第1話 発端
四体のヒューマノイドが地下の教室で各々のやりたいことをやっている。シバは目の前にある物をまるで初めて見た物みたいにじっと観察したり、動かしてみたりしている。レガシーは辺りを見渡したり、ゆっくり歩いてみたりして、黙って何かを考えているようだ。ストリクトは険しい表情で全センサーを同時に動かしている。フィートは飛び跳ねたり、ポーズを取ってみたりして、悠真と琉星の気を引こうとしている。
「悠真さん、やっぱり際さんに怒られますよ」
「大丈夫だって。それにお前もちょっと面白いと思ってるんだろ?」
「いや、まあ……そうですけど」
「じゃあ際もわかってくれるよ」
「俺はがっつり説教される気がするんですけど」
言い終わる前にガラッと音を立ててドアが開き、琉星は反動で飛び跳ねた。
「あ! 際先生、おかえりなさい!」
フィートがドアの前に立っている際の方へ駆けて行く。琉星は緊張で心臓が跳ね上がる思いで際とフィートを見た。
「あら、シバ。何でフィートのヒューマノイドの中にいるの?」
その一言で、その場にいた全員が際に注目した。
「えへ、バレちゃった」
フィートが女の子のやる仕草みたいに腕を後ろに回して上目遣いで際を見る。間違いない。フィートのヒューマノイドの中には今、シバの人工知能が搭載されている。他の人工知能達も別々のヒューマノイドの中だ。
際はフィートの背中に手を当てて、いつもシバにやっているように教室の中に一緒に入っていき、全ヒューマノイドの様子を一目見て、状況を理解した。
「シバの中にはフィート、ストリクトとレガシーが逆になってるのね。なるほど。こんなことするのは一人しかいない」
際が、机の上に座っている悠真に目を向けた瞬間、悠真の隣にいた琉星は少し悠真から距離を取り、自分のせいではないというジェスチャーをした。
「たまには面白い事考えるじゃない。これ、いい」
「ほらな!」
「マジで言ってるんですか!?」
*
三人と四体は机を囲んで全員が向き合えるようにし、会議ができるようにした。ホワイトボードと向かい合う位置に際を真ん中にして三人が座り、右にシバとフィート、左にレガシーとストリクトが座った。
「ちょっと見ただけでも、皆いつもと違う動きをするから見ていて楽しいね」
際が本当に楽しそうな口調で言うので琉星はほっとした。
「俺、今度こそ際さんにマジギレされると思って、ヒヤヒヤしましたよ」
「何でよ。私そんな怒りっぽくないでしょ」
「ごく稀にですけど、際さん、むちゃくちゃ怖い時ありますよ」
「本当に? 私怖いの?」
「はい」
「誰か否定してよ!」
悠真は素知らぬ顔で黙っている。
「悠真、あんたが珍しく思いついた名案なんだから、自分で説明しなさいよ」
際が悠真に話しかけると、悠真はにやにやしながら立ち上がってストリクトの方に歩いて行った。
「人工知能とヒューマノイドの関係ってのはさ、要は人間で言うところの、心と体と言い換えることができると思ったんだ。厳密には違うけど、それに近いものがある。個性がない同型の人工知能を、個性を持った別のヒューマノイドに載せ替えても面白くないけど、それぞれのヒューマノイドに合わせた成長を遂げた人工知能を別の個性を持ったヒューマノイドに載せ替えたら、どんなことになるのか試してみたくなったんだ。それに、人間が現実に心と体を入れ替えることはできないけど、こいつらならできる。だからやった。それだけ」
悠真はストリクトの肩を叩いて、中にいるレガシーに語りかけるような目を向けた。ストリクトのヒューマノイドはぷいっと顔を背けて悠真の視線から逃れようとする。
「かわいくないやつ」
「俺はレガシーだからな」
「俺にはストリクトに見える」
「やめろよ」
レガシーは悠真の手を払おうとするが、ストリクトのヒューマノイドが出せる力では敵わず、しまいには諦めて無視することに決めた。
