第29話:決着


 真っ赤ではない、真っ黒だ。

 ぐちゃぐちゃの、ドロドロだ。


 乱痴気めいたこの闘争の渦に、少女モニーは酷く翻弄されていた。


 お話で伝わるような、善なる勇者の姿など、どこにも無い。

 剣で刺す。

 魔法をぶつける。

 ……血を、流す。


 それだけだ。それしかない。

 この場の全てが、親に教えられた『してはいけないこと』────すなわち、『死』に直結していた。


 ここには、死が満ちていた。

 相手の死を心から望む、その一心が、生々しくどよめいていた。


『ガイン様、ばんざーい!!』

『導きあれ! 導きあれぇぇぇっ!!』


 それが、モニーには度し難かった。

 現実は次元の隔たりの如く、理解の範疇から外れてしまっていた。


『生き物を殺す人は悪い人です。ですがその罪は、信じる人は許されます』。ガイン様の教えにもそうあるのだと教わった。

『竜は恐ろしい災いです。人が人を殺すよりも、人をたくさん殺すからです』。偉い人はそう言うし、親もそう言った。


〝ならこれは〟? 喋る竜と喋る人、竜殺しと人殺し────〝それの何が違う〟?

 自分を助けようとしてくれた『竜さん』と、自分を斬り殺そうとした『せいきしだんさん』のどちらに縋ればいい?


 何を、信じればいい?


 ここは地獄だ。モニーは真剣にそう思った。

 人々が正義と称するものの正体、そしてその手段である闘争(ころしあい)の真を、自分には遠く分かり得ないものだと幼心に分かってしまった。


『グッ、オオオ……!!』


 魔法の炎弾が数発、顔付近に命中した。

 小さな爆発のような地鳴りが轟く。オルメは獣のように呻き、よろめいた。

 あの竜の巨体が、竜視点で小粒程の小ささの者達に押し込められている。


 その強さが、殺意となって向けられている。それにこちらも、漲る野生の殺気で相打つ。

 嗚呼、堪らない。それが何よりも堪らない。


「助けて……誰か、助けて……」


 モニーは目を瞑り、いつしか泣き出しそうになっていた。

 助けを乞い求め、唱え続けていた。

 それは竜に対してのものでもなく、聖騎士達に向けたものでもない。


 もう嫌だ。

 輪郭を持たない恐怖に、押し潰されてしまいそうだ。

 早く、早く、こんなこと終わらせて欲しい。


 こんな、空恐ろしいことから今すぐに私を、


「────助けて!!」


 それは、偶然の産物だった。

 何かの拍子が、都合良く、偶々がっちり当てはまったに過ぎない。



「オルメェエエエエエエエ────!!」



 しかしその祈りの声は、確かに聞き届けられたんじゃないかと────モニーはこの時、心の底から感じたのだった。


 モニーにとって、ここにいる誰よりも安心出来る、その声。

 その声は、ここにいる聖騎士団の誰よりも幼い、少年の声だった。

 彼らは当惑し、その動きを止めた。声のした方────自分達の上空を見上げた。


 オルメが、岩盤が裂けたかのような口元をクッと歪め、


『……遅いんじゃよ、ボケナス! こっちはいい、早うやれっ!!』


 紅色の月夜を背景に、塞ぎ損ねた大穴、その縁に佇む『彼』は、コクリと頷いたような人影を描き、


 そして────場に、死の視線を降り注いだ。


 まず、音が消えた。

 それまで、鼓膜をひっきりなしに叩いていたというのに。まるで夜が自らの存在を誇示しているかのようだ。

 次に、光が消えた。

 大きく場所をとって構築されていた魔法陣、その幾何学模様的な光が、施行者を失い掻き消えたのだ。


 戦場は、その闘いの終わりを黙して告げた。

 闘いなど、そんなもの初めからなかったかのように、あっさりと容易く。


 こんなにもここは静かだったのか、そう思わせる静寂が降りた。


「……あ……」


 モニーは、見た。

 傍のブルブサ達に庇われ、向こうからの視線にはぶつからなかっただろうが、確かに見えた。



「……きれい……綺麗な、目────」



 赤く赤く、どこまでも澄んだその眼を。

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