第2話 シバ in フィート

 フィートのヒューマノイドに入ったシバは際と行動を共にした。いつもと同じ事をしていても、フィートの中のシバにとっては何もかもが新鮮に思えた。

「ねえ、際先生。フィートのヒューマノイドってすごいね! こんな事もできるよ!」

 シバは階段を三段抜かして飛び越えた。

「ちょっと、シバ。いくらできるからって、ダメよ。危ないでしょ」

「大丈夫だよ。ほら、見て!」

 今度は階段の上からジャンプして下の廊下に着地する。

「シバ! 本当にやめて!」

 あまりのはしゃぎように際も声を荒げた。シバは際の心情の変化を敏感に感じ取り、階段で遊ぶのをやめた。

 際が歩き始めると、シバは際の動作をくまなく観察して真似し始めた。

「際先生の歩き方って、なんかせかせかしてるね」

「せかせかって?」

「ミチルさんが言ってたの。際先生はいつも忙しそうにせかせかしてるって」

「そりゃあ……忙しいと言えば忙しいけど」

「あのね、それで、悠真先生はすごくゆったりしてる」

 フィートのヒューマノイドが悠真そっくりの猫背気味の歩き方をしたので、際は笑ってしまった。

「似てるでしょ?」

「そっくりだよ。よく観察してるのね」

「あのね、私のヒューマノイドだとここまで再現できなかったの。皆、動作が違うなっていうのはわかってたんだけど、フィートのヒューマノイドに入ったら、動きが全然違うの。何でもできるような気がする」

「何でもってことはないけど、確かに、シバのヒューマノイドよりフィートのヒューマノイドの方が関節の稼働領域も広いし、力も強いし、触覚センサーの数も多いかな」

「へえ、そうなんだ。じゃあ、レガシーとストリクトのヒューマノイドは?」

 際はシバに耳打ちした。実際にはフィートのヒューマノイドに耳打ちしているので、変な気分になった。

「それは内緒」

「えー、何で?」

「あの二体のヒューマノイドのことは、載せ替えられたお互いがわかっていればいいことよ。あなたが知っても意味がない」

「でも知りたい」

「じゃあ、この一週間、あの二体をよく観察してみるといいよ。そしたらわかるかもしれない」

「わかった。やってみる!」

 シバは、次は琉星の走り方を真似した。フィートのヒューマノイドは華麗なフォームで廊下を走り、一周して戻ってきた。

「そんなこともできるのね」

「すごい?」

「うん、すごい!」

 シバの人工知能は観察能力に優れていた。フィートのヒューマノイドに載せ替えられたことで、観察したものを自分で再現する能力が引き出されたのだと際は考えた。

「ねえ、シバ。今度、私の後輩のチアリーディング部の練習を観に行かない?」

「チアリーディングって何?」

 際はタブレット端末でチアリーディング部の映像を見せた。

「何これ? 人が飛んだり落ちたりする!」

 シバは興味を示したようだった。フィートのヒューマノイドとシバの人工知能なら、フィートが元々、琉星とやっていた格闘技や球技などより、チアリーディングのような他者と息を合わせるスポーツの方が向いていると思ったのだった。

際はすぐに後輩に連絡してチアリーディング部の練習にシバを参加させてもらうように頼んだ。誰もが注目している人工知能の実験の一つだと話したら快諾された。


  *


 女子のチアリーディングチームに混じって、彼女達より少しだけ背の低い男の子型のヒューマノイドが足を上げたり、左右にステップを踏んだりしていた。際が来ると、ヒューマノイドはすぐに気付いて、際に手を振る。

「シバ! 上手になったじゃない」

 曲が終わったところで際はフィートのヒューマノイドの中のシバに声をかけた。シバはいい表情で体育館の奥から際の方に走ってきた。

「際先生、チアリーディングの振付を覚えるのって難しい」

「どうして?」

「他の人や音楽と合わせて全身をバラバラに動かすから」

 際の後輩の一人が際とシバの会話に入ってきた。

「シバちゃん、最初は振付を見て、同じように体を動かすことしかできませんでしたけど、半日練習したら結構うまくなりましたよ。さすがに高性能な人工知能ですね。経験者の一年生でもこんなに早く踊れるようにはなりませんよ」

 際はそれを聞いて誇らしくなる。

「シバは人と会話をする方を中心に習得してきたから、体を使ってみるのは初めてなの。でも、それがいい経験になったなら、私も嬉しい」

「ねえ、際先生、私ちゃんと一曲全部遠しで踊れるようになったら、見てくれる?」

「さて、一週間でできるようになるかな?」

 際は後輩に目配せする。

「もう半分覚えちゃったんで、あとはクライマックスのところだけです。この調子なら、明日にはできるようになるかもしれませんよ」

「じゃあ、また明日、様子見に来るから。練習頑張ってね」

 際は他のヒューマノイドの様子も見に行くと言って体育館を出た。それに、論文の執筆も始めないといけない。それから、悠真のレポートの添削と、琉星の撮ってくれたフィートの試合の映像を必ず見ておかないといけない。

 際はミチルがシバに「際はせかせかしてる」と言ったことを思い出した。本当にそうかもしれない。でも、やることが沢山あって、休んでいる暇はないのだ。特に、ヒューマノイド達が外の世界に出てきて、各々別のことに取り組み始めてからは観察する方も大変だ。

 翌日、際は図書館で居眠りしていた。ピアス型の端末がチアリーディング部の後輩からの着信を伝える。際ははっと起きて電話に出た。

「青桐先輩、今から体育館来られますか? シバちゃんが一曲踊れるようになったので、お披露目しようと思うんですけど」

「行く! ちょっと待ってて」

 際は書きかけの論文を一時保存して荷物をカバンに投げ入れて体育館に向かった。

 体育館に着くと、すっかり周囲に馴染んだフィートのヒューマノイドを一番前にしてひし形に隊列を整えたチアリーディング部が際を待っていた。際は用意されていたパイプ椅子に座ると、曲がかかって、発表が始まった。

「レッツゴー! レッツゴー!」

 シバはフィートのヒューマノイドを使いこなし、他のチアリーディング部の部員達と息を合わせて見事に踊ってみせた。最後には、シバが部員達に高く持ち上げられ、頂上でジャンプしてポーズを取って着地した。

「ヒュー!」

 金色のボンボンで「W」の形にして、発表は終わった。真ん中にシバがいる。

 際は立ち上がって拍手した。

「際先生!」

 曲が終わるとシバは際に走り寄ってきた。

「どうだった?」

「すごかった!」

「やったー!」

 シバはボンボンを振り回して喜ぶ。後輩達も際とシバを取り囲む。

「シバちゃん、振付完璧だったね!」

「よく頑張ったよ!」

「一体どうしたらこんなすごい人工知能とヒューマノイドを作れるんですか?」

 際は一度に大勢から話しかけられて困惑するが、シバは全員分聞き取ったらしく、一言だけ言った。

「私達がすごいのは、際先生が優秀だからですよ!」

「シバったら、恥ずかしいでしょ」

 フィートのヒューマノイドは理解できないという表情をした。

「何で? 際先生が私達を作ったんだから、当然でしょ?」

 シバはまだ人の感情の全てがわかったわけではないのだと際は察した。シバが事実を述べているだけのつもりでも、人間はその言葉をそのまま受け取らない。

「うん、そうだね」

 際はフィートの頭を撫でた。いつもシバにやるようにそっと撫でたつもりだった。その頭部にはシバの人工知能が搭載されている。フィートの笑顔がシバの笑顔に似ていると際は思った。

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