん、なんか、ストリクトのヒューマノイドと悠真さんの組合せって、なんかあれですね」
「あれって何だよ」
悠真とレガシーはベンチに座っていたが、距離がなんとなく離れすぎている気がすると琉星は思った。
「なんか、仲がいいようには見えません」
悠真はそれを聞いて、レガシーの肩を掴んで引き寄せた。
「仲いいよな、俺達? な、レガシー」
「ちょっと、離してよ。俺、今、本調子じゃないんだから」
「本調子なんて言葉どこで覚えてきたんだよ」
「この前、琉星先生の友達が風邪引いた時に言ってた」
「ああ、そういえば言ってたな」
フィートはレガシーがストリクトのヒューマノイドの使いにくさを実感していることに興味を持って、悠真とレガシーの間に座った。
「なあ、レガシー。ストリクトのヒューマノイドってどんな感じ?」
「何にもできない」
「歩くのも?」
「何もないところで転ぶし、目の前のものもよく見えないし、反応が遅い。はっきり言って、拷問に近い。拷問ってわかる? 手足を拘束したり、傷つけたりするんだ」
「際先生がそんなひどいことするかよ」
「本当にそうなんだよ。俺、こっちに入ってから不便でしょうがない」
悠真がストリクトのヒューマノイドの頭部を小突いた。
「隙あり!」
「もう! やめてって言ってるじゃん! いつもの俺なら避けられるのに! いつもの俺なら!」
レガシーがストリクトの声で喚く。琉星はさすがにかわいそうになって悠真を止めようとした。
「悠真さん、それじゃあんまりですよ」
「こいつは今まで自分が何でも当たり前のようにこなしていたのが、ヒューマノイドの性能のおかげだってことを自覚させる必要があるんだよ」
「自覚はしてると思うんですけど」
「いいんだよ、細かいことは。お前も座れよ」
琉星はレガシーの隣に座った。悠真と琉星がレガシーとフィートを挟んでいる形になった。
「あ、そうだ。悠真さん、際さんがどこにいるか知ってます?」
琉星は悠真にフィートをキャンパスの外に遊びに行かせてみたいという提案を話した。
「ああ、いいんじゃないの? フィートの付き添いをお前がちゃんとやれば」
「そうですかね。際さんに許可もらわないと、怖くて行けないです」
フィートはいつの間にか立ってレガシーを連れてそこらにある物を観察し始める。見た目ではシバとストリクトが仲良く歩き回っているだけなのだが、会話の内容を聞くと、中身がフィートとレガシーだとわかる。
「なあ、この木とあっちの木、葉っぱの形が違うな!」
「ああ、それは種類が違うからだよ」
「種類?」
「植物には種類があるんだよ。葉っぱの形とか、成長の仕方とか、花の色とか、皆違うんだ」
「そうなんだ。お前、何でそんなこと知ってるんだよ」
「ずっと前に気になって、調べたから。俺、今は木の形の違いとか判別できるほどよく見えてないけど、この辺に植えてある木の事は全部知ってるよ」
「すっげえな、お前」
「他にも色々、知ってるけど、このヒューマノイドじゃ何もできないから意味ないな」
「ねえ、じゃああれは何て言う木? こっちの背が低い草も種類が違うの?」
その後、際は夕方になって院生室に帰ってきて、琉星は提案をしてみた。際はいつも通り疲れ切って院生室に入ってきたが、急に元気になった。
「キャンパスの外に出る? いいじゃない、琉星がちゃんと面倒見るなら構わないよ。いや、それなら、遠足しましょう。どうせなら皆で外に出ましょうよ!」
琉星は自分とフィートの提案が思わぬ方向に転んだので、一瞬理解が遅れたが、ゴーサインが出たことを喜んだ。
「明日、行きましょう。皆、予定は空いてるよね? じゃあ、朝の十時に集合で、公園まで歩いて行くの。OK?」
「はい!」
琉星とフィートは同時に返事をしたが、やはり、重なった声がフィートではなくシバの声なので、琉星は違和感を覚えた。
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