「それに、ずっとストリクトをポンコツヒューマノイドに閉じ込めてるのもかわいそうだと思ったんだ。一回だけでも鮮明なこの世界を見せてやりたいと思った。シバとフィートは特に意味はない。本当にただの好奇心」
際は無表情で机に肘をつけ、溜息をついた。
「そんなんだから、あんたずっと修士なのよ」
「え! 何それ!」
「根拠がない。ただの好奇心なんでしょ。人工知能に感情移入しすぎ。実験と関係ない事を興味でやっちゃう暇があったら、自分の研究に集中してもいいんじゃないの?」
「それ言ったらおしまいじゃん」
琉星が二人の会話に割って入った。
「それより、際さんは人工知能を自分の子供みたいにかわいがってると思ってたんですけど、そうじゃないんですか?」
「かわいがってるよ。自慢の私の人工知能達だもの。皆、とても優秀よ。でもね、この子達は子供じゃないの。機械なの。私達が不必要と判定したら、この子達はそれを受け入れる。ずっと存在していたいという感情はないのよ。そもそもこの個性が存在と同義とは言えない。必要ならあり続ける。要らなくなったら捨てられる。それだけ」
「ええ……? それ本心ですか?」
琉星は際の言葉が信じられなかった。一緒に際の話を聞いていたヒューマノイド達は表情一つ変えない。
「まあ、そうだよね。俺達ただの機械だし、際先生の実験が終わったらお役御免なのはわかってるよ」
口火を切ったのはストリクト、いや、レガシーだった。
「生きたいっていう気持ちがどんなものなのか、俺、未だにわかってないし、際先生に作られた俺達は、際先生のやり方次第でどんな風にでもなる。俺達は際先生がこうだと言ったことを正しいと思うしかない。反抗する理由もない」
「でも、私は、ミチルさんから『じゃあ、また明日ね』って言われると、明日も会いたいなって思うよ」
レガシーに反論したのはフィートの中にいるシバだった。ミチルというのは際の友達で最もシバを気に入ってくれている院生の北野ミチルだ。
「明日もまた来るんだなって思うの。またおしゃべりできるんだって。それだけじゃダメなの?」
「ダメって、どういう意味?」
レガシーはシバを試すような口調で言った。
「え?」
「俺達が明日も同じ日常を繰り返している可能性があると考えることは合ってる。でも、来ないかもしれない。シバは来なかった時、何かを考えるか? 何とも思わないだろ。ないならないで、その時はその時だと思わないか?」
「どういうこと?」
「シバは、明日はもう来ないと言われたら、何を思う?」
「えっと……」
フィートの中のシバはフル稼働で思考しているようだった。フィートのヒューマノイドが天井を見上げて静止している。
「そうなんだって思う」
「それだよ」
「何? どれがそれなの?」
際は潮時を感じて二体の会話を止めさせた。
「レガシー、シバ。その辺にしましょう。私がつき放したのが悪かった。私達はまだあなた達を使った実験を続けるつもりだから、明日は必ず来る。それでいい?」
ヒューマノイド達は無言の返事をした。
「それじゃ、次は私から提案ね」
際は立ち上がって、全ヒューマノイドと視線を合わせた。
「これから一週間だけ、人工知能とヒューマノイドの組合せをバラバラにして過ごしてみましょう。一週間だけよ。来週の木曜日が来たら元通りに戻す。それまでは、その慣れない体で色々な事にチャレンジしてみてね!」
琉星が驚きの表情をしていたが、際は無視した。悠真はガッツポーズをしている。シバとフィートはハイタッチをし、レガシーのヒューマノイドはどことなく楽し気な様子だ。ストリクトの中に入ったレガシーだけは、最悪の状況に困惑して、しばらく思考停止していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます