第5話:戦闘


 生き物一匹存在しなかった洞窟に対し、この森には、いわゆる『モンスター』と呼ばれるものがいる。


 最初の魔獣も、言うならそのモンスターだ。種族として存在する動物とは違う、『別』の生き物。

 狼や熊といった動物と外見は似ていながらも、どの生き物よりも人間を憎み、害をなし、人間に忌み嫌われる存在。


 それを人はモンスター、もしくは魔物と言う。

 そして基本、普通の動物を相手取るよりも手強く、凶悪だ。


「モンスター……か。俺でも勝てるもんなんかな」


 さて何故そんな奴をわざわざ相手にしないといけないのかというと、単純な話、放っておくと危険だからだ。


 数日前────いや、それ以前からそういう形跡があった。

 ネラプは洞窟を現在の拠点とし、昼間は光の届かない奥まったところに籠り、夜間は森で活動をしている。

 眠っている野ウサギを仕留め、木の実を取り、その時に蓄えているのだ。


 その蓄えられた食糧が、突如として荒らされていた。

 ネラプが居ない間に、『何か』が乱雑に食い荒らした跡が作られていた。


 そしてそれが数日続いた。

 ネラプが居ない隙を突いたかのような手際だったが、恐らくは向こうも夜行性なのだろう。

 しかしそれはまだいい。蓄えを横取りされようと、それはまだ大した問題ではない。


 問題は、着実にネラプ自身をも狙っているのが分かることだ。

 いくら蓄えの置き場を変えたり隠しても、次見た時は無惨に食い荒らされている。

 そこに残されたのは、そうした残骸とネラプの臭いを追いかけたような足跡。


 もし、このモンスターと鉢合わせしたら。

 人間に害なすモンスターが、ネラプを襲わない可能性は低いだろう。


「まあ襲われる前に襲え、ってね……」


 ネラプはそう考えたのだ。


「いやあ……でもやっぱ怖いな……」


 以前死にかけたことを思い出し、ネラプは石器の柄を握る力が強張る。

 手作りのそれはか細く、粗雑で、心許なさが増した気がした。


 作戦はこうだ。

 囮の食糧を隠し置き、自分はそれが見える位置にある藪中に隠れる。

 餌に釣られて現れたら、作った武器で思い切り奇襲する。


 単純だが、これが一番手っ取り早い。

 ……上手くいくかはさて置き。


「いつも着てる服も替えた、それにこの闇夜なら隠れやすい。うん、バレないバレない……やることはやった……はず」


 死にたくないので、色々頭を回して作戦を凝らした。

 後は……自分の運を祈るしかない。


『ウウ、ウウウ……』

「っ……!」


 と、待機してしばらくした時に、その時は来た。


 足音の気配が、囮の餌に迫っている。


  かなり分かりやすい唸り声も上げている。向こうは隠れる気もないようだ。

 

「…………」


 息を押し殺し、武器を持ち直した。


 人間が魔物に立ち向かう逸話や伝説は多い。

 そしてそうした人から人に伝わる物語は、英雄の勝利で綴られる。

 自慢の勇気と力で、巨大な怪物と立ち向かい、智謀を駆使して勝利と栄光をもたらす。


 しかしここにある現実は、そんなお伽話とは違う。


 人は死ぬ。

 勇気は挫けるし、力は限られている。

 知略が誤ることさえある。


「……よし」


 伏せていた目を持ち上げ、覚悟を決めた。


 必ず勝利を得る英雄譚ではない、ネラプの戦い。

 今はまだ誰も知らない、彼のための、彼の物語の始まり。



 その端緒である『今』は、ここにある。


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