第22話:マナと生命の鎖
『妾の手に掛かったお主のマナは、確かにあの時、昇華されるはずであった。そのはずなのじゃが……お主の魂は容れ物と遊離することなく、現世に楔を押し留めておったのよ』
「へ? ま、マナ……? 容れ物……?」
オルメの話は、いざ話し出そうとしたところで、早速水を差さざるを得ない結果となった。
「あのすみません、マナとか容れ物とかって……何ですか?」
『は? 何じゃお主、そんなことも知らんのか?』
やはり話の冒頭に腰を折られ、良い気はしないオルメが不機嫌な声音で言う。
「だってあの、マナ……? って、急に言われても……」
『マナとは要は魂のことじゃ。人間や魔物、植物にも均分に存在する、生命の根幹』
ネラプが尋ねると、呆れたような端的な説明が返ってきた。
竜という種族は、どうも人間の言語が喋られるだけでなく、随分と博識であるらしい。
寿命が長い種族故の年の功とでも言うのか、一体どこから得たのか判別のつかない知識を、オルメは事あるごとに話した。
『というか、お主のその眼にも関係することじゃぞ』
「えっ、それは……」
さて、マナ云々の話に当惑していたネラプは、その一言によって俄然オルメの話により食い付いた。
「それ、どういうことですか!? もしかして貴方は俺の眼のこと何か知って……!」
『あーあー! うーるーさーいーのー! それも話してやるから黙って聞け!』
「す、すみません!」
また怒られてしまった。
次こそは自重しないと、どうせ生き返るからとあっさり殺されかねない。もう口を挟まないとネラプは誓った。
一方オルメは、それとは別に面白くないことがあったようで、こんなことを提言する。
『あと、その取って付けたような敬語はいらん。どうも礼儀がなっとらん……というか礼儀自体を知らんようだし』
「え、でも竜ってなんか偉いんじゃ」
『偉い偉くないはお主らが勝手に決めたことであるしの。妾も動物、そんな価値観には縛られん。今後、堅苦しいのは除けよ』
「ああうん、そっか……」
ネラプはその提案に、思うことなく頷く。
そしてその会話中の、『今後』という不穏当な言葉に引っ掛かりを覚えたのは、腰を折ってしまった話の続きをオルメが再開した後だった。
『……この世のあらゆる生物にはな、生まれながらにして生物の生命力であるマナとその器である身体が、見えない鎖によって結ばれておる。これを「生命の鎖」と呼ぶ』
「はあ……それはつまり、命ってこと?」
『単に命というと、語感としては心臓に近いな。心臓はマナでも生命の鎖でもない、止まったら死ぬただの「器官」じゃ』
「どう違うんだ……?」
『心臓が止まるのも首が失せるのも、それらは全て「外側」。マナとは、もっと生物の内に在る源を言う』
やはり魂云々の話になると、理解は出来ても呑み込み難い。
「なんだかピンと来ないな……」
『まあ元来、お主みたいなのを騙して引き込むための、宗教家好みの勿体ぶった言い回しであるしの』
それも決してオルメの説明が下手というわけではなく、
『例えば人間で言えば、その身体(いれもの)の損壊具合や病の進行で鎖の連結は緩み、ふとした一線を越えて連結が外れた時、マナは解放される。「御魂(マナ)は天に、塵(にくたい)は地に還れり」。それが死じゃ』
「御魂は天に、塵は地に……」
『なんでも人間の生前と死後の重量を計ると、僅かに死後の肉体は軽くなった、という話も聞く。つまりその差こそが、マナの重さなのじゃろう』
「へえー……」
と、一例を挙げて根気よく説明してくれ、有り難いくらいだ。
しかしやはり意味の理解は出来ても、しっくりこなかった。今まで考えたこともなかった概念を、自分用に変換する事の難しさ────勉強の難しさをネラプは知った。
『つまりお主も、その状態にあった。お主のマナは昇華され、天上に行くはずだったが……そうはならんかった』
「それはどうして……」
『分からん』
今一番知りたいことをアッサリと切り返されてしまった。
『妾に言えるのは、〝お主の生命の鎖は、首を飛ばされても外れることがなかったということじゃ〟。人間……いやさ竜にも無い、ある種の呪いめいた生命力じゃな』
