第10話:例外
「ハァ!? 飯、こんなんしかねえのか!?」
バナージは絶望したという声音で叫んだ。
思わぬ歓迎を受けた彼は、ネラプという少年と牛のブルブサによって洞窟の奥深く、開けた鍾乳洞まで導かれ、片隅で飯にありついたわけだが……その内容は、彼にとっては絶するものがあった。
泉に群生するガマの茎(食用)と焚き火の火種になる穂。そして焼いたらしい蛙が数匹。
そしてその横に、そっと鎮座する草の籠。中にある小虫の死骸の山積みは、一体何のため……いやさ何のつもりなのか。知りたくもないし聞きたくもなかった。
ネラプはバナージの剣幕に、申し訳なさそうに肩を竦め、
「すいません、ご飯は自給自足で、保存も出来ないからその日のうちに調達してるんですよ……」
「原始人か! じゃ、じゃあよ、酒は!? 麦酒っ……いや、あるわけねえ……な」
「察してくださって何よりです」
「嗜好品どころか必需品もままならないとか、お前今までどーやって生きてきたんだ!?」
「いや、俺多分酒は飲めませんし、別にいらないです。ご飯は……まあ、小食なもんで」
なんでもバナージのために色々用意したらしいのだという。
これでも、ネラプにとってはなかなか無いご馳走なのだ。料理の『り』の字も無い有様に、バナージは目を覆いたくなった。
「チッ、クソが。ようやっと禁酒令から解放されたってのにさぁ……」
「あの……」
「ああ?」
そんなバナージの悲嘆には気にも留めず、ネラプは、ふと思い出したようにこう切り出した。
「貴方、悪人なんですよね? 手錠付けてるから分かりますけど」
「だからなんだよ。俺が怖いか?」
「いえあんまり」
アッサリと、ネラプは答えた。
バナージは、そう断言されるのも気に入らないのかムッとしたように眉根を寄せて、ずいと脅しかける。
「もしかしたらお前のこと殺して、そのケツ穴舐め回すようなど、変態野郎かもしんねーぞ?」
「あはは……それはちょっと怖いというより、気持ち悪いですよ」
粗暴な言い方に苦笑し、ネラプは続ける。
「でも俺は、貴方がどんな人でもいいんです。人がいるだけで……誰かと話せるってだけで」
「…………」
その笑みには、子供の小さな寂しさの色合いが見受けられた。
すると、ブルブサと呼んでいる牡牛が、鳴き声をあげてネラプにすり寄った。
『ブモブモ』
「あははそっか、お前もいたな」
ブルブサの角を撫でてから、こう話を続けた。
「俺は……ここの外に憧れてますけど……ちょっと訳あって諦めてるんです。だからこうして外の貴方がやって来ただけでも嬉しいんです、とっても」
年不相応で、何かを悟ったかのようなその様子が、バナージには面白くない。
子供のくせに、どこか達観したその見方が気に入らない。
そうとも、〝普通の子供なら────ようやくバナージに対して助けを求め、今の劣悪な環境から逃げたいと訴えるところなのだ〟。
しかしこの少年は、それをしない。そんな当たり前のことを願うことすらしない。
こんな暗い洞窟に閉じ篭って、多くの理不尽のはずのことを諦めて受け入れつつあるネラプに対して、何故か苛立つのだ。
「……外なんて、下らねえよ」
「え」
気付けばぶっきらぼうに、そう言っていた。
「さっきお前は俺の言ったことを気持ちが悪いって言ったがな。外にはそんな奴がウロチョロしてんだ。いや、それ以上に世の中乱れてる。この世は人が生きるには光が無くて────暗黒過ぎる。金に汚い外道は蔓延り、あらゆる不義がまかり通る。他にも病気、迷信、戦争、略奪……」
苦々しげに唇を剥き、
「それに、今の魔法の力を統べる宗教家共も……な」
「…………」
「そうだよ、お前の言う通りだ。お前みたいな田舎っぺ以下が外に行ったって、まずロクな目に遭わねえよ。もうお前一生ここにいな、そのまま諦めちまえ」
一体自分は、何を子供相手にムキになっているのか。
いつも以上に口が回る回る。しかし怒涛のようにそこまで言い切るまで、バナージの意識はそんなことばかりに向いていた。
ネラプは、黙りこくっていた。
彼とってはバナージの言う事など、意味の分からない勝手な八つ当たりにも等しいであろうに(事実、突然の剣幕には目を丸くしていた)、しかしその乱暴な言葉にじっと耳を傾け、塞がれたその目でバナージのその話し振りを注視し、何かを読み取ろうとしているようであった。
「……俺、バナージさんがどんな人なのか、これのせいで見えないんですけど」
そして、自分の両目を覆う包帯代わりの布を指差して尋ねた。
「バナージさんって、なんか……実は結構偉い人?」
「バッ……!!」
途端、バナージは目の色を変えて憤慨した。
「バカなこと抜かすなよテメエ! 俺のどこ見たらそんな風に思うんだよ、ああ!?」
「いやだから俺、見えないんですって……」
「うるせっ! ならその布取ってよっく俺のツラ拝ませてやらぁ!!」
「え、ちょっ……!」
そしてネラプの目を覆っている白布に手を掛けた。
ネラプはそれを、目が見えないために避けられない。
「こ、これは駄目……っ!」
「バカか、なーに女みてえなこと言ってんだ! どーせ目が見えないってのも適当な嘘なんだろ!!」
自分の子を目が見えない、耳が聞こえないとし、同情を買う詐欺はよくある話だ。これは多産多死が一般的なこの世俗で、生活苦から生まれた一種の処世術に等しかった。
バナージはそういう輩を、よく知っていた。
ネラプの嘘は、見抜いていた。
簡単な話だ、もしネラプが言う通り盲目なら、他に誰がこの料理もどきを用意出来る?
こんな子供騙しに騙される程、バナージは間抜けではない。冗談半分に、鼻を明かしてやろうと考えたのだ。
「や、やめっ……!」
ネラプの虚弱な抵抗虚しく、包帯の結び目はあっさり解けた。
瞼は閉じられる前に見開かれ、その瞳が露わとなってしまう。
「んだよ────綺麗な赤い目してんじゃねえか」
「え……?」
ネラプの目が、バナージの姿をしっかりと捉えるが────
「ど、どうして……!?」
「あ?」
ネラプのその瞳は、驚愕と困惑で彩られていた。
「────眼で、見てるのに……! 何で……何で死なないんですか……!?」
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