「じゃあ、俺はやっぱり……人間じゃなくてモンスターってことに」
『さあの。そんな魔物、妾は聞いたこともないが……まあ、己が人間か魔物かなど、考えてもつまらぬ事じゃ』
「……俺にとっては大事なことだ」
そのネラプの言葉は聞かなかったフリをしたのか、さて、と一言置いてからオルメは話を進めた。
『厳密な死を与えられぬお主のマナの容れ物は、しかし当然治癒される事なく転がっておった。死んでもおらず、さりとて生きてもいない状態での。そこで、僕の牛が己の脚を噛み千切り、血を流した。なんでも、お主に以前してもらった事を真似たということだそうじゃが?』
「あ……」
名前が挙がると、ブルブサが返事のするようにまた鳴いた。
ネラプはそれを一度見やると、
「……俺の血は、死んだ生き物を蘇らせる事が出来る。それでブルブサとマニも蘇らせた……」
しかし勿論ブルブサの血に、そんな力は無い。
ブルブサも承知の上で、藁をも縋る思いだったのだろう。しかし結果的に血を得たネラプの肉体は、再生に動き出した……。
『ほう! 眼だけでなく、血か! なるほどなるほど、面白いのう……』
オルメはそのことを聞くと、ますます興に乗ったとばかりに語気を浮かせた。
「あの……それで?」
『うん? ああ、後は今とそう変わらん。そこな妖精とコウモリがやって来て、お主の身体から首と腕が生えた……のじゃが……』
傍から聞くととんでもない話であるのに、サラッと流された。
が、オルメにも何やら訳があるらしく、打って変わって微妙な口ぶりで、語りが重い。まるで深く訊くなと言いたげだ。
「? どうかしたか?」
『……腕は、腕はまだよい……ただ、文字通り首がすげ替わるその経過と言ったら……そう……妾の目にも中々冒涜的、悍ましい様での……』
「い、いい。やっぱり話さなくてもいい……なんか、ゴメン」
察したネラプは、この点をこれ以上何も訊くまいと思った。誰も得をしない、と。
それにしても竜でもビビるものはあるものかと、ネラプは変な感心をした。
閑話休題。
『とにかく、まあ話せばそういう経緯なわけじゃよ』
「…………」
なるほど自分が死んでいる間のことは、大体は分かった。
自身の自己再生能力について、明らかに人間離れしていることも。
ついでに聞くことになった、魂(マナ)と生命の鎖という概念は、参考になる大事な話だった。
結局謎が残ったままなところもあるが、他に知るべきは……
「……俺の眼が、魂と関係があるって言うのは……」
『そうそう、一番の問題はそれよ。それも、眼だけではない』
やっとこの話に触れられる、とオルメはぼやいてから、
『話を聞く限り、お主の血にも眼同様、マナ……生物の魂に関わる能力があるようじゃな』
「魂に、関わる能力……?」
その寝転がったままの姿勢で、頷くようにコクリと顎を引き、こう結論付けた。
『そう、見た物を殺す眼、加えて死んだ生き物を蘇らせられる血────ネラプ、お主の本来の能力は、マナと生命の鎖を直に操ることの出来る能力、ということになるのじゃ』
「マナと生命の鎖を、操る……?」
『だってそうじゃろ? お主の眼は、傷一つ付けずマナを鎖から解き放つ。お主の血は、マナと肉体に鎖を結びつける』
「それは、なんと言うか……流石に大袈裟というか」
『妾は妾なりの、道理に適った意見を述べているに過ぎんよ』
軽く笑い飛ばそうとしたが、そのオルメの語調は真剣だ。
『自分が持つ能力の程度……大袈裟と笑えるような軽々しい代物でないと、分からないわけではあるまい?』
「…………」
分かっていた。眼のことは、自分自身恐ろしいと思っている。
もしまた何か一つ間違いがあれば、ネラプは自分の大切な存在に牙を剥く。
あの時のように。……それが恐ろしい。
『まあ妾から話すことは以上じゃ。これ以上のことは分からん……さて』
ネラプに熱心に説明を続け、喋り倒したオルメはふうと一息吐いた。
『今度はそっちの番じゃ。お主達は何故、この妾の古巣に居座っておる? 今に至る、お主のことを話せ』
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